継承されない曳家技術…
東日本大震災以前、道路の拡幅工事に伴う曳家の補償積算の算定方法が変わって、全国の曳家が廃業に追い込まれました。そんな中、解体や斫り業などと兼業することで延命を図った方たちも多くいらっしゃいました。
ここらへんから、曳家技術の劣化が始まります。
なんでもそうですが、アスリートと同じく「毎日続ける」ことで上手くなってゆきます。それと曳家の現場に遭遇することが少なくなりましたから、「上手い、下手だ」の判別が付かないため、継続しているだけで「名人」扱いされる風潮もあります。
かくいう自分も常々、自分は「ブラックジャック」「三つ目が通る」執筆前の低迷期の手塚治虫のようなもんではないだろうか?と考えている時期がありました。
手塚先生の当時のインタビュー記事に、こんなものがありました。
「僕の漫画はね。(漫画家の)教科書なんです。教科書は面白くないでしょう。でも誰かが描かなくてはならないんです」
自分も、かつては昭和50年代の曳家の黄金期を継承したあまりにもオーソドックスな工事スタイルに、これで良いんだろうか?と悩んだものでした。
もちろん、自分はブルース・リー大好きですから「水のごとく」本質は変えずに改善は続けていました。やがて時代が一周も二周もして、大工目線の曳家が宮大工や古民家再生関係者に注目してもらえるようになってきました。
で、今回は「曳家の教科書:岡本」として、こっちのほうが良いでない?と思うことを書きます。
スタッフに怒鳴る地方局アナ
と!その前に・・・
自分の曳家閑時代の話をしておきます。
自分はまあ、事業規模の問題もありますが、親から大きな倉庫や資金を引き継いだわけでもなんでもありませんでしたから、重機を買って土木に進出することも出来ませんでした。
どうしようかなーと随分悩んだんですが・・・。結局、好きな音楽に近いところで音響(PA)の仕事をすることにしました。PA仕事なら、ほぼ依頼は日曜だけという点も兼業に向いていました。
岡本が音響を担当していたウルトラマンと遊ぼうのリハーサル風景
そんなある日の思い出を書きます。
PAオペレーターをやっていますと、色々なMCさんや局アナさんともご一緒することがあります。
会場に着いて自分の荷物を楽屋に入れて、関係者に挨拶に出て行き、戻ってきたら荷物がそのままなので(当たり前)、ケータリングスタッフの女の子に「なんで! 衣装に使うスーツをハンガーに吊っておかないの!」と怒鳴る地方局アナに、おじさんは気分が悪いわけですよ。
で、本番始まって、その局アナがステージ袖まで出て来て客席前方のお客さんとの会話を始めたんですが・・・!
彼女はステージ両端に設置されたスピーカーの前を通る時に、普通にマイクをアゴのあたりにあてたまま移動していました。
ご存じのように突然、スピーカーがキャン!と耳に痛い音を出すハウリング現象は、本来、マイクの音を拾ってそれを出しているスピーカーが自分の出している音をもう一度、マイクを通して拾ってしまうことで起きます。
つまりプロのアナウンサー足るもの、スピーカーの前を通過する際には、自分の身体でマイクを隠し、そのスピーカーに影響を及ぼす角度を離れてから再びマイクで話すことが出来るべきです(世の中には「アナウンサーとは、まあまあ標準語でそれなりに話すことが出来さえすればプロなんだ」と思っている方もいますが)。
さて、こうした時にPAオペレーターはどうするか?というと咄嗟に「パンニング」をします。
これは彼女が通る、もしくは立ち止まっている側のスピーカーの音量をほぼ0に下げておいて、しかし会場全体への音量は下がらないように反対側のスピーカーの音量を言葉の切れ目を利用して即上げます。
前の方で聴いている観客には片側のスピーカーだけ音量が上がったことは気づかれるでしょうが、後方で観覧している方にはほぼわかりません。
こうしておいて彼女が危険ゾーンからステージ中央に戻って来たらバランスを元に戻します。
そして、休憩時間に彼女にマイクの使い方を優しく注意したんですが、ものすごく敵意をむき出しにして、「他の方からは言われたこと無いんですけど!」と言い返されました。
あのねー、それはその方たちはたぶんあなたに良いアナウンサーになってもらおうなんて思ってもないし、観覧のみなさんに少しでも良い音を届ける気持ちが失せているんですよ。
まあ、気持ちはわかりますが(苦笑)。
ほとんどの曳家業者が、いきなりH鋼を柱に取り付けている
どうしてこのような話をしたかというと、土台の無い石場建て伝統構法のお家の曳家工事においても同じようなことがあるからです。
曳家岡本の場合だと、必ず1本の柱に対して両側にH鋼を通して、その上に添え柱を取り付けて軸力がぶれないような組み方をします。しかし、これは曳家業者全体でいえば非常に稀な工法です。
一般的には、柱のどちらかにH鋼を取り付けて揚げます。これは以前、構造設計事務所の方からも指摘されたことがあるんですが、もちろん片側だけにH鋼を取り付ければ持参する資材や手間もかなり削減できます。
でも、それおかしいですよね。古民家を残したいと思われてわざわざ曳家にご依頼いただいているのに、片側だけで持ち揚げるのは躯体を傷めてますよね。
それと柱とH鋼(もしくはレール)の緊結も柱との接触面が多い方が柱に与える負荷が少ないですから、自分は長さ50cmの添え柱を取り付けてから、その添え柱を持ち揚げるようにしています。
これもほとんどの業者さんはいきなりH鋼を柱に取り付けています。
コストや施工期間との兼ね合いがありますから、なんでも「自分が正しい」というのはありません。でも自分は低迷期の手塚治虫のつもりで歯を喰いしばってます。
「施工の神様」をお読みになられている方の中には、「真面目に良い工事をしているのはわかるけど、高いんじゃないの?」と考えられている方もいらっしゃるかも知れません。
次回は曳家や沈下修正に関する価格をリアルにお伝えさせてください。
それと先に言っておきますが、価格は大事です。自分は常に他社の価格には気をつけてますし、情報交換をさせていただいています。