指導票で指名停止?マジか!不可解な発注者のルール変更を告発する

指名停止措置の文書が死亡災害発生後に書き換えられた

ある県(甲県)発注の建設現場で、死亡災害が発生した。死亡したのは、元請けA社の下請けとして仕事の一部を請負ったB社の作業員。

一般論として、当該死亡災害の発生がB社の法令違反によるものであれば、A社はB社の法令違反を見逃したとして労働基準監督署から是正勧告を受ける。当然、発注者から指名停止処分をくらう。通常の場合、B社に法令違反がなければ、A社におとがめはない。

ところが、B社に法令違反がないにもかかわらず、法令違反のないA社が指名停止になるという異例の事案が発生した。

今回の事案で最も不可解なのは、甲県の指名停止措置の文書が、死亡災害発生後に書き換えられたことだ。書き換えにより、指名停止の理由に、監督署による法違反の無い事例に対する「指導票」が唐突に追加された。

「これじゃ、A社の指名停止は狙いうちじゃないか」。同業他社など関係者の間には憤りの声が上がる。同時に「法違反ではない指導票を理由に、指名停止にされては商売できない」という悲鳴も聞こえてくる。

今回のA社に対する指名停止措置がいかに下されたのか。そこにどのような問題があるのか。今後に影響はあるのか取材してみた。

なお、県や会社などが特定される可能性があるので、事実関係に関する詳細な記述は避けている。


指名停止措置の該当理由に指導票を事後追加し遡及適用

まず、甲県の「県発注工事事故における指名停止措置について」の文書を確認しておこう。

(ア)の部分は、書き換え前後でも同じだ。

(ア)発注者において設計図書等で、具体的に示した事故防止の措置を請負人が適切に措置していない場合又は発注者の調査結果等により、当該事故についての請負人の責任が明白となった場合

書き換えられたのは、下記の太字部分だ。比較してみよう。

【書き換え前】平成27年8月某日の文書

※ (ア)について、労働基準監督署からの是正勧告書が出されている場合は、是正勧告書が労働安全衛生法等に対する違反がある場合に行われる行政指導であることから、原則該当します。

【書き換え後】平成30年3月某日の文書

※ (ア)について、労働基準監督署から使用停止命令、是正勧告書、指導票が出されている場合は、使用停止命令、是正勧告書が労働安全衛生法等に対する違反がある場合に行われる行政指導であること、指導票は労働者に過失がなく、業者が当該事故に関して事故防止対策に改善の余地があったという観点から、原則指名停止措置に該当します。

書き換え前の文書では、指名停止該当理由は「是正勧告書」のみだったが、新たに「指導票」が追加されている。

A社の現場で死亡災害が発生したのは、平成29年頃。労働基準監督署が指導票を切ったのは平成30年1月。そして、B社が指名停止になったのは平成30年2月だ。つまり、甲県は、まずA社を指名停止。事後に「指導票」を追加し、それを理由に、遡及して処分を下したことになる。

日本には、法令の効力は、その法の施行時以前には遡って適用されないという原則がある。甲県の今回の処分は、この原則に明らかに反する。たとえ、甲県の指名停止措置が法ではなく県の裁量であったとしても、監督行政の法を基準に行われていることには変わりない。


指導票は「法令違反がない証」なのになぜ?

「指導票」を指名停止該当理由に加えたことにも問題がある。労働基準監督官は、法令違反がなくても指導票を切るからだ。

一般論として、個人的な見解として「こうしたらどうですか」との指導も、もちろん指導票として出す。それが彼らの仕事だ。

死亡災害に詳しい労働安全の専門家T氏は「指導票は、行政処分ではない。今後への指導、留意措置であり、言わば『お願い事項』みたいなものに過ぎない」と明かす。これでは業者は監督官に『ご指導ご鞭撻よろしく』という社交辞令すら、怖くて言えなくなる」(T氏)と指摘する。

例えば、元請けに対して「作業するときは、下請けと事前に縷々協議して下さいね」という指導票を切る。当然、元請は協議をせずに災害を起こしたわけではなく、法に基づく是正を勧告するものではない。言い方を変えれば、労働基準監督官による「法令違反はありません」という証である。それを理由に、甲県はA社を指名停止にしたわけだ。

「指導票で指名停止をくらうとなると、建設業者が過程の安全活動にいくら汗をかいても、どんなに注意しても、努力してもムダ。結果の運に任せる、最悪の『職域安全』になる。そもそも、法令違反があったら不適切なのか?発注者の意に沿わなかったら不適切なのか?そのラインがわからない。裁量の意図が不明瞭なルールには、非常に大きな問題がある」(T氏)と嘆く。

また、甲県は、是正勧告書や指導票を指名停止の理由とする一方、県内業者に対し、それらの報告義務を課していない。

「県のある担当者は『是正勧告書や指導票が切られた場合、労働基準監督署から県に対して連絡がある』と言っていた。しかし、国が県に対し個人企業の情報を、しかも一方的に提供するなどのシステムが真に存在するものなのか、非常に疑わしい。また、『連絡がある』と断言した回答は、国の了解を得ているのであろうか。考えれば考えるほど眉唾に思えてならない」(同)と話す。現に、複数の労働基準監督官は「民間事業者に対して是正勧告書、指導票を出したことを、自治体に連絡することはない」と言明している。

では、甲県は、A社がどうして指導票を切られたことを知ったのか。それは「A社が甲県に対し、誠意をもって自己申告したからだ」(T氏)と明かす。

A社社長はある日、甲県職員と面会。指導票を切られたこと、つまり法令違反はなかったことを伝えた。ところが、それを理由に指名停止処分をくらった。まるであべこべな結果になったわけだ。

「A社は正直に申告したら、指名停止になった。指導票を切られても、県に黙っていたおかげで、おとがめのなかった業者を知っている。こんなバカな話があるか。指名停止措置は法律ではなく、発注者による裁量である。ならば、その運用はもっと公明正大であるべきだ。密室で行われているのではとの疑義があってはならない」(同)と憤りを隠さない。


労働安全衛生法第29条が想定する死亡災害のケース

かなりややこしいが、今回の事例をもとに、労働安全衛生法が定めるところを読み解いてみる。

労働安全衛生法 第二十九条
1. 元方事業者は、関係請負人及び関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反しないよう必要な指導を行なわなければならない。

2. 元方事業者は、関係請負人又は関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反していると認めるときは、是正のため必要な指示を行なわなければならない。

3. 前項の指示を受けた関係請負人又はその労働者は、当該指示に従わなければならない。

労働安全衛生法第29条は、下請け業者が法令違反して、下請けの労働者の死亡災害が発生したケースを想定している。

今回の事例に照らせば、下請けB社は事業者、元請けA社は元方事業者に当たる。A社が下請けの法令違反を見逃した場合、A社は是正勧告書の乙票(後述)を切られる。ただ、この条文には罰則規定がないので、A社は送検されない。

一方、B社は、「足場からなぜ落ちたか」によって適用される条文が異なってくる。ただ、足場から落ちる災害は罰則規定付きの条文がもっぱらで、ほとんどの場合、B社は法令違反により送検される。

ここで、是正勧告書と送検の違いについて解説しておこう。

通常、是正勧告書は、罰則規定があるかどうかで甲票と乙票に分かれる。罰則規定のある条文違反が認められた場合は甲票、罰則規定のない条文違反の場合は乙票になる。死亡災害が発生し、法令違反があった場合は、その罰則規定に基づき送検される。

つまり「罰則規定の有無」は「送検の有無」とも言える。したがって、死亡重篤な災害であっても、罰則規定の有無により是正勧告で終わることもある。これらは全て労働安全衛生法関係法令の適用による。

今回の災害で、仮に法29条違反があるとするなら、A社は是正勧告書を切られるが、B社に法違反が認められなかったことにより、当然、A社には法29条違反がなかったということになる。

ただ現実に、A社が元請けとして施工管理する建設現場で死亡災害が発生しているので、それに対する再発防止は必要になる。労働基準監督官は、A社が策定した再発防止対策に目を通し、行政の立場から指導を行う。繰り返すが、それが労働基準監督官の職務だからだ。行った指導は、指導票として文書化し、記録として保管する。


労働安全衛生法第31条が想定する死亡災害のケース

法31条は法29条と同じく、仕事の注文者に関して措置事項が列記された条文だが、法31条は建設物などを管理する立場(特定事業を自ら行う注文者)に関する条文に当たる。法29条と異なり厳しい罰則規定がある。

労働安全衛生法第三十一条

1. 特定事業の仕事を自ら行う注文者は、建設物、設備又は原材料(以下「建設物等」という。)を、当該仕事を行う場所においてその請負人(当該仕事が数次の請負契約によつて行われるときは、当該請負人の請負契約の後次のすべての請負契約の当事者である請負人を含む。第三十一条の四において同じ。)の労働者に使用させるときは、当該建設物等について、当該労働者の労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。

例えば今回の災害で、A社が管理する足場をB社に提供し、提供を受けたB社が足場を使用していた際のB社の労働者の災害であれば、A社は法31条第一項における注文者となり、送検される可能性が高い。罰則規定のある31条なので是正勧告では終わらない。A社、B社とも指名停止などの行政処分の対象になる。

建設現場の足場は、足場を提供する者と提供された足場を使用する立場の業者が存在する場合に、法31条第一項が適用になる。例えば、元請A社、下請B社(足場屋)、C社がいたとする。A社はB社に足場を注文し、完成した足場をC社に提供し、C社はその足場を使って仕事を進める。A社とB社は元請と下請の関係、A社とC社は注文者と請負人の関係になる。A社は、安全な足場をC社に提供しなければ法違反を問われ、不備のある足場からC社の労働者が墜落するようなことがあれば、送検対象となる。

また、B社が足場を組んでいるときに発生したB社の労働者の災害は、A社とB社は元下の関係なので、足場の提供はなく、A社は法31条第一項の注文者ではない。足場を使わせていたわけではなく、足場の組立てなどの仕事をしていたからだ。B社が手すりをつけなければいけないところに手すりをつけず、災害が発生した場合、法21条、規則第519条の2などが適用される。

死亡災害に関する条文について、不勉強な建設会社は少なくない。「業者には、送検されたら法令違反だが、是正勧告書は法令違反ではない」と考えている業者がたくさんある。是正勧告書を出されても、罰金を払わないなど、是正勧告書の重みを理解していないからだ。従って県から問い合わせがあったときに、善意で是正勧告書を出されたと申告するケースがある」と指摘する。まさに今回のA社がそれに当たるというわけだ。


死亡災害を起こした会社社長、現場監督の生活は「針のムシロ」

死亡災害は、会社社長はもちろん、現場監督にとっても非常にツライ出来事となるのは、想像に難くない。その状況は「針のムシロ」だ。今回亡くなったB社作業員は身寄りがなかった。A社社長は、無縁仏にして葬式から四十九日まですべて面倒を見た。その心労は察するに余りある。

「家族がいると、もっと悲惨。修羅場と化す」(T氏)と話す。葬式に行くと、「お父さんを返して!」「「息子を返せ!」と泣きつかれる。会社は指名停止なのに、金銭的な賠償も求められる。実刑判決を受けるリスクもある。刑事裁判が終わると、民事裁判が始まる。多額の損害賠償も求められる。後遺症が残る障害の場合、一生つきまとう。生き地獄だ。

「現場監督はヒモでつないでおけ」という言葉がある。目を離すと、自殺するからだ。死亡災害が起きた現場監督の多くは、ノイローゼ状態に陥るらしい。「死亡災害を起こそうとして起こす現場監督はいない。土俵から降りた人間に対し、ケリを入れ続けるような仕打ちは、ムゴイの一言。国としても、死亡災害を人災扱いにする事故の取扱い方もおかしい」(同)と警鐘を鳴らす。

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