コンクリートと鋼材の共生関係
お互いの弱点・欠点を補い合って生きる。生物学では、「共生」現象と呼ぶ。
クマノミがイソギンチャクに隠れながら泳ぐ。これは代表的な「共生関係」だ。クマノミはイソギンチャクの触手に隠れることで大きな捕食者から逃れられる。一方、イソギンチャクはクマノミが近くにいることで、安定的な成長環境が整えられる。
今回は、コンクリートの中で共生する、切っても切れない「鋼材」の話。
コンクリートの圧縮力と鉄筋の引張力
「コンクリート造」と「鉄筋コンクリート造」。見た目では区別できそうにないが、両者の違いは月とスッポンほど異なる。
コンクリートは圧縮力が強いのが特徴だ。しかし、引張応力には非常に弱く、引っ張られると、あっという間に割れてしまう。つまり、押しにはめっぽう強いが、引きにはまったく弱いということだ。
そんなコンクリートの弱点を補う存在が「鉄筋」(鋼材)だ。鋼材は、圧縮・曲げ・引張すべてに対して強く、材料特性の中では最強の素材である。しかし、その分「硬い」「重い」「高い」と、負の側面があることも無視できない。
このコンクリートと鋼材の特徴を、非常にうまく組み合わせたものが「鉄筋コンクリート」だ。載荷時、コンクリートが圧縮力を担保し、鉄筋が引張力に応える。その相性の良さは他の素材の追随を許さない。
他にも、コンクリートと鋼材がどのように補完し合っているのかを、具体的に見ていこう。
熱膨張係数(熱膨張率)が同じ
木材、プラスチック、ゴム、繊維など、世の中には数多くの素材が存在するが、それぞれの熱膨張率はまったく異なる。樹脂やゴムなどが熱の影響で伸びてしまう姿は想像に難くないだろう。
この世界には色々な素材がある中、なんとコンクリートと鋼材は熱膨張係数がほぼ同じなのだ。つまり、熱環境の中で同じ挙動を示すため、温度変化による内部応力は発生しないということだ。
コンクリートのアルカリ性が鋼材の腐食を防ぐ
鉄は錆びる。「錆びる」とは、酸化のことだ。酸性雨の影響で鉄が錆びてダメになった、というのは耳にしたことがあるだろう。
一方、コンクリートの中の鋼材は、アルカリ性の環境に満ちている。強アルカリ性のコンクリートによって、鉄は腐食(酸化)から守られる。錆びないことで、鉄筋はその機能を損なわれることなく発揮できるのだ。
コンクリートの脆さ(もろさ)を鋼材がカバー
ねばり強さのことを「靭性」といい、脆さの対極を表す。鉄は靭性が高い素材であるのに対し、コンクリートの靭性は低い。つまり、コンクリートは脆いのだ。
実は、地震動など複雑な挙動はコンクリート造だけでは保持することができない。そこに鋼材のねばり強さが加わることによって、大きな地震の際にも一気に倒壊するのを防いでいる。これが地震大国・日本の構造計算の考え方であり、鉄筋コンクリート造で高層ビルが成り立つ所以だ。
鋼材の4つの基本事項
コンクリートと鋼材が相互に補完していることが分かったところで、次は鋼材に関する4つの基本事項も学んでほしい。
1.炭素量で性質が決まる
鋼材内の炭素が多ければ強度は高くなり、破断時の伸びが小さくなる。炭素量が多いと、靭性(ねばり強さ)は低くなり、加工や変形をしにくくなる。
炭素量は、一概に「多い→強い」とはならないことを認識しておいてほしい。以下の表1に、炭素量による鋼材の特性をまとめる。
炭素量 | 強度 | 破断伸び | 靭性(ねばり強さ) |
多い | 高い | 小さい | 低い |
少ない | 低い | 大きい | 高い |
表1 炭素量による特性
2.鋼材の弾性係数は全て同じ
後述するが、鉄は強度や伸び率(炭素量)が変わっても、弾性係数は同じだ。
「弾性係数」とは「材料の硬さを表す指標のひとつ」であって、「強度が高いと弾性係数も高い」というのは間違いだ。以下に、鉄筋の弾性係数値を示す。
鉄筋の弾性係数: E=200kN/mm2(もしくは、2.05×10^5 N/mm2)
3.「引張強さ」よりも、「降伏点または耐力」が大事
鋼材の伸び方の特徴を、図に示した。グラフの縦軸が応力を表し、横軸がひずみを表す「応力-ひずみ曲線」だが、難しいことではない。力(引張応力)を加えれば加えるほど、伸びてきて最終的には切れる(破断)、というのを模式的に表しているに過ぎない。
鋼材の伸び方には共通の特徴があるので、図で確認してほしい。
- はじめのうちは引っ張っても元に戻る。(比例限界・弾性限界)
- 降伏点が現れ(降伏棚)、じわじわと伸びはじめる。
- 伸びつつも強度は頂点を表す。(引張強さ)
- 限界まで伸びたら破断する。
4.降伏点や引張強度は、元の直径を使う
鉄筋は、伸びるとその分細くなる。破断時には元の鉄筋径よりも小さい断面になっている。直径を計測するのは試験をする前に行うことが重要だ。
フックの法則で引張強度や降伏点を求められる
弾性係数(E)が出てきたので、「フックの法則」についても触れておこう。これで、引張強度や降伏点を求めることができる。
σ=Eε(σ:シグマ・応力)(E:イー・弾性係数)(ε:イプシロン・ひずみ)
慣れない記号が出てくると、ついつい敬遠してしまいがちだが、中学で習う「比例の式:y=ax」と全く同じだ。比例定数aが、フックの法則では「弾性係数E」になっているだけで、「ある力(σ)で引っ張ったら、これだけ(ε)伸びました」ということだ。
「フックの法則」は、「弾性の法則」「ばねの方程式」などとも呼ばれることもあり、バネや輪ゴムをイメージしてもらえると理解しやすい。
鉄筋コンクリート用の鋼材は3種類
鉄筋コンクリートに使われる鋼材の種類は、大きく分けて以下の3つだ。
- 異形棒鋼
- 丸鋼
- PC鋼材
異形棒鋼は、リブと節からなる凹凸を持ち、この凹凸がコンクリートとの付着を強固なものとする。通常、現場で見るのはほとんど異形棒鋼だと言っても過言ではない。
丸鋼は、読んで字の如く。凹凸のない真っすぐな棒の形状をしている。メッシュ筋など、網目状に溶接されたものを目にしたことがあるかも知れない。
PC鋼材は、プレストレストコンクリートという引張応力で補強を施すコンクリートに用いられる。炭素量が多いので、非常に強く、伸びも少ない。
普通の鋼材ならば、先ほどの「応力-ひずみ曲線」のような挙動を表すが、PC鋼材の場合、炭素量が多いので全く別の線形となる。
明確な降伏点が現れないので、「降伏点」の代わりに、「0.2%の永久ひずみ」が生じた時点を「耐力」と呼び、強度の目安としている。
上記の2つのグラフを重ねると、以下のような関係となる。いかにPC鋼材が強いのか、また、弾性係数は強さには関係ないことなどが読み取れる。
鋼材の規格
最後に、鋼材の規格について見ていこう。
種類 | 記号 | 機械的性質 | |
降伏点または耐力 | 引張強さ | ||
丸鋼 | SR235 | 235以上 | 380~520 |
SR295 | 295以上 | 440~600 | |
異形棒鋼 | SD295A | 295以上 | 440~600 |
SD295B | 295~390 | 440以下 | |
SD345 | 345~440 | 490以下 | |
SD390 | 390~510 | 560以下 | |
SD490 | 490~625 | 620以下 | |
PC鋼棒 | SBPR785/1030 | 785以上 | 1030以上 |
表2 鋼材の規格(抜粋)
- SRとは、Steel(スチール)Round(ラウンド・丸)
- SDとは、Steel(スチール)Deform(デフォーム・異形)
- SBPとは、Steel(スチール)Bar(バー・棒)Prestressed(プレストレスト)
英字の後に続く数値で、「降伏点または耐力」の範囲を表している(単位はN/mm2)。SD295Aだけ、降伏点の下限値が規定されていることを覚えてほしい。
ここでよく混同しがちな、鋼材の「呼び名」との違いにも触れておきたい。
例えば、「主筋はD25、せん断補強筋はD13の鉄筋で配置」などと言われたら、それは鉄筋の呼び名であって、数値は直径を意味している。
つまり、SD345のように、強さを示す「記号」、D25のように太さを示す「呼び名」があるということだ。
鉄筋コンクリートは人間も見習うべき理想のマッチング
さて、コンクリートと鉄筋の相性がどれだけいいのか、理解いただけただろうか。お互いの強みで相手の弱点を補い合う。生物学でいう「共生」に勝るとも劣らない関係を、全くの人工物である鉄筋コンクリートで見られるのだ。
動植物や鉄筋コンクリートに限らず、人間関係にも「共生関係」は存在する。夫婦、組織の上司と部下、チームの監督と選手などなど。あなたの人間関係は共生関係が上手く機能している状態だろうか。
自分の強みで、相手の弱みを補えているのか不安なときは、共通の特性を持ち(熱膨張係数)、強みと弱みを補完する(アルカリ性・引張力)、コンクリートと鉄筋の理想の関係性を思い出してほしい。
コンクリートを学ぶことによって、色んな分野に応用できる知識・知恵が身に付けられる。これも一種の「共生」効果と呼んでいいのではないだろうか。