作業のムダを解析し、工事費30%減。「勇気ある経営大賞」を受賞した丸高工業

建設業界初の「勇気ある経営大賞」を受賞した、丸高工業の髙木一昌社長

作業の「ムダ」を解析し、工事費30%減。「勇気ある経営大賞」を受賞した丸高工業

建設業界初、「勇気ある経営大賞」を受賞した丸高工業

東京商工会議所が主催する第15回「勇気ある経営大賞」に、建設業界からはじめて、丸高工業(東京都品川区)が選ばれた。耐震・改修の設計、施工などを手がける丸高工業は、建設業最大の課題とも言える人手不足と生産性向上に正面から挑んでいる。

建設現場における800の作業工程を分析することで、建設職人の技能を必要としない作業を標準化し、工期短縮を実現したほか、騒音なしでタイルを破損せずに剥がせる「タイルメクリックス」などの工事騒音を消音化する新技術などが高く評価された。これらの取組みは、国土交通省の専門官等からも、「素晴らしい取組みだ。目から鱗が出る技術。ここまで作業現場に踏み込んだ技術はみたことがない。できうる限り応援したい」とエールが送られた。

丸高工業の髙木一昌社長は、「将来的には自社で保有する技術・技能を、建設業界全体で共有するために自ら協会を設立し、今後10年間にわたって110万人の建設技能労働者が離職する時代を、みんなで乗り切っていきたい」と語る。耐震補強・改修工事のトップランナーである丸高工業の、イノベーションへの挑戦について髙木社長に話を聞いた。


耐震補強・改修工事のトップランナー、丸高工業

――丸高工業の沿革を教えてください。

丸高工業 丸高工業は大正10年創業で、当時は漆屋でした。その後、耐震・改修工事などの設計・施工を手がけるようになり、私で三代目です。主な取引先は竹中工務店で、竹中工務店の専門工事会社から構成する「竹和会(ちくわかい)」のメンバーです。

東京ドーム、東京タワーなどの現代建築だけではなく、歴史的建造物も手掛けています。日本で最初のバーとして有名な、神谷バーの耐震補強工事も担当しました。神谷バーは長期間の店舗休業ができないため「居ながら施工」を実施して苦労しました(笑)。

――改修工事は先行きも良さそうですね?

丸高工業 建設業界は好況に沸いていますし、これからも耐震工事や改修工事はあるでしょう。しかし、人手不足の観点から、このままでは丸高工業だけでなく、建設業全体が大きな危機に見舞われると感じています。リーマン・ショックを契機に、多くの建設職人や同業者が廃業しましたが、さらに日本建設業連合会(日建連)の試算では、建設業就労者の高齢化により、今後10年間で建設技能労働者110万人が離職すると言われています。次の若者が入職してこないので、現場管理者や熟練工の育成、世代交代が困難になってきています。

――丸高工業も危機を実感している?

丸高工業 丸高工業でも新たな入職者を求めてリクルートを試みましたが、若手の採用は困難でした。特に耐震補強や改修工事は土日勤務が多く、若者がまったく集まりません。職人の手配についても、途中で必要な人員が集められないこともあり、そうなると工期が延びることや、職人の賃金も上がり、その結果、受注不調も増えています。さらに職人の技能伝承もできず、このままでは大変なことになります。大きな構造的な問題が建設業界に立ちはだかっているのを実感しています。

建設現場の作業工程1つ1つを分析

――技能伝承の問題点はどこに?

丸高工業 職人の技能伝承を阻むのは、若手不足だけではありません。建設業界は従来、職人たちの熟練した技能に依存してきました。確かに職人の素晴らしい技能は今後も必要です。 しかし問題は、自動車業界が実施したような「技術の標準化」に、なかなか踏み込めなかった点です。

ゼネコン側からすれば、職人の問題は協力会社の内部のことであり、職人も自分の技能を簡単に人に教えることが難しい。職人技は言葉で伝えるのがとても難しいという側面も、技能伝承を困難にしています。そこで丸高工業では、職人のワザを「見える化」し「標準化」するために、建設現場での作業工程1つ1つをビデオで撮影し、分析することにしたわけです。すると興味深いことに、作業工程の中で職人の熟練技が必要なのは、1割くらいだということが分かりました。つまり全作業の、9割の部分を標準化できれば、生産性はおおいに向上するというわけです。

――すごい。具体的には?

丸高工業 まず分析によって職人の作業は、3つに分類できることが分ってきました。1.利益を確保する職人技の「正味作業」、2.職人技を必要としない運搬作業などの「付帯作業」、3.「無駄な作業」の3つです。

そこで丸高工業では、職人には「正味作業」に専念してもらい、ほかの作業は非熟練者で対応するように標準化しようと試みました。非熟練者も職人とともに作業していく中で、自然と職人の技能を覚えていくという効果も期待できます。東京都・大田区にある丸高工業のリニューアルイノベーションセンターで試行錯誤を繰り返し、例えばおよそ1年をかけて床のOAフロア作業を標準化するのに成功しました。

――建設技能の標準化とは?

丸高工業 例えば、天井ボードの貼り付けには、精密な計測が欠かせません。従来は、高度な職人のノウハウが必要でしたが、自社で型取り定規を開発し、長さや角度を細かく計測することなく、誰でも新しい形状に材料を切断することが可能になりました。

床の場合はもっと複雑な形状を計測し、加工・切断することが必要ですが、こちらも床用型取り定規を開発しました。床のカタチにあわせて自由に変形し、寸法をはからずに熟練職人でなくとも正確に床材を切断・加工できます。職人でなくても、職人レベルの仕事が可能になりました。

第15回「勇気ある経営大賞」の授賞式。左から順に髙木専務、髙木社長、東京商工会議所の三村明夫会頭


建設作業の「標準化」で生産性30%アップ!

――なぜ、職人技の「見える化」を?

丸高工業 私は10代の頃から、父に職人の世界に放り込まれ、荒っぽい指導を受けました。ですから、職人の世界をよく理解しています。この仕事はさほどの技能は要らないが、ここからは熟練した技能が必要になるという感覚を理解していたので、もっと建設業の生産性は効率化できるのではないかと思いました。

――職人の世界はこれまで非生産的だった?

丸高工業 たとえば百貨店でリニューアル工事があったとしましょう。深夜23時から工事がスタートすると、商品に養生をかぶせます。その作業が終わると、とびが足場を組み立てて、次に解体業者が天井の解体に入ります。しかし、とびが作業をしている時間は、解体業者や養生業者は待機の時間となっています。もし、1職種で養生も解体も担当できれば、生産性が上がります。しかし、現状の作業は種類ごとに分離されています。

もし養生、足場、解体までを一人でこなせる標準技能工になれば、生産性は5倍ほどアップします。ですから丸高工業では社員の標準化の研究開発を進めていますし、まだまだ現場にはいろんなところに生産性向上の余地は残っています。 職人不足が問題になっている型枠工等についても、丸高工業で開発した標準化耐震型枠工法であれば、女性でも楽に運べて、内装工等の方でも型枠工の仕事ができます。

次々と実現した建設現場の「標準化生産システム」

建設作業の標準化の先にあるものは?

丸高工業 丸高工業は、標準化された作業を自動化し、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ドローンなども活用し、建設生産システムの構造そのものを変革したいと考えています。工法だけではなく、施工管理技士が行う現場管理自体も標準化できます。実際、丸高工業には、若手社員でも簡単に現場管理を実践できる施工管理標準化マニュアルがあります。建設現場での週休2日は、モデル工事以外ではなかなか難しいですが、丸高工業では人手不足の状況の中でも、職人や施工管理者の仕事を標準化することで、10%の現場で週休2日を実現しています。今後この比率をもっと高めるためには、協力会社の理解と協力が必要です。

かつて、建築科を卒業したばかりの新入社員1~2ヶ月くらいの研修を経て現場に出しますと、当然、現場のことが分らないのですから怒られることもあり離職者もいました。しかし、丸高工業では育成に時間をかけており、標準化したマニュアルに基づいた2年間の研修で、基本的な施工管理業務ができるようになってから現場に送り出しています。そのような仕組みにしてからは、 社員の応募も急拡大し、離職者は大幅に減少しました。


将棋会館の耐震補強工事で活躍した消音化工法

――今回「勇気ある経営大賞」を受賞した目玉の技術「タイルメクリックス」の効果は?

丸高工業 いくら作業の標準化に成功しても、タイル改修工事の騒音問題は解決できませんでした。従来の工具では、打撃や振動でモルタルを撤去するため電車のガード下と同じくらいの騒音が発生します。そのためタイル改修工事は休館日や盆休み、正月休みに工事が集中し、それを嫌がる社員が会社を辞めてしまうこともありました。騒音はクレーム、工事の長期化、最終的にはコストアップにもつながり、お客様にとっても、たとえばホテルの改修工事でフロアを何ヶ月も閉鎖するとなれば作業による損害も出てしまいます。

そこで「タイル改修工事で騒音が出るのは当然」という既成概念を打ち破るため、試行錯誤を繰り返して自社開発したのが消音工具「タイルメクリックス」です。コンクリートとモルタルの間に刃先を入れてめくりとるため、騒音を大幅に低減することに成功しました。タイルをはがすと同時にモルタルも回収するため、粉じんもほとんど発生しません。

丸高工業が開発した「タイルメクリックス」

タイルメクリックスを使用すれば、従来工具で100dbだった音量が65dbまで低下し、インパクトドライバーによるネジ締め付けは90dbであったのが、消音ドリルを使うことで65dbに低減、ハンマードリルによるモルタル撤去は通常100dbですが、メクリックスによるモルタル撤去では65dbに低減します。

――タイルメクリックスはどんな現場で活躍を?

丸高工業 将棋会館の耐震補強工事では、谷川浩司永世名人から感謝の色紙をもらいましたね(笑)。将棋会館内での対局の模様はテレビ放送されるので騒音を出せませんし、近隣住民からクレームが来るとその時点で工事はストップしてしまいます。騒音のせいで放送がストップすれば、将棋連盟はじまって以来の不祥事になるという難工事でした。そこで将棋連盟の理事の方々から、55dbでの消音工事が可能なタイルメクリックスを採用いただき、工事を実施することになりました。

――タイル改修工事での消音化と標準化の効果は?

丸高工業 工事現場によりますが、従来の土日、休日、夜間に施工していた工事に比べて、工期は30%~50%短縮、工事費は70%低減しました。工事原価も高くならないので予算内での契約が可能になり、売上げもアップしました。繁忙期であれば工事を断るケースもあるかも知れませんが、現場作業の標準化によって、受注量も増えました。

工事の長期化、工期の遅延がなくなった結果、完全週休2日制も可能になり、若手採用の観点からも、新入社員の応募が約100名まで増えましたし、一般社員の離職者も大幅に低下しました。さらに建設生産活動の場での女性活躍も、作業の標準化と資機材の軽量化によって実現できるようになりました。

建設産業システムを整備する「協会設立」へ

――女性活躍については?

丸高工業 弊社の開発センターには、経済学部、文学部卒業の女子社員もいて、女性目線で工具を開発しています。女性社員に「タイルメクリックスをどう思う?」と質問すると、「軽い方がいい」「可愛くない」と遠慮ない提言が出てきます(笑)。先日、テレビ局の女性キャスターが取材に来ましたが、タイルメクリックスは女性でも簡単に扱うことができていました。今後さらに女性目線のアイディアを取り入れ、タイルメクリックスだけでなく、大半の工具をより軽く進化させていけば、男女がペアで働く現場も増えていくでしょう。

――今後の丸高工業の取組みは?

丸高工業 自社の技術を丸高工業だけで囲い込むつもりはありません。丸高工業の標準化生産システムや、生産性向上の取組みを多くの皆様に知ってもらい、技術・技能を共有研鑽するための「協会」みたいなものを設立したいと考えています。施工会社だけでなく、マンションや物件のオーナー、設計事務所、ゼネコン、専門工事会社など、さまざまな方々が活用できるように、そして、建設業がより発展するために、建設生産性のさらなる向上に取り組んでいきたいと思います。例えばタイルメクリックスなど丸高工業で開発した機械工具も全国的にレンタルなどで提供していくこともその1つであると考えています。

標準化生産システムに関しては、海外事業も視野に入れています。たとえば築50年以上の建築構造物が増えているシンガポールでも、耐震補強・改修工事の技術者が不足しています。日本に留まらず、海外でも標準化された技術が普及していけば 適切に建物の安全性を確保し、維持保全がはかられていくようになるのではないでしょうか。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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