松下 修さん(大林組・ハンシン建設JV 阪急淡路工事事務所長)

鉄道高架工事に20年。住民の怒りを収める秘訣は「とにかく毎日会う」【大林組】

鉄道高架工事のエキスパートにインタビュー

阪急電鉄京都線・千里線淡路駅周辺の連続立体交差事業(延長7.1km)は、淡路駅部で高さ約30mの2層構造の高架橋を建設するという大工事だ。事業期間も長く、2008年度から2027年度までの19年間に及ぶ。近隣に住宅などが密集し、4線から電車が乗り入れる線路のすぐそばという施工条件の中、工事を行っている。

淡路駅を含む第3工区の施工を担当するのは、大林組・ハンシン建設JV。現場所長の松下修さんは、過去に2度、他の鉄道高架化工事に携わった経験があり、今の現場に関わって12年目という鉄道高架工事のエキスパートだ。

鉄道高架工事のやりがい、施工管理上の留意点はなにか。松下さんのキャリアを含め、話を聞いてきた。


26年間のうち20年間が鉄道高架化の現場

――淡路駅の高架化工事は長いんですか?

松下さん ええ、工事が始まった2008年からいます。12年間ずっとですね。

――それは長い。ライフワークみたいですね(笑)。

松下さん もう私の集大成ですよ。開通するころには定年間近なので(笑)。

――大林組ではこれまでどのような仕事を?

松下さん 私は大林組に入って26年目です。そのうち20年間、鉄道の高架化の工事に携わってきました。鉄道の高架化工事は今回で3回目です。最初が京成電鉄の京成本線船橋駅の高架化で、次が南海本線高石駅。その後、今の現場に配属になりました。

直径3mの基礎杭を48m掘る

――今の現場は、過去の高架化工事と比べてどうですか?

松下さん 今回の現場は2層高架で、高さ30mですが、ここまでの規模の高架橋をつくるのは初めてです。高さに伴い、基礎杭や橋脚などのモノがすべてこれまでの高架橋より巨大なんです。都市部ではまずありえない大きな杭です。橋脚の太さも、2m以上あり、通常の橋脚の2倍近くあります。

基礎杭は、場所によっては直径3mの杭を50m近くも掘っています。通常の鉄道高架橋の場合は直径1.5m〜2mぐらいで、深さは25m程度です。

高架橋工事が進む大林組・ハンシン建設JVの現場

――高さがあると、やはり大変なんですね。

松下さん われわれの工区には、京都線と千里線が平行交差するラーメン高架橋があって、そこは最も荷重のかかるところなんです。特にこのラーメン高架橋の基礎杭は、ヤードが狭隘な中、営業線の直近で直径3m、深さ50mのモノを施工したので、いろいろ大変でした。

そのような施工条件だと、機械や工法の選定が問題になってきます。パワーのない機械だと掘りきれません。営業線のキワで掘るので、孔壁が万が一崩壊してしまうと、最悪は電車脱線につながります。安全で品質良く施工できる方法を考える必要がありました。そのような理由で今回、オールケーシング工法を使いました。

ほかにコンクリート一つとっても躯体が大きいので、ひび割れの問題が出てきます。設計の段階で高強度コンクリートが適用されているのですが、温度応力解析をしながら、ヒビ割れに強いコンクリートにするため、いろいろ工夫しています。

――工夫と言いますと?

松下さん 大林組の研究所に協力を依頼して、低熱セメントや膨張剤などを加えることで、温度ひび割れに対抗できるようにしました。これが品質上の工夫になります。通常の土木構造物のコンクリート強度は30N/mm2程度が多いのですが、駅部のコンクリートは約50N/mm2の設計になっています。


電車の運行に絶対影響を与えない

――工事の進捗はどうなっていますか?

松下さん 85%ほどです。

――他の工区と比べると、かなり早い方ではないですか?

松下さん そうですね。ただ、「早く工事を進めたい」のが本音ですが、早くやろうとすると、安全や品質を担保できないというリスクを伴います。具体的には「電車の運行に支障を生じさせない」「周辺住民な第三者に迷惑をかけない」ということを常に優先的に考えながら、最も早いやり方を選ぶようにしています。

われわれの工区は、できるところから作業に着手することで、施工スピードを確保してきました。

作業ヤードのすぐ横の仮線を電車が走っている。

――施工管理する上で気をつけていることはありますか。

松下さん これだけ巨大な構造物をつくる上では、まず施工上の安全を担保しなければなりません。巨大な構造物をつくるためには、巨大な機械を入れる必要がありますが、作業ヤードの周りには住宅地が密集しています。大きな機械は振動や騒音も大きいので、それらを防ぐ技術も必要になります。

とくに基礎杭工事の場合は、振動に配慮する必要があります。ただ、いくら対策を講じても、音や振動はゼロにはなりません。なにより、近隣の住民の方々のご理解を得ながら、工事を進めていく必要があります。

高架橋が高いことによって、風の影響によるリスクも高まります。リスクを回避するには、強固な足場を完璧につくっていかなければなりません。電車の運行に影響を絶対与えないことはもちろん、周辺の歩行者や住宅などにも影響を与えないための安全対策には、非常に苦心しているところです。

――防音シートも張り巡らされていますね。

松下さん 高架橋の工事の際は、やはり騒音には気を使いますね。ただ、しっかり防音シートを張ると、風の影響をモロに受けてしまいます。

住民理解を得る秘訣は「毎日会いに行く」

――近隣住民への配慮のためにどのようなことをしていますか?

松下さん 工程表などを目立つ場所に掲示しています。毎月一回、阪急電鉄さんと一緒に、周辺の町会長さん、商店街会長さんのところに工事の説明のため訪問しています。夜間作業の場合は、近隣の住宅一軒一軒、説明に回っています。どんなに施工上の配慮しても、どうしても音が出てしまうので、とにかく工事へのご理解を得るよう努めています。

――12年間同じ現場にいると、住民の方々と顔なじみになっているのでは?

松下さん そうですね。歩いていると、住民の方から声をかけられます。「まだいるの?」「はよ若い人に譲って、出ていかな」とか(笑)。

――クレームとかは?

松下さん 「夜間作業の音がうるさい」という苦情はいただいたこともあります。住宅街なので、普段夜間はシーンと静まり返っている場所で、工事を行うわけなので、もっともなご意見だと思います。われわれとしても、大変ご迷惑をおかけしていると認識しています。それにも関わらず、多くの住民の方々には工事にご理解をいただいており、感謝しています。

――住民の怒りを収める秘訣はありますか?

松下さん とにかく毎日会いに行くことです(笑)。対策を取ることはもちろんですが、誠意を示すことが大事です。「昨夜はうるさかったですか?」「昨夜は新しい防音対策したのですが、どうでしたか?」とか。よく怒られましたが(笑)。そのおかげもあって、多くの住民お方々にご理解いただいています。最近では、「早く高架にしてね」など、励ましのお言葉をいただくことが多いです。

――音の出る作業は昼間にするとか?

松下さん 確かに、そういう選択をする場合はありますが、住民の方々にとって、電車が通る音と、工事の音は違うようです。電車の通貨騒音は生活音として慣れていますが、工事音は異質に感じられるようです。昼間の作業であっても、なるべく音が出ないよう気を使うようにしています。


若手にも工事が完成した達成感を味わってもらいたい

――働き方改革への対応は?

松下さん ウチの現場では職員の4週8休を実現しています。年間の休日予定を早く決めることで、対応しています。まず全員の年間の休日を組んでおいて、そこに各社員の有休などの予定を入れています。

今の現場は土曜日も動いているのですが、土曜日に出勤する社員数は2名に減らしています。出勤した2名には必ず代休を取らせるようにしています。簡単な書類作成、ルーティンワークなどは外注化して、職員の残業時間の削減につなげています。

――若手育成についてどうお考えですか?

松下さん 今の現場は職員が私を含めて11名配属されています。その中には若い職員もいます。自分の担当した箇所で、苦労しながら現場の作業員さんと協力してモノができていく喜び、達成感を味わうことで、そういう若い職員が日々育っています。彼らの成長する姿を見ると、所長としての仕事を感じます。

――高架化工事のやりがいは?

松下さん 今の現場では、過去に関わった2つの高架化工事の経験を活かして、仕事を進めることができています。やはり、これだけ大きな構造物をつくること自体にやりがいを感じます。以前の現場で工事が完了し、鉄道が開業したときには、達成感を覚えました。今回の高架化工事でも、それを味わいたいですね。

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