「アナログ規制撤廃」へ。橋梁点検はどう変わる?
人による近接目視を基本として始まった橋梁点検では近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)が促進されてきた。加えて、河野太郎デジタル相が就任した昨夏8月には人による目視や常駐などを義務付ける「アナログ規制」の撤廃を2024年に前倒しすると表明している。橋梁点検の足元では何か起こっているのか。連載で探る。
橋梁点検のこれまでを振り返ると、点検を規定した法令が2013年に施行、翌2014年から5年に1回の近接目視などを求める省令点検がはじまった。そして点検が2巡目に入る2019年に定期点検要領が改定され、2巡目の省令点検から人の近接目視と同等の診断が可能な点検支援の新技術としてドローンなどの活用が可能になる。引き続き今、2024年からの点検3巡目に向けて、さらなる議論がなされている。背景には、国の政策のトレンドがある。少子高齢化の進行で生産年齢人口の減少傾向が不可避的ななか、先端技術を活用して生産性を上げることで労働力の需給ギャップも埋めていくDXの推進だ。
ただ、補助金などにより点検支援技術の活用を政策誘導しているものの、毎年夏に国交省が公表している『道路メンテナンス年報』によれば2021年度は約20%の活用にとどまる。橋梁点検の現場では今、何が起こっているのか。聞いて回ると、「財源は税金。そして結果は使用者の安全・安心に直結する。成果品質・技術選定・コストで最適解を求めたいが、どういう現場に対してどういう使い方をすれば、品質とコストのパフォーマンスが最良なのか、判断材料が少ない」とか「前例がないので」とか、戸惑いの声も聞こえてくる。
そうしたなか、デジタル庁は「アナログ規制」の撤廃を掲げる。橋梁点検は「目視規制」の対象で「人力でなければ判断が難しい限定的な場合に限って目視、立入による検査等を実施」とされる区分に分類される。
橋梁点検の現場は、どう変わっていくのか。人に頼るべき業務と、機械に任せる業務はどう整理でき、補完し合うのか。また、人と先端技術の補完が加速するなかで、リスキリングの重要性も高まる。インフラの安全・安心を現場とするわれわれの仕事において、人には何の研鑽が期待されるのか。連載を通して探りたい。
【特殊高所技術】「点検精度は落とさずにコストを下げる方法をスタンダード化したい」
点検困難個所を近接目視できる新技術として、都市内高速や海上橋、特殊橋梁(トラス橋やアーチ橋、吊構造橋)などを抱える道路管理者に重宝されていた特殊高所技術。その後、5年に1度の定期点検が省令で定められ、急速に従前の足場や橋梁点検車に並ぶ技術へと一般化した。
そして点検が2巡目に入る2019年に定期点検要領が改定され、2巡目の省令点検から人の近接目視と同等の診断が可能な点検支援の新技術としてドローンなどの活用が可能になり、2024年からの3巡目に向けたさらなる議論も進められている。
環境が変わってくるなか、我々に馴染みのあるアナログ技術の特殊高所技術(人力とはいえ高画質のデジカメ撮影をし、デジタルで画像解析をし、成果物もデジタル化している)が、ドローン点検とのハイブリッドサービスを始めるという。ねらいは「点検精度は落とさずにコストを下げる方法をスタンダード化したい」(株式会社特殊高所技術 和田聖司会長)。和田会長に聞く。
政策と同じベクトルで確実な橋梁点検をするには
――なぜ今、「特殊高所技術×ドローン」なのですか?
和田会長 とてもシンプルなのですが、点検精度は落とさずにコストを下げる方法をスタンダード化したいということが僕らのなかには常にあって、それで特殊高所技術をやってきたわけなんですけれども、環境が変わってくるなかで、現在地で補整をかけると「特殊高所技術×ドローン」になったのです。
特殊高所技術を創業したころは、橋梁アセットマネジメントに目が向けられ始めたころで、高速道路などの有料道路の管理者さんからの高橋脚や河川内、海上などの橋梁で、足場や橋梁点検車ではコストが合わなかったり、物理的に大変だったりするような個所の点検にあたっていました。その後、5年に1度の省令点検が定まり、近接目視が明記されたことから、全国の近接しにくい橋梁、従来技術で近接しようとするとコストが合わない橋梁などへと普及し、特殊高所技術が一般化していきました。
そして省令点検の2巡目では、近接目視と同等の診断が可能な技術としてドローンなどを活用できるよう、定期点検要領が改定されました。全国の橋梁点検のお仕事をいただくなかで、70万橋以上もの数を5年ごとに点検することの作業量の膨大さと、点検が構造物の安全・安心の要の業務である重要さは、僕らも身をもって体験しています。
なので、少子高齢化の影響で生産年齢人口が減るなか、建設業界でも労働力の高齢化や減少は避けられず、先端技術の活用で生産効率を上げることで労働力ギャップを解消していくためのツールとしても、DXを促進する政策はよく分かります。土木業界ではこれまでも生産性革命が打ち出された際に、そのツールとしてi-Constructionが推進されるなどしてきました。現在はデジタル庁が人による目視を義務付ける「アナログ規制」の撤廃を2024年に前倒しすることを表明しています。補助金などをつけ政策誘導していますから、デジタルを使う環境を整備し、早くその効果を発現したい意向があると思います。
そこで、インフラの安全・安心のための点検、という僕らの仕事を考えると、将来的には可能になったり競争力が改善したりするかもしれないのですが、今のドローン点検では技術的に困難であったり、コストが合わなかったりするなどの理由で、人手に頼る必要がある部分を特殊高所技術で、ドローンに置き換えられる部分をドローンに、取得データの解析や分析、その結果の診断においても同様で先端技術と人が補完し合うことで、精度は落とさずコストを下げられるということがつかめてきたので、今回新たなサービスとして特殊高所技術とドローンの協業を打ち出しました。
つかめてきたというのは、サービスの大枠は同じですが、点検する橋梁の特徴に応じて、メニューの違いがでてきます。例えば、橋長50mの桁橋の場合は3橋以上をまとめて発注すると1橋当たりのコストが下がるとかですね。ですので、橋梁形式や橋種などによる特殊高所技術とドローンの点検範囲の分担と費用の積算、そのうえでの橋梁形式や橋種、橋長などによる最適な発注ロットなどを、発注者のかたに分かりやすく標準化ができるようにしたいと取り組んでいるところです。
膨大な点検の量に対する労働力の不足を、質を担保しつつ解消していこうという政策の方向性に対して、僕らのなかに常にある点検精度は落とさずにコストを下げる方法をスタンダード化したいということをかたちにすると、特殊高所技術×ドローンになったんですね。
画質と精度管理が確保できる個所はドローンで、桁端部・支承回りなどは特殊高所技術で
――人に頼るところ、ドローンが得意なところをどう考えたらいいですか?
和田会長 実はハイブリッドと打ち出さなくとも、これまでもいくつかの現場でドローンと協働しているんです。管理者さんの品質とコストのご意向に沿うと、特殊高所技術とドローンのそれぞれが得意なところを組み合わせるのがよいという現場です。
そういうつながりもあって、ドローン事業者さんから聞いたり、僕らも実際の現場で検証も重ねたりしているのですが、例えば桁端部とか、支承回りとか、橋梁の性能に関わるようなところほど、ドローンは不得意で見れていないというのが実情です。ドローン点検で重要なのは、判断できる水準の画像が撮れているかどうか、そのうえで画像の精度管理ができるかどうか、そこなんです。これが実はすごく難しくて、ドローン点検が推奨されていても爆発的に広がっていない理由の多くの部分をこれが占めていると思います。
どういうことかというと、ドローンでの点検品質を決めるものは、当たり前ですが画像の品質です。画像の品質を決めるものは何かというと、普通にカメラやスマホで撮影をする時を思い浮かべてもらうといいと思うのですが、カメラの解像度、明るさ、シャッターを切るときに撮り手も写り手も動かないかですよね。カメラの仕組みって、明るいとシャッタースピードが速くなりますから、パシャッとシャッターが切れる一瞬が静止していればいいですが、暗くなるほどシャッタースピードは遅くなりますから、パァッシャンとゆっくりシャッターが切れていく間は静止している必要があります。
こうして解像度と照度で点検を満足する画像が撮れたうえで、精度管理を経て、画像に写っているものが何か判断する必要があるわけです。この精度管理というのは何か。撮影時は照度や風速も刻々と変わり、それらに応じてピントを合わせるわけですから構造物までの距離や画素数も変わってきます。つまり画像に紐づくそれらの属性が刻々と変化していますから、この属性の画像であれば、これは汚れでなくひび割れだと判断できる、というような検査の精度を適正に保つための措置を講じることです。
今、カメラの性能もかなり良くなっていて、0.2mmまでのひび割れが見れますと言っても、同じ構造物のひび割れでも、昼の日差しで撮影した画像と、夕日が当たっているときに撮影した画像では写り方が違うものになりますし、また塗装面などで空や水の青さ、樹木の緑などが写り込むので、実物の構造物の表面にあるものが写っていなかったり、ないものが写っていたりということが起こります。そういうものに対して、属性の条件と照らして、それが何かを判断するこの精度管理は非常に重要になるんです。
こうしたドローン撮影の特徴を踏まえると、一部の事業者さんがやられているように橋脚のフラットな面をドローン点検に任せるのがいいのかな、と考えています。そして特殊高所技術はそれ以外を受け持つのです。今の制度ですと剥落物が第3者被害を起こす可能性のある個所は叩き点検をすることになっていますので、そうした個所に加え、桁下面、桁端部、支承回りなどです。また重交通の都市内では構造物表面に排気ガスと埃が結構な厚さで付着している個所などがありますが、それを指で拭わないと点検はできませんので、そうした個所などですね。
これから特殊高所技術×ドローンのハイブリッド点検に本格的に取り組んでいきますけれども、ドローン点検事業者さんとはこれまでと同じ協働というかたちになるのか、あるいは業務提携を結ぶというかたちになるのか、ケースバイケースになるとは思いますが、今回、A.L.Iさんとは業務提携というかたちになりまして、ここでドローンでの点検をやりたいと考えているのは、下部工に加え、機体が小型で鋼材の間を通り抜けられることを強みとしていますので上部工のコンクリート面、そして過去に発見された損傷の追跡などです。順番としては、ドローン点検では進展の可能性を含めて過去損の追跡をし、可能な限り新規損傷の有無の確認を行います。そして特殊高所技術では、進展している過去損に近接、損傷として判断が難しい個所への近接、桁端部や支承部などの狭隘部への近接、鋼部材のき裂発生可能性が高い場所への近接などです。
もう一つ言うと、例えば支承周りに堆積物があるような場合、人が行けば点検に合わせて取り除きますし、あるいは発注者さんの仕様によっては、応急手当や予防保全を目的として、例えば錆の進行を遅らせるスプレーを携帯して、点検で近接したついでに吹き付けてくることがあります。ただ、現行の発注の形態として、役務と工事で分かれていて、国交省さんでなく厚労省さんの管轄の話になるんでしょうけども、やっている作業が役務なのか工事なのかで、いろんなことが変わるんですね。
どういうことかというと、例えば、派遣労働者では建設行為はできません。ただ、実際の現場では協力会社さんから派遣で技術者を借りてくることはありますよね。その場合、派遣では建設行為ができないので、点検はできるけれど、近接したついでに応急手当や予防保全でスプレーを吹いたり、塗り足したりすることができないのです。
なので、僕らは将来的には、せっかく人が近接するならば、人が行くメリットを最大限に生かして、プラスアルファで例えば予防保全的な措置とか簡易補修とか、できることをしてこられるようになればいいな、と思っています。人が近接する特殊高所技術は点検の資格を保有する人、加えてその先の補修まで分かっている人たちが近接するわけですから、その専門性を多重使用できればいいなと思うのです。