西日本鉄道(西鉄)の土木技術者に聞いた「鉄道土木の魅力」
西日本鉄道株式会社(以下:西鉄、本社:福岡市中央区)は、福岡で4つの鉄道路線などを運営する九州最大の私鉄。鉄道は都市生活に欠かせない社会インフラであり、それを支えているのが「鉄道土木」の技術だ。
鉄道のメンテナンスは、線路(レール、枕木など)や橋梁をはじめ、駅舎、踏切など多岐にわたるが、主に電車が走らない夜間に作業が行われる鉄道技術者たちの努力は、人目に触れることはない。「毎日同じ時間に電車が通る」というカタチで間接的に示される、まさに「縁の下の力持ち」だと言える。
鉄道土木の魅力、必要なスキルなどについて、西日本鉄道(西鉄)の土木技術者である井口要さんに聞いてきた。
広報から現場工事の所長に。西日本鉄道でのキャリア
西日本鉄道株式会社 鉄道事業本部 施設部 春日原連立工事事務所所長 井口要(いのくち・かなめ)さん
――西鉄入社後の経歴を教えてください。
井口 入社後は、施設部保線課に配属され、天神大牟田線の現場に出ました。日々の点検のほか、軽微な補修工事などを担当していました。3年間、鉄道の維持メンテナンスを叩き込まれました。
その後、本社に戻って、同じ施設部の仕事として、鉄道土木施設に関する予算計画、行政との協議、基準規程の見直しなどを担当しました。
西鉄グループの建設コンサルタント会社に出向したこともあります。鉄道の高架橋の設計や連続立体交差事業の予備設計などを担当しました。土木技術から完全に離れて、新しい商品やサービスを検討するプロジェクトや、一般管理部門の広報も担当しました。
広報の後、土木セクションに戻って、いきなり現場担当になったわけです(笑)。
――広報から現場工事の所長ですか(笑)。
井口 そうなんです。われながら、あまり技術屋らしい経歴ではないですね。ちょっと寄り道しちゃってますので(笑)。
――技術者が事務系に仕事をするのは、西鉄さんでは普通なのですか?
井口 そうですね。私のようにいろいろな畑を転々とする技術職もいれば、ずっと技術畑一本で専門的にやっていく技術職の社員もいて、結構幅広いですね。
細心の注意を払う、鉄道直上工事
――現在は現場を担当していると。今の職場は何年目ですか?
井口今年で5年目ですね。今担当しているのは、福岡県が事業主体の天神大牟田線(春日原~下大利)連続立体交差事業の現場で、ちょうど工事が半ばを過ぎた辺りから、任されている感じになります。もうずいぶん長いですね。
――どういう現場ですか?
井口 連続立体交差事業とは、鉄道の踏切をなくすため、線路を高架化する事業です。私が担当しているのは、春日原駅から下大利駅を結ぶ延長約3.3kmの区間の工事で、3つある工区を統括管理する立場です。
直上部に当たる1工区(延長約700m)は鹿島・大林組・西鉄グリーン土木のJV、2工区(約900m)は清水建設、3工区(約600m)は安藤ハザマ、そして、仮線区間となる4工区(約1.1km)は松本組がそれぞれ担当しています。
在来線直上部での施工現場(春日原駅〜白木原駅間)
私自身、鉄道の高架化工事の現場を担当するのは初めてなんです。やはり直上部の工事には非常に気を使います。直上部の工事は、電車が走る真上で高架化工事を行うので、工事工法の検討、確認は徹底的に行なっています。
少し大げさですが、「水一滴落とさない」ぐらい、細心の注意を払っています。施工を担当するゼネコンさんとは、毎日、その日の作業内容の細部までしっかりと打ち合わせをしたうえで、進めているところです。
同じ高架化工事ですが、仮線工事とは施工する上で注意するレベルそのものが全然違います。仮線工事は、横の仮線に移して、これまで電車が走っていた所を更地にして工事を行いますので、高架橋をつくることに専念できるんです。
直上工事の場合は、電車の運行に対して、高架橋をつくることと同等か、それ以上の神経を使います。それほど直上工事は大変なんです。担当するゼネコンさんの現場監督さんには、これまでの経験を生かして細心の注意を払って工事をしてもらっています。
ステークホルダーとの合意形成が公共工事の難しさ
――所長として、気をつけていることは?
井口 現場には、私を含め13名の西鉄の技術者がいますが、直接的に工事をやることはほとんどなく、「マネージャー」としての役割が大きいです。安全管理、工期の管理、予算の管理などに関する行政との協議や社内調整が主な仕事になります。
発注者として、事業者や施工業者との連絡調整を行い、仕事を回して行くのが、西鉄の土木技術者に求められる能力、スキルになります。
現場所長として、この辺のノウハウを社員に伝えていかなければいけないと考えています。
――現場の難しさは?
井口 今回の高架化事業は公共工事なので、西鉄のことだけ考えていてはダメなんです。地域の渋滞解消、あらたな賑わいづくりが事業目的なので、地域のことを考えながら仕事をする必要があります。
事業主体である福岡県と連携して、西鉄が工事を行なっているという視点が不可欠なんです。沿線の地元自治体や住民の方々との協議、ゼネコンさんとの打ち合わせなどもあります。
自社の事業拡大や成長のために投資をすることが多い中で、ふだんと違った視点で業務に取り組むところに、今回の事業の難しさがあります。様々なステークホルダーと協議し、合意形成し、仕事を前に進めるという難しさが。
逆に言えば、社員にとって貴重な経験をする場だと言えます。
鉄道工事のミス防止
――現場でのミスを防ぐ工夫などは?
井口 現場で作業をする中で、ヒヤリとしたりハットしたということはあります。現場作業なので、いろいろな要因が重ったミスはあります。
ただ、現場で一番起こってはならないミスは「ミスが起こるはずがないと考えている部分で起きるミス」です。誰も予想していなかった部分のミスなので、これが一番怖いですね。
なにをするにも事前にきちんと打ち合わせをして、十分に準備をして、リスクを潰してから作業を行うようにしています。ここ数年、豪雨などの自然災害が猛威をふるっているので、今までの経験則だけに頼らずに、さらに安全側の対応を準備しておく必要があると感じています。
――イマドキの若者の印象は?
井口 今の若者には、とにかく丁寧に、詳しく話さないと伝わらないところがありますね。教える方も勉強しながらやっていかないといけないと思っています。
特に、「なぜこうするのか」の「なぜ」の部分は詳しく説明するよう心がけています。過去にこういうことがあったから、こうするんだとか。
深夜の数時間が鉄道工事の勝負
――鉄道土木に関する技術、ノウハウの継承はどうなっていますか?
井口 鉄道事業者にとって、技術の継承で最も大切なことは「鉄道を保守する技術」で、それが根幹になっています。
今のところ、ベテランの方々がまだ現役でいらっしゃるので、専任の技能指導者として、その方々に若手がついて、OJTにより技術をつないでいるところです。新人、若手の育成については、年間のプログラムを作成し、計画的に実施しています。
ただ、5年、10年経つと、指導するベテランの数が減るので、そのときにどうやって技術を継承していくかは、大きな課題になっています。
西鉄では、路線の新設に関する特別な教育プログラムはありません。鉄道の技術に関しては、きちんとメンテナンスするスキルがあれば、新しい路線をつくる場合にも応用できると考えています。
鉄道の保守技術は、例えば、古くなった線路や踏切を取り替えるなどの作業です。新しくつくる場合も基本的に作業内容は一緒で、古いものを撤去する作業がないだけだと考えることもできますので、保守する技術があれば、どんなことにも対応できると思っています。
新設独自のノウハウがあるとすれば、そのときの最新の材料や技術などを研究して取り込んでものをつくるということになります。最新の仕様にアップグレードするということです。
保守する際にも、最新のものにアップグレードする検討はしますが、部分的な補修の場合にはそれが限定されてしまうこともあります。
鉄道のメンテナンスでは、列車を直接支えるレールや枕木の線路が目立ちますが、実のところ、踏切や橋梁、高架橋といった線路を支える構造物のメンテナンスがとても重要です。
――「夜間の限られた時間に作業する」には、相応の経験、ノウハウが必要でしょうね。
井口 鉄道のメンテナンスは、道路と違って、通行止めをして迂回することができません。応急処置的な軽微な作業は昼間でもできますが、本格的な修繕工事は、電車が走らない夜間の数時間しか作業ができないんです。
短い時間で工事を終え、翌日の始発列車からは通常の運行ができるように復旧して、次の日にその続きの工事を進めていくという感じで、どうしても時間がかかってしまいます。
そういう制約の中で、いかに効率的に工事するかが鉄道土木のノウハウであり、難しさだと思います。
鉄道工事は、電車を運行しながら日々進める
――鉄道土木の魅力は?
井口 「なにをつくるか」より「どうやってつくるか」というところですかね。今の現場もそうですが、電車が運行している中で、どうやってものをつくっていくか。
いろいろな関係者と協議しながら、最適な工法を選択し、工程を考え、「つくり方」を計画していく。その過程を組み立てていくのが、鉄道土木の魅力だと思っています。
ものづくりのゴールではなく、プロセスが魅力ということですね。
「きちんと完成できるのか」と考えることもあります。ほかの建物や施設のように完成してから、お客様にご利用いただくのではなく、日々お客様にご利用いただきながら、同時に施設や設備を新しくしていくというところが違いかなと感じています。
――ありがとうございました。