中小ゼネコンの岐路「M&Aも視野」「氷河期が再来しても採用継続」

渡邊裕之 東京都中小建設業協会 副会長/渡邊建設 社長

中小ゼネコンの岐路「M&Aも視野」「氷河期が再来しても採用継続」

東京都中小建設業協会の活動とは?

東京都内の中小建設企業で構成されている「東京都中小建設業協会(通称、都中建)」。

最近では、小池知事主導で東京都が試行している「入札制度改革」について、「東京都入札監視委員会制度部会」の場や、小池都知事とのヒアリングで異論を申し立て、大きな反響を呼んだ。

また、建設業に幼少期から関心を深めてもらおうと、建設重機などをテーマにした絵本を、都内約200ヶ所の保育園や幼稚園に寄贈する活動が注目されている。

東京都中小建設業協会の副会長で渡邊建設の社長でもある渡邊裕之氏に、中小建設企業の今と将来について聞いてきた。


すでに民需に陰り。中小建設企業は変革の時

――まず話題になった小池都政の「入札制度改革」について思うことは?

都中建 私たち東京都中小建設業協会(都中建)は、中小建設企業の団体なので、東京都入札監視委員会や小池都知事とのヒアリングでは厳しい意見を申し上げました。しかし、誤解しないでいただきたいのは、東京都が試行している「入札制度改革」に対して、すべてが「ノー」という立場ではないという点です。旧態依然とした建設業界の体制を改革する必要性は、都中建の一員としても、いち建設会社の社長としても、ひしひしと感じています。変えるべきところは変えていかないと、建設業と都民との乖離が広がってしまいます。

――これから、中小建設企業も変わらざるを得ない?

都中建 はい。われわれも変わらないと、建設業は厳しい局面に立たされます。現場でもAIやICTをはじめ、新技術による省人化が進んでいます。

たとえば、大手ゼネコンや準大手ゼネコンの工事現場では、現場打ちのコンクリートに代わって、(工場で製作する)プレキャストコンクリート工法が増えてきています。新国立競技場の工事現場でも当初、都内の型枠工事業者たちは、現場打ちのコンクリートの需要を見込んで、数百人規模の型枠職人が必要になると想定していましたが、設計変更によってプレキャストコンクリート工法となってしまいました。型枠工事業者はアテが外れてしまった形です。従来のようなゼネコンと型枠工事業者の商取引は、今後成立しずらくなる可能性が高いです。

その一方で、技術者や技能者の人材確保も、喫緊の課題になっています。人手不足は中小建設企業にとっては、事業継承にも直結する大きな問題です。後継者にふさわしい身内がいなければ、自社の技術を必要とする会社と一緒になるという決断もあり得る時代に突入したと考えています。

実際、中小建設企業の経営者たちからは、企業合併、M&Aなどの話題がよく出ます。中小建設企業では事業承継問題が深刻で、私自身も知り合いから「これからは優秀な後継者がいなければM&Aも生きる道だよ」と指摘されたことがあります。今後、中小建設企業の経営者を務めるのは、ますます難しくなっていくでしょう。

――大手ゼネコン幹部は「建設需要は2020年以降も続く」と言っていますが、渡邊副会長の実感はどうでしょう?

都中建 民需は一昨年あたりから陰りが出ています。以前盛んだった投資向けワンルームマンション工事は今年になって相当落ち込んでいます。それが実感です。やはり一番の理由は人口減少で、新規の建設ニーズが生まれていません。これが頭打ちの一番の理由です。

――でも、マンションの維持管理は増えるのでは?

都中建 すでに5年前から、新築ではなく「ストックの時代」に突入したというのが私の持論です。都中建の会員企業にも、マンション維持管理に注力している企業もあり、その需要も増加しています。ただ、建設会社としてマンション維持管理の利益だけを追い求めてしまうと、新築工事に対応できなくなるため、難しい経営判断が求められます。


建設氷河期が再来しても、人材採用は継続すべき

――建設需要が減るのに、人材採用はしたい、というのは矛盾を感じませんか?

都中建 公共工事、民間工事を問わず、建設業界はバブル崩壊後の建設氷河期に、技術者の人材採用を見送りました。高度経済成長のバブル時代には大量採用していたのに、氷河期になると一気にリクルートの窓口を閉ざした点は、今振り返ると建設業界全体が反省すべき大きな失敗でした。それが現在の深刻な人手不足の原因です。渡邊建設にも氷河期世代の技術者は何人かいますが、当時は就職したくてもどこも門前払いで、ツラい経験をしたと聞いています。

——もし、建設氷河期が再来しても、採用は続けますか?

都中建 おそらく、どこの会社も氷河期世代を不採用にした失敗を痛切に反省しているので、景気が悪くても技術者採用は続けるでしょう。将来の担い手確保・育成のために、定期的に技術者の雇用はすべきです。渡邊建設でも10年後に、定年退職を迎える熟年技術者が10人以上はいるので、若い社員たちへの技術継承をしなければと考えています。

――生き残るには、中小建設業者の間での競争にも勝たないとですね?

都中建 はい。いかに差別化を図るかが大切です。これから淘汰される中小建設企業も増えてくるでしょう。私が渡邊建設を継いでから30年以上経ちましたが、ほかの建設企業がやらない仕事をやることで、差別化が可能になってきました。渡邊建設は、大手ゼネコンが「手間が掛かってやれない、やらない」仕事を任せていただいています。

最近では施工図作成を外注する建設企業がほとんどですが、建設のド素人が施工図を作成したり、コスト削減のため中国に発注したりする会社もあります。その図面が正しければ問題ありませんが、それをチェックするのにも手間と労力がかかります。「そんな恐ろしい建設会社に仕事は任せられない。人間はどんどん楽な方向へと選んでいく」という施主様から、渡邊建設をご指名いただくケースもあります。渡邊建設は自社で施工図を描き、ワンストップで工事を進める技術力に自信があります。

渡邊建設は創業91年目の総合建設会社。本社は東京都豊島区にある。

いずれにしても、ものづくりに対する情熱と愛情を持っていなければ、建設企業は存続できません。それを支える技術力の確保こそ、建設企業の財産です。そのためにも人材採用がキモになります。渡邊建設も存続のためには、技術力の差別化を図り、椅子取りゲームで座れる椅子を確保しなくてはなりません。


アパレルから建設業界に転職「異常な縦社会だった」

――渡邊社長が、渡邊建設を継いだ経緯は?

都中建 私はもともとアパレル業界の人間で、渡邊建設は兄が継いでいました。ある日、その兄から「人手が不足しているから助けてくれ」と言われて、渡邊建設に入社しました。しかし父は「兄弟で建設企業をやると失敗する」と反対していました。派閥が生まれて、やっかいになると懸念していたのでしょう。しかし、入社5年後、その兄が37歳で急死し、私が跡を継ぎました。

――アパレルから建設業界に入って、違和感はありましたか?

都中建 異常な縦社会でした。当時は談合事件も盛んに報道されていて、「大変なところに来てしまったな」と(笑)。宴会の席でも大手ゼネコンの方々が上席に座り、私は末席。ひどい時は廊下にお膳があって、そこの席に座ったこともありました。こういう経験は、私の世代が最後でしょう。

建設業界は古く独特な社会で、私のような文系出身者が、技術者集団の中で慣れるには10年以上かかりました。やはり超えられない領域もあり、自分が変わることも必要でした。亡くなった兄の長男が今、渡邊建設に入社していますが、彼も文系出身なので難しい業界と思っているでしょう。昔ほどではないですが(笑)。

中小建設企業は「垣根」を越える時代に

――都中建の最近の活動はいかがですか?

都中建 中小建設企業の新入社員は人数が少なく、「同期」を作るのがなかなか難しいので、昨年から会社や業界の枠を超えた新入社員研修を4月に、3日間かけて開催しています。都中建に加えて、型枠団体である東京建設工業協同組合(東建協)、解体団体の東京建物解体協会との共催です。

建設業振興基金の「地域連携コンソーシアム」に関する報告会を聞いた時に、他団体と「一緒に何かできればいいですね」という意見が出たのがはじまりでした。中小建設企業の新入社員に、ビジネスマナーや建設業に関する知識を得るだけでなく、業界内の同期を作ってもらおうという取り組みです。

都中建、東京建設工業協同組合、東京建物解体協会による新入社員の合同研修

――個々の企業の取り組みでは限界だと?

都中建 従来はゼネコンとサブコン、元請と下請の関係で、上下に壁がありましたが、これからは建設業という同じフィールドの中で、建設企業が一丸となって人手不足などの問題解決にあたる時代が到来したと思っています。業界内で同期がいれば、たとえ会社を退職しても、せめて建設業に残ってくれるだろうという想いもあります。

この合同新人研修をきっかけに、東京建設工業協同組合と「ビジネスマッチング懇親会」も開催するようになりました。


「ビジネスマッチング懇親会」で元請と下請のお見合い

――ビジネスマッチング懇親会とは?

都中建  東京都内の元請建設業者と型枠専門業者との「仕事のお見合い」です。都中建の会員企業にとっては型枠業者の確保、型枠業者にとっては新規の仕事受注につながる、双方にメリットのある懇親会です。日本型枠工事業協会の三野輪賢二会長にもご参加いただきました。

都中建の会員企業には、それぞれお付き合いのある型枠業者はいますが、マンションの型枠工事や寺院の型枠工事など、得意分野をもった型枠業者と知り合えることは歓迎すべきことです。建築型枠との付き合いがあっても、土木型枠との付き合いがない会員企業もいました。一方、東京建設工業協同組合の会員企業の中には、大手ゼネコンだけではなく、もっとコンパクトな工事を受注したいという声もあり、そういったwin-winの関係を構築するイベントです。

「ビジネスマッチング懇親会」で元請と下請がwin-winな関係に

前述しましたが、大手ゼネコンの大規模な工事現場では、プレキャストコンクリートが主流になりつつあり、型枠業者は危機感を抱いているので、中堅ゼネコンや中小ゼネコンに、仕事の裾野を広げていこうとしています。

今年2月に開催した「ビジネスマッチング懇親会」には、都中建から10社、東京建設工業協同組合から15社が参加しました。特殊な工事について、すでにマッチングが成立し、仕事が発生したケースもあります。

今後は型枠工事業者以外にも、解体業者や左官業者などさまざまな業種との懇親会を開催していきたいです。

――中小建設企業でも今後、プレキャストコンクリート化は進んでいくのでしょうか?

都中建 高齢化に伴う職人不足が問題視されていますが、型枠大工に限ってはプレキャストコンクリート工法の進展によって、職人不足にならないのではないかという予想もあります。プレキャストコンクリート工法を導入すれば、工期短縮、人件費削減に効果があるので、設計段階からプレキャスト導入が進んでいます。

これまでは大規模現場での導入が中心でしたが、小さなピースでもプレキャストができる工場も現実にはあるため、中小規模の現場でもプレキャスト化はどんどん増えていくはずです。中小建設業者の中にも、すでに小さな現場でプレキャストコンクリート工法にチャレンジするところが出てきています。しかし、在来の現場打ちが完全に無くなるとも考えられませんので、型枠職人の育成を蔑ろにすることはできないでしょう。これからは中小建設企業が協力し合って、建設業全体の人材不足を解決しなければなりません。

――保育園や幼稚園への絵本寄贈も、将来の人材確保の一環ですね?

都中建 はい。幼少期から建設業に興味を持ってもらおうと、偕成社の絵本「みんなで!いえをたてる」「みんなで!どうろこうじ」「ざっくんしょべるかー」を3冊セットで寄贈しています。2017年度には足立区、大田区、世田谷区、豊島区、八王子市の保育園や幼稚園約200ヶ所に寄贈し、子供たちから感謝状がたくさん寄せられました。

偕成社の絵本「みんなで!いえをたてる」「みんなで!どうろこうじ」「ざっくんしょべるかー」を3冊セットで寄贈。

都中建には子供たちからたくさんの感謝状が届いている。

今年度も別の地区の幼稚園に絵本を寄贈する予定です。

都中建として将来の建設業のために、努力を惜しまず活動していきます。

この記事のコメントを見る

この記事をSNSでシェア

こちらも合わせてどうぞ!
権威主義にウンザリした元ナビタイムIT技術者が、あえて土木で起業するワケ
小池知事の入札制度「改悪」でダンピング復活か?自民党と建設業界が猛抗議
BIMを活用したいけれど、どうすればいい? アウトソーシングや人材派遣で解決しよう
「現場で客扱い」される設計事務所に疑問。納まらない図面と施工管理者の努力
「建設業協会に頼らない」全国で唯一、公益社団法人となった高知県土木施工管理技士会の狙い
「男女で雑魚寝」する社員旅行は嫌だ! 24歳女性現場監督の告白
建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
モバイルバージョンを終了