ビッグサイトの使用制限延長で、小池都知事に嘆願書を提出
東京都は、東京五輪の開催決定後、東京ビッグサイト(東京国際展示場)の約半分(7万m2)を放送施設として2019年4月から20か月間、IOC(国際オリンピック委員会)に貸し出すことを決めている。これを受け、多くの展示会が中止・縮小となり、主催者や出展社、その支援企業(装飾施工、電気工事、警備、周辺ホテル等)ら8万3,760社が、2兆5000億円もの損害を被ってきたと言われている。
さらに、東京五輪の1年延期に伴い、2021年も引き続き放送施設として使用する計画を発表。その結果、東京五輪後に予定された展示会も相次いで中止・縮小となり、出展社・支援企業など5万260社が、さらに約1兆5000円の損害を被ることが想定され、一部の企業からは体力のあるうちに廃業、解散を検討する声も聞こえている。
こうした状況下で、日本最大の展示会主催会社・リード エグジビション ジャパン株式会社の田中岳志社長が発起人代表、同社前社長であり日本展示会協会の名誉会長をつとめる石積忠夫氏が発起人副代表となり、東京都産業労働局の土村武史商工部長を通し、小池百合子都知事宛てに「7万m2の仮設展示場の建設」を要望する嘆願書を渡した。
そこで今回、東京ビッグサイト等の展示場でおなじみの、仮設展示を施工する東京造形美術株式会社の石森隆太郎代表取締役社長に出展企業とその支援企業の苦境について聞いた。
左から、吉田キャスト工業の吉田稔代 表取締役社長(出展社)、石積忠夫発起人副代表、東京都商工労働部の土村武史部長、田中岳志発起人代表、東京造形美術の石森隆太郎 代表取締役社長(支援企業:装飾・施工会社)
東京ビッグサイトの使用制限は”人災”
――東京五輪の延期で、東京ビッグサイトの使用制限も延長された。
石森隆太郎氏 この問題は、2階建てになっているんです。東京五輪開催が決定してから、約半分に当たる規模の東館が使用できなくなり、多くの展示会が中止・延期に追い込まれました。これを何とか打開するため、関係各所に訴求をしておりましたが、打開策はなかなか見出すことができませんでした。
石森隆太郎氏(東京造形美術株式会社 代表取締役社長)
その一方で、2020年の東京五輪開催に向け、アスリートや関係各位の皆さんも大変な準備されていることは重々称しておりました。東京五輪が無事終われば、2020年の末からは東京ビッグサイトを使用することができ、出展社や支援企業は頑張って行こうとしていたわけです。
そんな中で、新型コロナウイルスの影響により東京五輪が延期され、IOCへの東京ビッグサイトの貸し出しもそのまま1年ずれこむことになりました。その上に新型コロナウイルスによる景気悪化もあり、展示会業界は三重苦に見舞われています。
新型コロナウイルスは天災に近いですが、東京五輪延期に伴う東京ビッグサイト使用制限は”人災”ととらえてもいいのではないか、というのがわれわれ展示会業界の見解です。
展示会中止で、全産業の営業活動が停滞する
――このままだと、倒産や休廃業・解散が相次ぐ?
石森 そういうことになると思います。倒産はすでに展示会業界でも始まっておりますし、装飾施工会社を含め支援企業も廃業を検討しているところは多いと思います。体力のある会社は、解散を選択することもあるでしょう。
また、出展社企業にとっても、出展会場が使えなくなるインパクトは大きい。展示会に足を運ばない方はイメージしにくいかと思いますが、売上高の7割以上を展示会場で計上している中小企業は無数にあります。こういう企業が今から展示会以外の販路を築いて、売上を伸ばすことが現実的かどうか。このまま放置していくと、小さくない影響がほぼ全産業に渡ることが想定されます。
展示会ブースの装飾施工の様子
完成した展示会ブース
――各産業の展示会は毎年決まった時期に開催されるため、展示会に合わせて技術開発を行っている企業も多い。
石森 展示会は、毎年毎年の積み重ねです。企業活動において、展示会はカレンダーに組み込まれており、その展示会に向けて新商品や新サービスを開発し、会期中に商談等が成立する。展示会と各産業のつながりは深いんです。
そのスケジューリングが壊れれば、営業活動へのダメージも大きい。今後の出展社企業の活動も限定的、部分的になってしまう懸念もありますし、余力のない企業がどうなっていくかは、あまり論を待たないことになるのではないでしょうか。
装飾施工会社は”海を失った漁師”
――装飾施工会社に与える影響は?
石森 会社がもつかどうか、というような状況です。たとえば、展示会業界では装飾・施工の関連企業は首都圏だけでも1,500社ほどあると言われ、多くの企業は大手ではなく中小、場合によっては零細の方もいらっしゃいます。東京五輪が延期になり、展示会も中止・延期になったことで、会社の存続という問題がダイレクトに突きつけられている。今回、東京都に嘆願書を提出したのも危機感からの表れからです。
今は、展示会場という”海”を失った漁師の状況です。災害が起きて、明日から漁師が海に出られなくなったとしても、畑を耕す仕事には従事しないと思います。装飾施工会社も同じで、商売替えして明日から魚を売るわけにはいきません。新たな海を見つけて、さらにそこから開発し、投資をし、ビジネスをカタチにしていかなければならない。
今、当社を含め中小の装飾・施工会社は大変厳しい状況です。その影響を一言で言えば「破壊的」に尽きますが、決して大げさな表現ではありません。
――新たなビジネスモデルへの移行は難しい?
石森 こういう運動をしていると、色々なご意見・ご提案をいただくことがあります。たとえば、「今はちょうどホテルの建設ラッシュなのだから、一時期、仮設の仕事をやめて、ホテル建設の内装の仕事をやったらどうだろうか」などですね。
しかし、仮設と本設は似て非なるものです。同じ大工でも使う道具や材料、合わせ方も違います。10~30年に渡り、仮設で切磋琢磨してきた大工が急に道具を変えて、本設の仕事をすることなどできません。同じモータースポーツでも、F1のようにサーキットを走るレースと過酷な砂漠走るレースとでは、車種も環境も異なりますよね。ですから、「本設で食いつなぐべき」というご意見は、現実的ではないんです。
東京ビッグサイトにこだわるワケ
――地方会場での開設の動きもあるが。
石森 展示会場での最大の武器は、出展社と来場者数の多さにあります。展示会場が広ければ、より様々な展示物を見ることができ、バイヤーにとっても新たな発見が生まれます。そして相乗効果で、提案しているメーカーにも新たな商機も生まれます。しかし、会場が小さいとその効果を生むことができません。
また、現在は海外からもバイヤーが多く訪問します。交通の面でも、羽田や成田からも近い東京ビッグサイトが使えないことは深刻な問題なんです。世界的に見ても、展示会場は概ねその国の首都圏に置かれています。
昨年春にドイツの展示会に行きまして、スウェーデンのブースのお手伝いをしましたが、ドイツやスウェーデンの首相が来訪し、懇談する姿を見る機会がありました。日本の展示会はそのレベルには達していませんが、ヨーロッパでは国のトップが訪問するほど展示会を重要視しています。つまり、展示会は国力を上げることにも直結しており、だからこそ東京で開催する意義は大きいんです。
最大にして唯一の解決方法は「仮設展示場の建設」
――問題は山積しているが、解決策は?
石森 私を含め、多くの展示会関係者が考えている最大で唯一の打開策は、「仮設展示会場の建設」です。今回、小池百合子都知事宛てに「7万m2の仮設展示場の建設」を嘆願する嘆願書を渡しました。これは自助努力をしないことを意図するものではありません。先ほども申し上げましたが、我々にとって展示会場とは、漁師にとっての海と同じなんです。
展示会業界は展示会ありきです。東京近辺で、東京ビッグサイト東館と同等の広さを持つ仮設展示場を建設するには、100~130億円の金額で施工可能です。130億円で出展企業を含め救える会社は数多くあり、効果は大きいと考えています。
――嘆願書はどれくらい集まった?
石森 1週間で発起人572社と賛同者2,800人が集まりました。私もすべての嘆願書を目に通しましたが、1社1社大変な思いを綴っています。たとえば、ある装飾施工の専門会社では、「これまでの20か月の使用制限ですでに仕事が激減していた。これがさらに1年続くなら、将来に希望が持てず廃業を考えている」とのコメントがありました。
また、出展社からは、「東京ビッグサイトで毎年3つの展示会に出展し、8,000万円の売上を計上していた。零細企業で宣伝や全国営業ができないので、使用制限の1年延期は弊社を倒産の危機に追い込む」などの切実な意見も寄せられています。
東京都にとっても、東京五輪の延期とそれに伴い2021年末までビッグサイトの使用制限の延長を決定したことは、簡単なプロセスではなかったと思います。しかし、展示会業界に事前に相談があったわけではありません。ただでさえ新型コロナウイルスで苦労されている中で、さらに1年間活動停止することになれば、「生きるか死ぬか」の瀬戸際に追い込まれることになります。東京都の方々が、真摯に私どもの話を聞いていただいたことはありがたかったです。
仮設展示には、花火のような美しさがある
――最後に、仮設展示の施工についての思いを。
石森 展示会の主役は、出展社とバイヤーとなりうる来場者です。この主役をどうやってもりあげていくか、戦略を含めたブースデザインや運営計画をご提案をするのがわれわれ装飾施工会社のつとめとなります。
展示会やイベントでは、1日か2日で仮設を設置し、終了すればその日の夜のうちに一気に撤去し、更地にする。この繰り返しです。仮設は勝負の期間が短く、一度一度のライブ感をとても大切にしています。また、仮設は短期間で無くなることが魅力にもつながっており、花火のような美しさもあります。多かれ少なかれ、販促ツールやエンターテイメントとして役立っていると自負しています。
日本で展示会文化が根付いてから半世紀ほど経ちますが、今、この文化が根こそぎなくなるかもしれないんです。新型コロナウイルス発生により求められる対応と、東京五輪開催延期で求められる対応は、性質の異なる問題であることをこれからも強く訴えていきたいと思います。