指導票は「法令違反がない証」なのになぜ?
「指導票」を指名停止該当理由に加えたことにも問題がある。労働基準監督官は、法令違反がなくても指導票を切るからだ。
一般論として、個人的な見解として「こうしたらどうですか」との指導も、もちろん指導票として出す。それが彼らの仕事だ。
死亡災害に詳しい労働安全の専門家T氏は「指導票は、行政処分ではない。今後への指導、留意措置であり、言わば『お願い事項』みたいなものに過ぎない」と明かす。これでは業者は監督官に『ご指導ご鞭撻よろしく』という社交辞令すら、怖くて言えなくなる」(T氏)と指摘する。
例えば、元請けに対して「作業するときは、下請けと事前に縷々協議して下さいね」という指導票を切る。当然、元請は協議をせずに災害を起こしたわけではなく、法に基づく是正を勧告するものではない。言い方を変えれば、労働基準監督官による「法令違反はありません」という証である。それを理由に、甲県はA社を指名停止にしたわけだ。
「指導票で指名停止をくらうとなると、建設業者が過程の安全活動にいくら汗をかいても、どんなに注意しても、努力してもムダ。結果の運に任せる、最悪の『職域安全』になる。そもそも、法令違反があったら不適切なのか?発注者の意に沿わなかったら不適切なのか?そのラインがわからない。裁量の意図が不明瞭なルールには、非常に大きな問題がある」(T氏)と嘆く。
また、甲県は、是正勧告書や指導票を指名停止の理由とする一方、県内業者に対し、それらの報告義務を課していない。
「県のある担当者は『是正勧告書や指導票が切られた場合、労働基準監督署から県に対して連絡がある』と言っていた。しかし、国が県に対し個人企業の情報を、しかも一方的に提供するなどのシステムが真に存在するものなのか、非常に疑わしい。また、『連絡がある』と断言した回答は、国の了解を得ているのであろうか。考えれば考えるほど眉唾に思えてならない」(同)と話す。現に、複数の労働基準監督官は「民間事業者に対して是正勧告書、指導票を出したことを、自治体に連絡することはない」と言明している。
では、甲県は、A社がどうして指導票を切られたことを知ったのか。それは「A社が甲県に対し、誠意をもって自己申告したからだ」(T氏)と明かす。
A社社長はある日、甲県職員と面会。指導票を切られたこと、つまり法令違反はなかったことを伝えた。ところが、それを理由に指名停止処分をくらった。まるであべこべな結果になったわけだ。
「A社は正直に申告したら、指名停止になった。指導票を切られても、県に黙っていたおかげで、おとがめのなかった業者を知っている。こんなバカな話があるか。指名停止措置は法律ではなく、発注者による裁量である。ならば、その運用はもっと公明正大であるべきだ。密室で行われているのではとの疑義があってはならない」(同)と憤りを隠さない。