地上40mの吊り足場の解体で
ある発電所建設工事でのこと。私は、安全専任者として地上高さ40mほどのところにある跳ね出しの吊り足場を解体する際に、その直下に付いて落下物の注意や下を工事区画し、近くを通る人間と車両の交通整理をしていた。
跳ね出しの吊り足場は、一部上部床よりチェーンで吊り、また一部単管足場で組み立てられていた。この足場は彼らが組み立てたモノではない。他業者が組み立て、その業者の仕事が終了した後で電気の計装工事を行ったために、解体は私の所属する会社でやることになったワケだ。
だから、解体する職人も慎重だ。単管で吊ってあるところは固定されてブラブラしないが、チェーンで単管を吊ってあるところはブラブラ動くので、解体の手順を間違えるととんでもないことになるのは私にも分かる。チェーンの張り具合と単管の締め具合を一つ一つ確かめながら、どう解体するか30分ほど足場上であっちこっち手で触ってから、やっと慎重に解体を始めた。
地上40mから落下したら・・・
もちろん、解体する人間は常時フルハーネスの2丁掛けのどちらかを、必ず直近の単管やチェーンに掛けている。また、その注意喚起も仕事を始める前に繰り返して伝えていることは言うまでもない。
が、それでも万一ハーネスが切れるとか、安全フックが外れるとか、ぶら下がった荷重に耐えられずフックが根元から外れたら・・・。一日中その解体を下から見ていたら、そんなことを考えだしてしまった
もし、安全帯が墜落のショックに耐え切れずに切れて、作業員が墜落したらどうなるだろう?
地上まで約40m。その途中にはわずかばかりの足場があり、恐らくその足場に激突して身体は引き裂かれ、血だらけになって地面に落下してくるだろう。当然、即死だ。
私は、その一部始終をただ見ているだけで、何一つ出来ないだろう。落下した人間の姿を真っ先に見て、所長に連絡し、警察の事情聴取を受け、しばらくは・・・いや一生その姿は脳裏から消えないだろう。
私は、上空40mでの解体を首が痛くなるほど見上げながら、そんな場面を想像した。
当たり前のことを毎日言い続ける意味
誰だって、そんな場面は見たくもないし、そんな場面に出会いたくもない。だが、私にできることは直下に人間や車両が立ち入らないよう、監視することだけだ。
その時、安全担当者ができることは、想像しうる事故の予防策を徹底的に作業員全員に伝えることだと心底思った。たとえ、毎日同じ言葉の繰り返しになろうと毎日新たな気持ちで言い続けなくてはいけない。
この足場解体が始まってからは、
「安全帯フックの先掛けの実施!」
「作業をする時は、まず安全帯フックを掛けろ!」
「安全帯フックの先掛けは、作業の一部なんだ!」
と朝礼で言い続けている。
今までだったら、「毎朝同じことを言うのも脳がないよなあ」くらいに思っていたことを、堂々とみんなに喋れるようになった。誰がなんと言おうと、当たり前のことを誰かが言い続けなければいけない。これは安全専任の仕事をさせてもらったからこそ、たどり着いた心境だろうと思う。
難しい理屈で考えるのではなく、最悪の事態を想像して、その時に何が大切なのかを考えられるよう、作業員一人一人にヒントを与えること。そして、状況に応じて応用が利くように作業員の実力に応じた正しい指導をすることが、本物の安全担当の仕事だろう。だが、長年、建築の仕事をしているが、そんな安全専任者はあまりいない。
安全専任者は地味な裏方で、まともな評価がされていない職種であるがゆえに、現場現場でどんな評価をされているかで、その現場のレベル、現場所長の実力が良く分かる。