東急電鉄池上線 池上駅・旗の台駅工事
東京急行電鉄(以下、東急電鉄)が運営する池上線の魅力は、「住みやすさ」「暮らしやすさ」であり、駅沿線住民とともに長い歴史を育んできたことだ。観光名所は少ないが、「生活名所」が多い。
現在、東急電鉄は「池上駅開発計画」と「旗の台駅上家建替え工事」に着手し、さらに当該工事で発生する木造駅舎の古材を沿線住民にお裾分けする「みんなのえきもくプロジェクト」をスタートさせた。池上線カラーを重視する東急電鉄ならではの取り組みである。
今回、東急電鉄鉄道事業本部工務部施設課の重岡竜太さん、長沼俊介さん、都市創造本部開発事業部都内開発部開発一課の中村真理子さんに、同プロジェクトの概要や、鉄道工事における乗客の安全性確保の具体例について話を聞いてみた。
「池上駅開発計画」「旗の台駅上家建替え工事」
池上線沿線が今後、どう変わっていくか。そのヒントになるのが、東急電鉄の中期経営計画のキーワードである「サステナビリティ」にある。
東急電鉄は、個性的で魅力ある拠点が連なる都市構造を目指しており、その1つのエリアとして池上線沿線を重視。「中期経営計画で重点エリアを定めていますが、その1つが池上線エリアになります。」(東急電鉄)
現在、池上線では、「池上駅開発計画」「旗の台駅上家建替え工事」が実施中。これにより池上線沿線はさらに活性化していくが、一方で工事面での苦労もある。
鉄道工事は鉄道運行と利用者の安全を確保することが何よりも重要なのは当然のことだが、今回は、駅古材を再利用するため、解体工事では一苦労もあった。
旗の台駅ホーム屋根リニューアル後のイメージ
では両駅工事の概要を見てみよう。
池上駅は東急建設の施工。築96年の駅舎は5階建ての鉄骨造の駅ビルとして生まれかわり、公共施設、保育園、生活利便施設などの導入を検討している。目に触れるところは温かみのある雰囲気にし、まちと駅の一体感を目指す。
池上駅の外観には740年以上の歴史を持つ池上本門寺を中心とした門前町の歴史性のあるデザインを採用した。「木材を大事にしていく姿勢を池上線沿線にお住まいの方々にお伝えしており、“私も古材が欲しい”という好意的なご意見も多くいただいています。竣工が近づいたら、なんらかのワークショップなども行なっていきたいです。」(東急電鉄)
木造駅舎の場合、一般的には一気に解体して産業廃棄物として処理する。しかし、後述する「みんなのえきもくプロジェクト」の推進のため、丁寧に解体を実施し、駅古材を残したという。
旗の台駅上家建替え工事については、東急電鉄は「木になるリニューアル」と呼んでおり、ホーム屋根の建替え工事を実施中。清水建設が施工を担当している。多摩産材を活用して、築66年の老朽化したホーム屋根・待合室をリニューアルする。
なぜ「木になるリニューアル」という名称なのか。
「一般的に駅施設における改修工事というと、工事の状況で駅施設の利用制限が行われるなど、お客さまからはマイナスのイメージを抱かれることが多いのが現状です。
このリニューアル事業では、完成後のイメージをお客さまと共有することで、そうした印象をプラスに変え、駅をより身近な存在に感じてもらうきっかけにしたいという想いからこの名称を使いました。」(東急電鉄)
旗の台駅のホーム屋根はもともとの木造の良い雰囲気を踏襲し、今回も木造で建替える。木材を使用することによりCO2削減に寄与し、地球環境に配慮した。
また、地元の森林の間伐材を循環利用することで、森林環境の保全にもつなげる。「この事業では多摩産材の木材を利用する予定で、その一部には、『平成29年度東京都森林・林業再生基盤づくり交付金事業』の採択を受けています。」(東急電鉄)
駅利用者の安全に配慮した鉄道工事
現在工事中の両駅だが、なんといっても重要なのは鉄道運行と利用者の安全の確保が第一だ。駅構内での工事は夜間がメインだが、昼間工事も行う。仮囲いの隣を利用者が歩いている状況のため、安全性に配慮し、幾度となく施工計画を検討した。
「鉄道運行に支障なく、安全に配慮しながら工事をすすめる工夫も、やりがいとなっています。」(東急電鉄)
具体的な配慮とはどういったものか。
「旗の台駅上家建替え工事は、仮囲いをホーム上に出さなければいけなかったのですが、仮囲いの幅が広いとホーム幅が狭くなり、朝夕のラッシュ時にお客さまの通行に支障をきたすことになります。
そこで駅の営業管理部署と打ち合わせをして、お客さまの通行に配慮し、かつ施工を円滑にすすめていくための仮囲いの位置や幅などを決定しました。池上駅も同様で、お客さまの動線を綿密に検討し工事を進めております。」(東急電鉄)
工事中に駅を通行する際、仮囲いは邪魔になることもある。駅利用者の安全性に配慮した仮囲いの幅については細心の注意が重要だと説く。
鉄道工事には土木・建築施工管理技士の資格だけではなく、東急電鉄の独自資格も必要で、この資格を取得した人でなければ、現場代理人や現場主任技術者として鉄道工事はできない。
「駅という公共施設に携わりたくて、入社した職員が多いように感じます。」(東急電鉄)
工事の最盛期は、旗の台駅改良工事が2018年夏から秋。池上駅開発計画は、2018年は土工事、2019年に鉄骨工事を予定している。
駅舎の古材を活用した「みんなのえきもくプロジェクト」
工事と連動し、さまざまなプロジェクトも平行しているが、その目玉となるのが、「みんなのえきもくプロジェクト」だ。
このプロジェクトは、木造駅舎である池上駅・旗の台駅を次世代につなげていくという想いから、旧駅舎やホーム屋根などで利用されていた木材を沿線の住民に還元し、活用してもらう趣旨だ。
「池上線の木造駅舎やベンチに対して愛着を持たれている方も多いのです。両駅の古材を新たな駅施設へ活用する検討をしております。また、2018年6月には、池上線沿線にお住まいの方を対象にして、駅古材を使用して椅子を作成するワークショップを実施しました。今後も古材活用イベントの開催を検討しており、webで告知する予定です。」(東急電鉄)
両駅の古材発生量は、全体で推定約200㎥、直径30㎝、長さ4mの丸太約555本。
東急電鉄は、「みんなのえきもくプロジェクト」推進にあたり、古材でトップランサーとしての存在感を高めているリビルディングセンタージャパンに協力を仰いだ。古材活用ワークショップの講師のほか、今後も活用方法のコンサルを依頼する。
ホーム屋根や駅舎に使用されていた古材
池上線沿線は今後、どう進化していくのだろうか。
東急電鉄は池上線沿線の魅力をアピールする「池上線 生活名所プロジェクト」で情報発信し、ソフト面からも池上線の魅力をアピールしている。
「新しく大きいモノが必ずしも良いことではありません。駅古材活用のように、池上線の文化を大切にしたまちづくりに携わっていきたい。その魅力をより効果的に発信する手段の1つとして、生活名所プロジェクトに取り組んでいます。」(東急電鉄)
まちの再生にあたり、最近ではリノベーションという手段も選ばれている。
「池上駅や旗の台駅周辺の歴史あるまち並みを生かしつつ、古い家をリノベーションするなど、住むことを選んでいただけるまちづくりをしたいと思っています。」(東急電鉄)
池上線のカルチャーは、人々のつながりやぬくもりを感じる場所であることだ。工事についても鉄道運行と駅利用者の安全性担保を重視し、「みんなのえきもくプロジェクト」や「生活名所プロジェクト」など、沿線のカルチャーをより大切にしたいという東急電鉄の発露とも言えるだろう。
今後の池上線の魅力がどのように高められていくか大いに期待したいところだ。