大手ゼネコンに多くの卒業生を輩出する工学院大学
2019年に学園創立132年目を迎える工学院大学。
これまでの卒業生は10万人以上に上り、大手ゼネコン、準大手ゼネコン、地方自治体などに数多くの建設系人材を輩出している。2018年3月卒業生の就職内定率は98.8%、上場企業への内定率41.7%。2011年には日本初となる建築学部を創設した。
現場の「第一線で活躍する技術者」の育成を目指す工学院大学だが、学生たちは何を学んでいるのか、そして、卒業生たちに対するゼネコンの評価はなぜ高いのか、その理由を工学院大学建築学部の学部長である野澤康氏に伺った。
建築家・辰野金吾も工学院大学の創設メンバー
――工学院大学の沿革は?
野澤康 1887年(明治20年)に帝国大学(現・東京大学)の渡辺洪基総長が中心となって「工手学校」を設立したのが、工学院大学のはじまりです。
「工手」という言葉は今では死語ですが、渡辺洪基の定義によると「将を助け、卒を導く下士官」。つまり生産現場における専門的な技術者を意味します。
当時も技術者の人材が不足していたことから、工手学校が創設されました。学校創設に際しては、東京駅や旧日本銀行を設計した建築家の辰野金吾も参加しています。
その後、1928年(昭和3年)に工学院と改名し、1949年(昭和24年)の新学制による工学院大学設置の認可を受けました。2017年に創立130年を迎えています。
工学院大学の八王子キャンパス。東京ドーム約5個分の広大な敷地に、大規模な実験施設や研究施設が整備されている。
――現在の学部構成は?
野澤康 建築学部、先進工学部、工学部、情報学部です。私が工学院大学に着任した1995年当時は、工学部のみの単科大学でした。その後、徐々に学科・コースが増え、それらをまとめる形で2006年に学部改組し、情報学部とグローバルエンジニアリング学部を新設しました。
そして建築学部を新設したのが2011年4月です。すでに建築系の学科は2つあり、生徒も300名ほど在学していたため、それらを再編する形で建築学部の創設に至りました。
日本初、建築学部を創設した工学院大学
――建築学部を創設した狙いは?
野澤康 「建築」の定義は幅広く、住宅以外にも商業ビル、工場、病院、学校など建築物の種類は多岐にわたります。また、小さな内部空間から街づくり、メンテナンス領域まで「建築」に含まれます。
これまで工学部の枠内にあった「工学部建築学科」のままでは収まりきれないと判断し、学科やコースを建築学部として再編しました。
一般的には建築を学んだ者は建築家になるイメージが強いですが、実際には構造や材料、デザイン、都市計画、施工管理など多くの領域において、建築のプロを養成しなければなりません。技術と芸術の高度な融合を目指す意味でも、建築教育の新たな構築が必要でした。
――建築の学問領域は広いですね。
野澤康 たとえば、建築史という学問がありますが、化学や機械工学において「歴史」を単独カテゴリーとして扱うことはありません。デザインについても、建築学には工学に収まりきれない種類のものがたくさんあります。
――建築学部を創設した反響はいかがでしたか?
野澤康 受験生が大学を選ぶ際、学部として建築分野の大きな領域をカバーしていることが1つの決め手になっているようです。
地方国立大学の建築学科では、10ほどの研究室しかないのに対して、工学院大学の建築学部では約40の研究室があり、分野が多彩であることに魅力を感じる受験生が多いです。
工学院大学の新宿キャンパスは駅から徒歩5分、地上28階地下6階建ての超高層ビル
また、ランドスケープデザインやインテリアデザインなど新たな分野を拡大したので、インテリアをコーディネートする会社への就職など、それまでの卒業生とは異なる道に進む学生も増えました。
ゼネコンからは、「工学院大学は、元から産業界とのつながりが強いし、これからもいい人材を輩出してほしい」と期待の声をいただいています。
建築学部には12の専門分野。建築には適性が重要
――建築学部では、具体的にどのようなことを学ぶのでしょうか?
野澤康 建築学部には、「まちづくり学科」「建築学科」「建築デザイン学科」という3つの学科があります。
まちづくり学科は「都市デザイン」「ランドスケープデザイン」「環境共生」「安全・安心」、建築学科は「建築計画」「建築構造」「建築生産」「建築設備」、建築デザイン学科は「建築デザイン」「インテリアデザイン」「福祉住環境デザイン」「保存・再生デザイン」など、12の専門分野でメニューを用意しています。
1年生・2年生は、3学科共通の専門基礎教育を受け、3年生・4年生になると、12分野のうち1つの分野に軸足を置きながら、関連する他学科や他分野の科目も合わせて履修します。
私どもは、かなり前から基礎学力をつけた後、専門科目を指定することを推奨してきました。後に文部科学省も同じ指導をはじめ、機械、電気などの志望者はとりあえず工学部に入学し、3年生で自分の適性が分かった段階で学科を決めれば良いという判断を大学側に求めるようになりました。
そのため、工学院大学建築学部では、入学時に学科を指定する学生も、3年生になったら学科をあらためて選択し直します。当初、高校の先生からは、進路が不安定という指摘も頂きましたが、今では評価されています。
適性の問題はかなり重要です。建築デザインは格好いいと思ったとしても、ほかの学生と一緒に課題を進めていくと、目に見えて差がついてきます。その時点で適性がないことが判断できます。例えば、デザインよりも構造の道を選択する道もあります。
建築学部の作業風景。建築学部には女子学生も多い。
――学生に合わせた教育が、就職の強さに繋がっている?
野澤康 工学系分野で質の高い人材を輩出してきた歴史的背景もあり、工学院大学は産業界から厚い信頼を受けています。
2018年3月卒業生の就職内定率は98.8%です。そのうちスーパーゼネコン、準大手ゼネコン、大手設備会社を含む上場企業への就職内定率は41.7%、就職満足度は98.3%です。
専門領域と業界ニーズをもとにした、学校と企業のマッチングによって学生の就職支援もしています。最近では、民間企業に加えて、技術系公務員を志望する学生が増えていますので、公務員の就職実績も上がっています。
「即戦力の卒業生がほしい」というゼネコンの期待
――建築学部の卒業生には、現場の即戦力としての期待も大きいのでは?
野澤康 ゼネコンからは「学生を即戦力の技術者として育成してほしい」と期待されますが、それだけが大学の役割ではありません。
ゼネコン側の言い分も分かりますが、即戦力となる能力を身につけるためには、大学で何を教えればいいのか、企業側も大学側も理解できていないと思うのです。
また、これは個人的な考えですが、就職のためだけに4年間勉強するというのは学生にとっては気の毒です。やはり、好きな分野の勉強に打ち込むことが大切です。
卒業後の進路に現場の技術者を志望する学生はいます。私の研究室は、まちづくり学科で都市デザインを研究テーマとしていますが、中にはゼネコンの施工管理として現場に配属された卒業生もいます。現場適応力は大学教育で身につきますので、施工管理にも役立つのではないでしょうか。
昨今は、施工管理の求人も多くなっています。私たちも最近の建設現場は旧3K(きつい、汚い、危険)ではなく、女性も活躍できる業界であることは理解していますが、社会的には未だ旧3Kのイメージがあります。
学生が現場をより理解できれば、施工管理への道を選択する学生も増えるでしょう。
ゼネコンとコラボして卒論を書く工学院大学の学生
――工学院大学では、企業や地方自治体の実務の方との連携を深めていますね?
野澤康 現場見学に行ったり、インターンシップでお世話になったりしています。
建築学部の取組みとして特筆すべきことは、2016年からセブン&アイ・ホールディングス傘下の株式会社セブン&アイ・クリエイトリンクとゼネコンのフジタがコラボ支援金付きで提示する課題に、学生が卒業(修士)論文として取り組める「ISDC(アイ・エス・ディー・シー)プログラム」をスタートしたことです。
ISDCプログラムの最大の特徴は、これまでにはなかった“学生と企業とのダイレクトなコラボレーションを実現”したことです。今は、フリーなテーマで企画書を立案しています。
店舗デザインの株式会社セブン&アイ・クリエイトリンク、ゼネコンのフジタに加えて、昨年からチームラボアーキテクツと組んで、ISDCプログラムを展開しています。
ちなみに、フジタの前社長は、工学院大学出身者です。また、工学院大学(八王子キャンパス)のここ数年で完成した校舎はフジタが施工を担当したこともあり、現場見学もしました。現場見学やインターンシップを通じて、企業から目をかけられる学生もいます。
――現役学生や工学院大学の卒業生に対するゼネコンの評価は?
野澤康 あるゼネコン採用担当者から、建築学部の学生の印象を聞きました。まず、個性豊かで、自分の意思をしっかりと保っているという印象だといいます。会社説明会や選考を通じて、やりたい仕事や将来の目標に向かって諦めずに粘り強く、狭き門だとしてもチャレンジする姿を見て、とても頼もしく思っている、とのことでした。
また、面接やグループディスカッションを通じて、コミュニケーション能力の高さも感じているそうです。建設業は発信力や傾聴力など「チームで働く力」がとても大事な職業ですから。
このゼネコン担当者からは、研究活動やグループワーク、課外活動を通じて、引き続きそういうチカラを伸ばして欲しいとの要望もありました。
また、建築学部出身の社員に対する印象もゼネコンから聞きました。主体性や行動力、コミュニケーション力があり、明るい人柄の方が多いと高評価。40歳以上の方のほとんどがリーダーシップを発揮し、技術系内勤職の部長や現場所長など管理職として活躍しているとのことです。
主体性や行動力を活かして粘り強く仕事に取り組み、コミュニケーション力を活かしてチームをまとめていく姿勢が評価されています。
――野澤学長から見た、最近の学生は?
野澤康 教員が休講にすると学生は怒ることもあるくらい、真面目です。真面目すぎて、無難な発想しか生まれないと困りますが。きらりと光る学生もいますよ。
建築と介護をつなぐ「ジェロンテクノロジー」
――今年4月からは、学部・学科横断型の教育研究を推進されますね。
野澤康 共生工学研究センター(仮称)を開設し、「共生工学:ジェロンテクノロジー」をキーワードとして、学部・学科横断型の教育研究を実施します。
「ジェロンテクノロジー」とは、超高齢社会・人口減少社会で新たに生じた諸問題を、多分野の総合的な学問によって解決することを目指した、分野横断型技術を指します。
そこで建築学部としては、障がい者、高齢者でも対応できる家づくり、住まいづくりを目指します。建築とIoTの連携や介護の支援にも携わることになります。
言い出したのは私の前任の学部長・長澤泰特任教授で、建築学部も1つの核となりながらもプログラムを回していくことになります。私の専門であるまちづくりにも関わりを深めていこうと提案されました。
――夢がありますね。
野澤康 まちづくりの現実は厳しいですよ。現場に行くと高齢者ばかりです。30年先のことを考えましょうと提案しても、「私たちは生きていないです」と言われます。「お子さんやお孫さんのことを考えましょう」と水を向けても、「この街に帰ってこない」と返されます。私たちには、街を明るくしたいという思いがあります。このままではいけません。
――これからの工学院大学については?
野澤康 色々な建設関係者の話を聞いていますと、東京五輪の終了後も仕事は維持されるようなので、当面は大きな問題はないと考えていますが、本格的に少子高齢化で人口減少社会を迎える中、あまり安心してもいられないというのがホンネです。
18歳人口の絶対数不足などの問題に直面していく中でも、工学院大学は基礎教育を重視し、さらに社会で活かせる実践的教育を行うことで、創造力豊かなグローバル化社会で活躍する人材を育成し社会の発展に貢献していきます。