3回も組み直した打ち放し階段の型枠
港湾にRC造2階建ての管理棟を新築した際の話である。
この建物は、上階から屋上まで「コンクリート打ち放しの屋外階段」を設置する設計になっていた。
その屋外階段の型枠について、建設コンサルタントのIさんから承認を貰うまでに1ヶ月もかかったのである。
その一番の原因は、構造体のコンクリートを正確に打てていないからだったのだが、ゼネコンとコンサルタントのバトルに発展することになった。
※この記事は連載です。下記からお読みください。「海外施工管理の実態」
まずは現状の躯体の位置寸法を測定したのだが、水平方向、垂直方向に、躯体が大幅にずれている。しかし、そもそも海外でコンクリートの打ち放しは、かなり無理がある。
建物本体の躯体はコンクリートだが、仕上げは左官仕上げだ。躯体の狂いや凹凸を左官で調整する前提で造っている。私だけでなく、ほぼ全員がそう思っていた。
階段だけは「コンクリートの打ち放し」と図面には描いてあるが、 私含め全員が「打ち放しなんて無理! 左官補修仕上げにする!」と考えていた。だが、建設コンサルタントのIさんだけは「階段は打ち放し仕上げになってますよね」と平然と言った。
打ち放し仕上げとなると、現状の狂いをどこで吸収するか、見栄えをどこで調整するかを考えなければならない。さらに、既存の躯体から出ている階段用の差し筋の位置や本数も、手直しした位置に合わせて変更しなければならない。
日本人の型枠大工が一人で現場全体を見ているのだが、そもそも現地の作業員と意思疎通が上手くできていないため、その苦労は並大抵ではなかった。型枠大工その人も当然「階段は補修して仕上げる」と考えていたので、現状成りの型枠を組んだ。
最初の型枠検査の時、建設コンサルタントのIさんは烈火のごとく怒った。鬼の形相だった。
「なぜ図面を尊重しないのか?海外の他の現場は知らないが、最初から打ち放し仕上げを無視するのか!?」「誤魔化しだらけの張りぼての建築を造る事に抵抗はないのか!?」「それでも、あんたらはプロか!恥ずかしくないのか!」
全くその通りで、私はただ頭を下げるしかなかった。しかし、請負元であるゼネコンの人間たちは違った。
建設コンサルに陰口しか言えないゼネコン
ゼネコンの人間たちは、その場では何も言わなかったが、事務所に帰って来るなり、Iさんを痛烈に批判した。
「何を無茶な事を言ってるんだ!海外で打ち放し仕上げなんて、出来るわけないだろ!」
「コンサルは何も分かってない。他の事も含め、あまりに要求が厳し過ぎる!」
例の傲慢なゼネコンOBにいたっては「ただでさえ工期が遅れてるんだ!これ以上手間が掛かることを言ったら、こっちにも考えがある!」と声を荒げるほどだった(ゼネコンOBの「考え」の中身は後述する)。
が、ゼネコンの人間たちは、陰では威勢がいいが、誰一人として、建設コンサルタントに直接話をしようとしない。
私はIさんの言ってる内容のほうが筋が通ってると思っていたし、ゼネコンのメンバーも全員それが分かってるから、面と向かって何も言わない、というか、言えないのであった。
海外施工現場のストレス
ここには、海外現場の弊害が見え隠れしている。
日常の生活を含め、普段のストレスが冷静な判断を狂わせる。つい小さな事でイラつき、それが溜まっていく。
海外施工現場でのこうした感覚は、体験しなければ分からないだろう。海外赴任の経験が少ない技術者には気をつけていただきたい点だ。
結局、屋外階段は承認まで1ヶ月、打設完了までさらに2週間もかかった。
小さな階段だが、コンクリートを打ち終わって型枠を撤去した時、Iさんは「あの状況から良くここまで持ってきました。事務所内では色々あったそうですがご苦労様でした」と言った。
建設コンサルタントのIさんも事情は薄々感じていたのだ。
終わらない鉄筋検査・是正「もう勘弁して!」
建設コンサルIさんの検査は、神経が休まらなかった。
やっと屋上の配筋検査になった時の話だ。
検査は、型枠の検査から始まり、例のごとくIさんから散々指摘を受ける。日本と同じ精度を要求され、目違い、角の破損、隙間の手直しを指示され、その再々検査に合格するまでに3日を要した。
やっと鉄筋の検査になったが、それもスラブの下端筋の検査だけをまずは行う。梁鉄筋の検査は先に済んでいるのだが、梁底の清掃など弱みはいくらでもある。
Iさんの検査にも大分慣れてきたとはいえ、何を言われるかとビクビクしながら検査を受ける。これほど緊張して検査を受けるのは何十年振りだろうと思いながらIさんの後に付いてまわった。
スラブ上端筋の検査の時、図面にもなく、その予定も一切ない支持鉄筋と補強鉄筋を設置するように指示を受けた。定位置を確保するための鉄筋だが、あったほうがいいのは良く分かる。しかし、そんな事を言い出したらキリがない。しかも、そのための作業員、材料、日数が余計にかかることになる。
事務所に戻って、支持鉄筋と補強鉄筋の設置について報告すると、今度はゼネコンの人間が「どうして余計な事ばっかりアイツは要求するんだ!」と私に食って掛かる。が、私に言っても、どうにもならない。
一通り鉄筋検査が終わっても、Iさんはまだ周囲をキョロキョロ見回し、まだ何か指摘する事はないか探していた。
私は思わず、「Iさん、もうこれ以上は勘弁して貰えませんか?」と言った。まさしく私の本音だった。Iさんは、しばらく考えてから「じゃ終わりにしますか」と、やっと検査が終了した。
結局、その指示事項の是正まで、また3日かかった。その後、コンクリート打設と続き、何とか躯体工事は完了した。
指先で撫でながらシート防水の下地検査
新築の建物の屋上は、すべてシート防水だった。建物の平面が複雑な凹凸で、さらに屋上には、さまざまな機械設備の基礎が多数立ち上がり、ドレインの位置が決まっているため、その水勾配をどうとるかが問題になった。
「図面通りに」と言うならば、水勾配の向きを単にドレインに向けて記載しただけの図面は、無責任極まりないと言わざるを得なかった。
最終的な判断を現場施工者にゆだねるならば、せめて現場が始まってから、その検討した図面を設計者側から提出すべきだが、そんな詰めをしないから、現場に頼りっきりになり、日本の設計の質はドンドン悪くなるのである。
ましてや、海外での工事と最初から分かってるのだから、いい加減な図面は描かないで欲しい。これは海外の現場で働く全ての人の意見だと思う。
ガーナ作業員も呆れた建設コンサル
話が逸れたが、屋上を単純に中央から左右に分けて、壁沿いに排水側溝をつけるのは、勾配コンクリート天端が厚過ぎ、さらに重量の点からも不可とされた。
残りは床の勾配を一直線にドレインまで導くしかない。が、それには複雑に三角形の勾配を組み合わせるしかない。図面で描くのさえ複雑なのに、現場で最も高い点を決め、そこから勾配を確保していくのは容易ではなかった。
おおむね勾配が決まった後、その表面処理を行うのだが、ここでもコンサルIさんは、なかなか下地の仕上げをOKしてくれなかった。確かにシート防水なので、表面のスムースな仕上げは必須だが、隅から隅まで指先でなぞりながら行う検査は、私の予想をはるかに超えていた。
現場のガーナ人の作業員は、半ば呆れていたが、理屈からすればIさんのやってる事は正しい。私も「はあ」と言いながら、指摘箇所にチョークで印を付けながら、Iさんの後をついてまわった。
この防水下地に関しては、延々と一週間、指摘と是正を繰り返して、やっとOKが貰えた。
真面目な建設コンサルタントほどツラい
現場から5分程の事務所の裏に、喫煙所があった。私は煙草を吸いながら、Iさんと色々話す機会があった。
Iさん自身も、日本の建設コンサルタント事務所から、ガーナに単身赴任してきている。各コンサルタント会社は、それぞれJICA(ジャイカ)等からの仕事を受け、国内及び世界に人を送り込んでいる。
私も過去に一度だけ、コンサルの仕事をした事がある。あるアジアの国で、日本のゼネコンが施工してる現場だった。基礎の段階で当たり前の指示をするだけで終わったので、コンサルの難しさが分かったとは言えないが、現地に行く前に言われて印象的だったのが「あまり厳し過ぎないように、最低限の現場監理にして下さい」と言われた事だった。
最近はあまり厳し過ぎると、施工会社からJICA等に苦情が行き、その結果、その建設コンサルタント会社は使われなくなる傾向があるらしい。前述のゼネコンOBの考えとは、このことだった。
Iさんもコンサル会社から「厳し過ぎる」と相当指摘されているらしい。「どうするんですか?」と尋ねると「正しい事を言い続けるだけですね」と即答だった。真面目な建設コンサルタントほど、孤独でツラい仕事なのかも知れない。
Iさんとは、このガーナでの現場が終わってからも、メールでの付き合いが続いている。ときどき冗談が通じないこともあるが、今でも色々教えて貰っている。
次回は、もっと大きなハプニング、この建築現場で起きた事件について書きたい。
(つづく)