メガステップ代表取締役社長で、職人道場と建設甲子園創設者でもある、"こやさん"こと小山宗一郎氏(左)と、メガステップの女性建設職人 鬼澤初音さん

YouTuber社長”こやさん”の、たった25日で即戦力の職人を育てる方法【職人道場】

即戦力の職人を育て上げる巨大施設「職人道場」とは?

栃木県の那須にある、7,300坪の広大な敷地で建設職人の未来を育む巨大研修施設「職人道場」が話題となっている。

運営するのは、左官工事会社の(株)メガステップ代表取締役社長の小山宗一郎氏。小山氏は「建設職人甲子園」の創設者でもあり、自らユーチューバーとなり建設職人の育成ノウハウも発信している異色の男だ。

職人道場では、業界未経験の新人をたった25日の研修で即戦力の建設職人に育て上げ、会社に利益をもたらす人材へと成長させる。これまで200人以上がここで学び、巣立っていった。

小山氏はなぜ職人道場を創設したのか。建設業界をどのように変えていくつもりなのか。夢と理想を語ってもらった。

建設職人”みんな”の価値を高めたい

――職人道場を発足したキッカケは?

小山 私の尊敬する師匠に、仕事だけでなく、確定申告のやり方など個人事業主としての在り方も教えてくれた方がいるんですが、私が独立した後、ひどい生活苦で亡くなったんです。昔はその日暮らしの建設職人も多かったですが、師匠も社会保険や年金を払っていなかった。

この師匠の死が私を掻き立てて、建設職人甲子園や職人道場を創設した原点です。”みんな”が「建設職人をやってきて良かったな」という思いでいなければイヤなんです。そうでなければ、若い子を巻き込むこともできませんから。

それに、建設職人には学ぶことがイヤで、逃げ道としてこの仕事に従事している人も一定数いるのも事実です。例えば、スーツを着たり、勉強したり、さらには人と関わるのもイヤだという建設職人もいます。根っこは、技術さえあればいいという考えなんでしょうね。

ところがその技術も進化していきます。たとえば、今はプレキャスト工法のように工場でつくり、現場で組み立てる方法が一般化しています。

昔は価値があった技術でも、今はその価値がどんどん下がる時代です。そこで建設職人”みんな”の価値を高めて、建設職人”みんな”を大切にする社会をつくりたいんです。

そのためには、建設職人自身も努力し、できることを増やすことが肝要です。価値は他人が評価するもので、評価されるためには技術を研鑽し、努力を積み重ねていかなりません。そのために職人道場はあります。


数年で「多能工」に進化させる

――職人道場では、左官工事だけでなく数多くのカリキュラムがありますが、その理由は?

小山 昔は左官工法を覚えるのに、10年は掛かると言われていました。それが今では5年、3年とどんどん短縮化しています。このように技術が効率化・短縮化することは、建設職人の技術の価値の低下を意味します。

それに、これから建設業界は新築からリニューアルへ、そしてロボット化やAIが導入されていくことになります。新築であれば作業の分業化は必要でした。ところが、リニューアル工事であれば、トイレの便器の取り換えと狭いクロスの張替えを一緒にやることが合理的になってきます。これはものの例えですが、いろんな要素を包含した小さな工事がこれから確実に増えてきます。

すると、一つの技術しか保有していない建設職人は重宝されない時代が到来します。だから、建設職人はいろんな職種の技術を覚える多能工化によって、自身の価値を高めることが重要になってきているんです。使える技術の幅を拡げれば、それは建設職人としての大きな価値になります。

でも、たくさんの技術を20年も掛けて覚えるのは大変ですよね。そこで職人道場で次々と技術やスキルを取得し、建設職人としての新たな価値を創造してほしいんです。

職人道場で受講できる工種と一日の流れの例

「ユーチューバー」として多能工の重要性を発信

――職人道場に人を送り出す企業側からも、多能工を推進し、職域を拡げたいという要望があるのでしょうか?

小山 いえ。例えば、左官の専門工事会社であれば、「現代左官工事を徹底的に鍛えて欲しい」という要望のほうが強いですよ。1人人材を育てれば、売り上げが立ちますから。

しかし、先に話した通り、私は必ず多能工の時代が来ると確信しています。そこで、メガステップでは道場卒業生を数年で多能工職人へと育成するための「多能工集団チームArus(アルス)」を結成しました。

また、私は「こやさんTV 多能工職人への道」というYouTubeチャンネルも運営しています。そこでも先日、”【チームArus奮闘記】多能工への道ドキュメンタリーとは!”という動画を公開したばかりです。

https://www.youtube.com/watch?v=ieLtFe6cd0E

【チームArus奮闘記】多能工への道ドキュメンタリーとは! / YouTube(こやさんTV 多能工職人への道)

この動画では、鬼澤初音さんという女性の建設職人が登場します。彼女は19歳の誕生日を迎えたばかりですが、もう左官と壁紙ができるようになっています。初音さんは高校を卒業して昨年6月に入社し、7月に職人道場での研修を行い、8月には1か月間左官の現場に出ました。その後、9月にまた職人道場に戻ってクロスの研修をし、10月には左官とクロスの現場両方で活躍しています。

多能工化についてはメガステップでモデルをつくり、発信して、周囲に広めていきたい。建設業界も多能工化についての認識はありますが、「そうは言いつつも、今の仕事をこなすだけで精一杯」との声もあるのが実情で、私はそれを変えていきたいんですよね。

――YouTubeをはじめたのはなぜ?

小山 既に料理、マジック、ゲーム攻略など多岐にわたるユーチューバーが活躍し、エンタメ部門には入る余地がありません。

ですが、2018年はビジネスユーチューバー元年と言われ、ビジネスに役に立つセミナー、商品紹介、社会人マナーや投資などのハウツーのユーチューバーが誕生しています。この分野はあまり開拓されておらず、ブルーオーシャンです。

建設業界を変えていくためには、自身が影響力を持つ人物になる必要があります。これから5年~10年をかけてしっかりと信頼を勝ち取り、「こやさんがいうなら、そうかもね」というポジションに立ちたい。建設業界の仲間たちにも声をかけて一緒に出演し、いろんな情報をシェアし、発信するツールとして、YouTubeを活用していきたいですね。


50項目を200時間掛けて学びつくす

――なぜ、職人道場ではいろんな技術を早期に取得できるのでしょうか?

小山 職人道場では左官、防水、クロス、塗装、床、内装、トイレ、タイル、ユニットバス、キッチンなどそれぞれの職種の専用カリキュラムを開発しています。それを50項目のステップに分解し、1か月間、約200時間かけて、それぞれの技術の基本を50項目の各段階において体に染み込むように教育しています。

練習は徹底的に反復し、繰り返します。なので、未経験者でも確実に技術を取得できるような仕組みなんです。メニューも次々と増やしていますし、外国人技能実習生なら、特定の専門用語の日本語教育にも力を入れています。

大事なことは、知識よりも技術です。知識があったところで、技術がなければ、作業をやらせてもらいません。新人は技術がないので、”とりあえず掃除でもやらせておこう”で済ましていた時代もありましたが、これでは彼らの貴重な時間がもったいないですよね。

職人道場では、彼らにいち早く現場で活躍してもらいたいからこそ、”技術第一”の教育の場としています。例えば、壁を1mmか2mmで塗る技術を取得してもらい、現場で親方から「あそこを塗ってこい」と指示されたときにちゃんと塗ることができれば、「タイルをこう張りたいからこの厚みで塗ったんだな」と理解できるようにもなります。職人道場のイメージする即戦力とは、こういうものです。

左官研修のようす

――門下生たちの成長を感じるときは?

小山 1カ月では超えることが困難な壁もあります。あるいは、ほかの人が合格しても自分だけが不合格になったり。そんな様々なドラマがある中で突然スイッチが入り、技術が向上する瞬間が来るんですよ。

職人道場は、お互いに励まし合う同期生、頼れる講師の存在などにより、小さな成功体験が大きな成果を育む場所でもあります。

「張ったクロスを破かれていく夢を毎日見る」

――こうしたガチな研修をする一方、卓球、ビリヤード、BBQをみんなで開催したり、楽しいイベントがあるのは意外でした。

小山 当初は、「職人を即戦力にして戻す」ということに注力したカリキュラムを研鑽していました。

ですが、ある時、職人道場へ来ていた16歳の女の子から、「クロスを張っていると、その隅から指が出てきてクロスが破かれていく夢を毎日見るんです」と言われたんです。彼女は「私は若いので体力はありますが、メンタルが弱いんです」とも言っていて、精神的に追い込まれていた。

その時、「今まで建設業界の未来をつくると言いながら、自分はなんてことをしてきたんだろう」と思いました。研修はキツすぎてはいけない。職人道場は楽しい場所であって、また行きたくなる場所でなければならないことに気が付いたんです。これからの建設業界は、若い子が担い手となって将来を育んでいくわけです。でも、その若い子たちが「職人道場に二度と行きたくない」という気持ちになったら本末転倒ですから。

でも、技術をしっかりと取得できる場所でなければならないので、オンとオフをしっかりとメリハリをつけられるよう、真剣に学び、遊ぶことのできる両方の環境をつくりました。

施設内にはシミュレーションゴルフが。その他にもカラオケルームやビリヤード台など、様々な娯楽を完備

――実際に道場に通われていた鬼澤さんにも聞きたいのですが、実際に通ってみてどうでした?

鬼澤初音さん 職人道場がなければ、こんなに早く技術を取得することは難しかったと思います。

職人道場の「できるまでやる」というのは大変でしたが、できた時の達成感はひとしおでしたし、卓球や温泉に入ったりしてメリハリのある道場生活でした。

今は左官とクロス技術を覚えましたが、さらなる多能工化し、いろんな職種の技術を覚えたい。今やりたいことは、トイレやバスユニットの設置、塗装などですね。

これから建設職人を目指す方なら、職人道場で研修をすれば道は開けるんじゃないかなと思います。

イベントで左官とクロスを同時に実演する鬼澤さん


変化に強い職人を育成する場所へ

――かつてないほど建設職人不足を迎えている現状を、どうお考えですか?

小山 新人が入職することが少なくなり、ベテランだけで現場を回さなければならない実態があります。ベテランだけで現場を回すと単価は高くなり、現場で収益を確保することが難しくなります。

イキのいい新人がいれば、平均単価は下がり、また、力仕事を任せることもできますが、ベテランだけでは生産性は低下します。今、建設職人会社が利益を出せない構造となっているのは、新人採用ができないことに起因するんです。

ですが、今や少子高齢化で新人がすぐに多数入職する時代ではありません。だから、職人道場のような新人が即戦力となる学校が必要なんです。

――これから職人道場をどのような場所にしていきたいですか?

小山 5年~10年先の一定の見通しは立っていたとしても、今後どんなロボットが登場するかわかりませんし、イノベーションによって建設業は大きく変わるかもしれません。

ですから、建設業界や建設職人も変化を恐れてはいけません。職人道場も変化に強い人材を育てていきたい。今、変化を楽しめる集団が存在すれば、そこには人が集まってきます。

「建設業界には先がない」などと愚痴ばっかり言っているところには、人は集まりません。でも、「未来は自分たちでつくっていこう」と変化し、楽しみ続けることができれば、そこに人は絶対に集まります。

今がチャンスというわけではないですが、私も建設職人も思い切り楽しんで、人の可能性を最高に引き出せる場所へと職人道場を進化させていきたいですね。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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