建設業界のM&Aと人材の引き抜き
準大手ゼネコンの戸田建設は10月26日、福島市の建設会社・佐藤工業を子会社化すると発表した。
しかし、これは序章に過ぎない。大手・準大手ゼネコンは、地域建設企業に積極的にM&Aの誘いをかけている。
10年後の建設業界はどうなっているだろうか?――建設業関係者の取材を続けていると、事態は意外と深刻であることが明らかになってきた。
優良企業として知られる某ゼネコンのトップは、匿名を条件に「実はコンサルタント会社からM&Aを持ちかけられているが、それも1社や2社ではない。結局のところ、うちの技術者が欲しいのだと思う」と語った。
一方、M&Aを支援し、次世代への事業継承を進める某コンサルタントは、「中小の建設業はM&Aをしにくい。過去業績が悪かったときの借金が今でも返しきれず、それがM&Aの障壁になっている」と実情を吐露した。
先日、帝国データバンクが発表した「2016年度・未上場総合建設業者の経営実態調査」の調査にあたった東京支社情報部の瓦田真人氏と建設業関係者の話を交えて建設業界の将来を展望する。
建設業のM&Aは、技術者獲得のため
「技術者にはヘッドハンティングの話が相当あります。技術者〇〇さんの携帯電話教えてくれと直接言われることもある。」
こう語ったのは、ある中小建設会社のトップだ。ヘッドハンティングは年々大胆になっているという。いち早く技術者に接触する一番手っ取り早い方法は、携帯電話番号の入手だ。携帯番号を入手した後は、直接ヘッドハンティングし、金額を提示する。給料が上がれば心を動かすことも少なくない。
しかし、最近では、個別にヘッドハンティングするよりも、会社ごと買収した方が早いと考える企業も登場した。しかもその数は少なくないという。M&Aを手がけるコンサルタントは建設業のM&Aの傾向についてこのように分析する。
「建設業がM&Aを行う理由は2つあり、1つはその商圏を入手したいこと、もう1つは技術者や技能者を丸ごと手に入れること。最近の傾向としては、後者を目的にしたM&Aが増えて、当社では今90%がそれです。」
そして前出の中小建設会社トップはさらに続ける。
「弊社にもM&A専門会社から、会社を売りませんか、という誘いが来ています。私は社員に対して、そのことを隠していません。ただ、建設業で生きていくのに必要なことは、技術力と人間性を向上していくことに尽きる。社員たちにはどこの会社でも食べていけるように、日々研鑽を積んでほしい。」
建設業は今、首都圏を中心に好景気に沸いているが、建設氷河期時代に技術者と技能者の採用を打ち切ったことで、人材不足が続いている。そこでM&Aをして人材ごと会社を買収する動きが出てきているわけだが、しかし、お金を積めば、人材獲得を進めるためのM&Aが実現するかと言えば、そんなに簡単な話ではないようだ。
建設技術者を大量採用するためのM&A
建設不況の時に運転資金を借り入れた企業は、金融円滑化法に基づいて、その借金の返済を先延ばしにしており、現在もその借金を返済していない企業もある。買収すればその借金も返済する義務が生じる。
次に建設業界独特の高齢化問題もある。代表が高齢化しているだけでなく、従業員も高齢化しているため、譲受会社からすれば、「仮に買収しても数年経てば、この技術者や技能者が居なくなるのでは」という懸念から、M&Aがすんなり進まない理由になる。買収する旨味がない。
しかし、前出の中小建設企業のように若い技術者を抱えていれば、格好のM&Aのターゲットになる。コンサルタントは虎視眈々とM&Aを狙うという構図だ。
今、話題となっている人手不足倒産だが、帝国データバンクの「人手不足倒産」の動向調査(2018年上半期)のリポートによると、業種別では過去5年半累計の最多は「建設業」(139 件、構成比33.3%)で、「サービス業」が123 件(同29.5%)。この2 業種で全体の62.8%を占めている。
好景気に沸く建設業界の死角は、人材と資材の高騰だ。同社の「2016 年度・未上場総合建設業者の経営実態調査」からもそれを読み取ることは可能だ。上場企業の倒産の予兆は現在のところ見当たらないが、問題は未上場の中小建設企業である。
同実態調査によると、2016 年度の未上場建設業者1万2,240社の売上高合計は23兆5061億円、前年度から0.9%の増加となった。伸び率が鈍化したこともあり、未上場建設業者にとっての景況感は踊り場にいると言って良い。
帝国データバンクの瓦田氏に解説してもらおう。
20億円未満の建設会社は外注低下
――まず「2016 年度・未上場総合建設業者の経営実態調査」の結果について。
瓦田真人氏(以下、瓦田) まず調査では意外な結果が出ました。「労務・外注費率」の平均は上昇トレンドが続くと見込んでいましたが、54.4%で前年度比0.1ポイント低下しました。ただし、地域別にみると、9地域中5地域で売上高合計が増加するとともに、「労務・外注費率」は5地域で上昇し、都市圏では高止まりの傾向が続いています。
――なぜこのような結果に。
瓦田 全体の労務・外注費率を押し下げた大きな理由は、売上10億円未満の中小建設業者の労務・外注費率(平均)が51.8%と平均を大幅に下回っていることです。規模の大小はともかく、外注にかかるコストは高くなると考えていましたが、規模が小さければ下請けとしての業務が主体で、外注化しない傾向にあるのではと推察しています。10億円以上~50億円未満の売上高の規模であれば、逆に労務・外注費率は上がっています。
――データをもとに推論できることは。
瓦田 規模の大きい建設業者は、資金力で技能者を集めることが出来ますが、小規模業者は技能者確保に苦慮しています。上場企業を含めて同様の調査をすればさらに外注費率は上がっていたでしょう。業界の二極化はさらに顕著となり、大手の建設業者であれば、下請け、孫請けの協力の下で人手不足の影響は多少なりとも軽減されますが、売上高10億円未満の会社は人を集める資金力が不足している企業が大半。人件費も高くなっていく中で、外注に頼るのは現実的ではないと言うことでしょう。ほかに理由が見当たりません。
売上減少の建設企業は、北陸、中部、近畿、九州に本社
――未上場建設業者1万2,240社の売上高の地域性は。
瓦田 今回の調査では、公共工事の推移などと整合性がとれている訳ではありませんが、結論として「北陸」「中部」「九州」に本社を置く建設企業は減収となりました。2016年度は熊本地震が発生した年で、本来であれば建築・土木の復旧・復興需要があったはずです。にもかかわらず、九州地区が前年度比1.8%減にとどまったというのは、通常の工事が減少しているということでしょう。
規模を見ると、関東に本社を置く企業の2016年度売上高は合計で8兆3,239万円、前年度比2.8%増と全国と比較して突出している工事量です。2014年度の売上高は、7兆7,132万円ですから、この2年だけで6,000億円ほど伸びた計算になります。四国全体では、2016年度が4,870億円ですから、この2年間で伸びた売上高が四国を超えています。東京五輪で各地方にも恩恵が及ぶのかなとも思いましたが、数字を見る限り、関東一極集中の構図になっています。特に首都圏に集中しているのは間違いありません。
北陸地区に本社を置く建設業者の売上高合計は1兆2,279億円で、前年度比2.3%減となっていますが工事自体が減っているわけではありません。調査対象は建設業者が本社を置いている地域ですので、その地域の工事量と売上高は必ずしも一致しません。3.11の東日本大震災の復旧・復興工事でもみられましたが、工事は東京本社の大手ゼネコンが受注し、地方建設業者は下請けに入るものの、それほど恩恵を受けていないのではと思われるケースがありました。
【ポスト五輪】30億円以上の建設企業は増収
――建設業の企業間格差については。
瓦田 売上規模別で見ると、10億円未満が前年度比5.5%減、10億円以上20億円未満が同0.5%減、20億円以上30億円未満が同0.9%減。ところが、30億円以上50億円未満は同1.4%増でこれ以上の規模の建設企業はすべて増収です。
売上規模が小さいところでは人件費高騰により受注を控えざるを得ないなど、全体の売上高が減少傾向にあり、中堅以上はその影響をどうにかカバーできているということが窺えます。売上規模別労務・外注費率は売上高で見ると規模が大きければ、高くなる傾向にあります。
公共工事も一時的には増えていますが、小規模業者全体から見れば、あまねく良い影響を受けているわけでもないということでしょうか。
――後継者の不在も課題ですね。
瓦田 現経営者は、ジリ貧状態の企業であれば自分の代で閉じようと考え、休廃業の道を選択するというのは必然で、こうしたケースが多くなっていくでしょう。建設業の社長も高齢化が進んでいます。後継者の不在は深刻な問題ですが、休廃業する業者が増えれば、その企業で働く従業員はどうなるか。人手不足の時代ですからM&Aにより他社に吸収されるといった動きが加速してくるかもしれません。
時限立法であった金融円滑化法が終了した後も、引き続き多くの金融機関は返済や金利支払いを猶予するという対応をとっていました。倒産を抑制するためにとられた措置ですが、その対応もシビアになっていますから、一時的に救済された企業でも結局は淘汰されるケースが多くなっていくのではないでしょうか。
――ポスト五輪は。
瓦田 大型の公共工事の受注は、常に首都圏の大手ゼネコンが中心です。
業界全体では、一気に盛り返した感がありますが、地方ゼネコンはその恩恵は地域差もあり、限定的といってよいでしょう。東京五輪が終わっても同様の状態が続くのではないでしょうか。
中小ゼネコンの動向に注目
大手ゼネコンばかりを取材するメディアの情報によって、建設業全体が儲かっているように世間は思っている節が強いが、今後の建設業の動向は、10億円未満の中小・零細ゼネコンの行方にかかっていると言っても良いだろう。
やや規模感のある建設企業は、人材獲得のためにM&Aを狙い、仕事の獲得につなげていく方針を一部では打ち出している。
しかし、借金も多く、代表をはじめ会社の人材そのものが高齢化していればM&Aの対象に含まれず、休廃業の道を選択する可能性が高い。金融円滑化法により、延命した建設企業も多いが、本来であれば市場から退場すべき企業も少なくはなかった。
10年後の建設業界は、代表の高齢化などで大淘汰の時代が到来するかもしれない。