東急建設の新たな企業ビジョン「VISION2030」とは
東急建設株式会社は10月20日に、2021年3月に開示した新たな企業ビジョン「VISION2030」のさらなる共感を目的に、渋澤健氏(渋沢家5代目子孫)を招いたインナーイベントを都内で開催した。会場には約120名の従業員が参加したほか、全従業員を対象としたライブ配信もリアルタイムで行った。
寺田光宏社長は、ゆでガエルの法則を語り、「VISION2030」に沿って東急建設を変革する必要やゆっくりと進行する危機や環境変化に対応することの大切さを訴えた。一方、渋澤氏は「と」の力によって会社はイノベーションを起こすことができると強調した。
寺田社長の危機意識や渋澤氏が語った「と」の力とは果たしてどのような理論であるか、また、「VISION2030」の浸透にはなにが必要なのか、同日のイベントをリポートする。
寺田社長が自社の危機を訴え、社員に変わることを望む
寺田社長は冒頭のあいさつで「ゆでガエルの法則」について言及した。
カエルを熱湯の中に入れるとすぐに飛び出すが、常温の水に入れて徐々に水温を熱すると、カエルはその温度変化に慣れるため、生命の危機と気づかないうちにゆであがって死ぬことを意味するが、これは企業も例外ではない。
企業の業績が悪化しても、社員たちが「何とかなるだろう」と様子を見たまま、方向転換せずに放置していくと、いつの間にか倒産するという「ゆでガエル倒産」というのも多いという。
そこで寺田社長は、もし社員が現状維持を望むのであれば、それはゆでガエルの状態にあると危機を訴え、「変わることを恐れるのはもうやめよう」と呼びかけた。
とりわけ、建設業界はDX化など大きなイノベーションが求められており、変革のチャンスにある。そこで、「VISION2030」では、東急建設が進むべき道を提起し、究極的には気候変動の問題を解決する方針を示している。
合わせて、「脱炭素」「廃棄物ゼロ」と「防災・減災」の三つの提供価値を意識し、社員一人ひとりが主体的に考えて行動することが重要だとした。
渋澤氏が語る『「と」の力でサステナビリティを』
次に、最近、NHKの大河ドラマ「青天を衝け」や2024年に20年ぶりに刷新されることになった1万円札の顔として知られ、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一は、東急グループの源流を築いたことでも知られている。
その玄孫であり、岸田文雄首相が設置した「新しい資本主義実現会議」に参加する渋澤健氏が『渋沢栄一の「論語と算盤」で未来を拓く』をテーマに講演した。
講演内容は次の5点であった。
- 時代の節目を迎えている日本
- 「と」の力 サステナビリティ&インクルージョン
- アフターコロナの常識と企業のパーパス
- 逆境に立ったときの心構え
この中でとりわけ関心が強かった点について抜粋したい。
渋澤健氏 実は、渋沢栄一の思想を1文字で表現することができる。その1文字とは、「論語と算盤」のど真ん中の言葉である「と」である。渋沢栄一は、「と」の力を持ちましょうと語っている。
「と」の力は優劣ではなく、両立の関係。「論語と算盤」は一見、両立しないように見えるが、矛盾のある言葉ととらえられがちだ。しかし、思考を止めることなく、試行錯誤を繰り返し、ある条件設定やひらめきにより、両立が可能になり、新たなクリエーションが生まれる。
業種を超えて、異業種と連携し、新しい企業の価値を創造する時代であることが求められる。建設業界のワクの中に留まっていると、正解が見つからない場合もあり、ウチとソトの両方を考えることで、視野が広がり、答えも簡単に見つかることもある。これが、「と」の力だ。渋沢栄一はこのようなマインドで常に考えていたからこそ、日本の資本主義を先導していくことができたのではないだろうか。
サステナビリティとは持続「可能性」。ひとつの正しい答えがある訳ではない。色々な試行錯誤を繰り返し、新たな創造へとつなげることが大切だ。
また、「中庸」という言葉は、必ずしも真ん中ではなく、いろんな関係性の中でのピラミッドの頂点から見下ろすようなベストポジションだと思う。まったく違う視点から自分の事業を俯瞰することが重要である。
「変化」「挑戦」「感動」をキーワードに
次に、永井恒男氏(コーディネーター)、渋澤健氏、寺田光宏社長、ビジョン策定特命プロジェクトリーダーである久田浩司執行役員建築事業本部法人営業統括部長により、「VISION2030」をテーマとしたパネルディスカッションを行った。
寺田社長はビジョンが完成した時、目頭が熱くなったと回想した。「VISION2030」には社会課題解決や社会貢献を全面に打ち出しており、本来、東急グループのDNAであった「挑戦」する気持ちを取り戻したい意味もあり、モノやサービスにユーザーが感動するカンパニーでありたいという想いも述べた。
さらに現状を打破し、ビジョンを共有し、社員が一丸となって達成する意識を強く持ってほしいという願いも語った。
また、久田氏は次のように語った。熊本地震時の際、当時の熊本営業所長の自宅が被災し、クルマのなかで寝泊まりする状態であった。そのような中でも、支店と連携し、最優先でお客様の復旧・復興に奔走していたという。後に久田氏がその真意を聞くと、「自分を突き動かしていたのは、お客様への思いや建設会社の社員としての使命感だ」と語ったという。その行いに対するお客様から「ありがとう」という言葉を聞いた時の感動が忘れられない、と具体的なエピソードを交え、久田氏は挑戦と感動を生むような会社であって欲しいと述べた。
さらに、渋澤氏の持論である「良い日本のための3つのNGワード」を披露した。「前例がない」、「組織に通らない」、「誰が責任とるんだ」と日本企業あるあるワードだが、久田氏自身もこの3つのNGワードを肝に銘じながら、部下と接することも披露した。
パネルディスカッション終了後、記者会見がセッティングされた。「VISION2030」は、人が原点といってもよい。そこで人事制度などに質問が集まった。
DX人材に注力し、年功序列廃止など人事制度改革に着手
――「VISION2030」を実行するには今とは異なる人事制度が必要になると思いますが、どうようなことを検討されていますか。
寺田社長 新しい領域に踏み込んでいくためには、新たな人材が必要になってきます。しかし、現状の人事制度では追いつかないこともあり、まさに現在、人事制度改革に取り組んでおります。
また、新規事業でいえば、エネルギーやDX関係に注力していきたいが、関係する人材は社内からの育成に加えて、社外人材も必要に応じて、採用していきたい。特に今後、東急建設は「人とデジタル」、具体的にはBIM/CIMの領域には他社には負けないゼネコンでありたい。
また、評価制度は年功序列を廃止し、今後ジョブ型なども含めた新たな成果主義も模索していきたい。若手が成長しても、上が詰まっていると、その成長は止まります。また長く在籍すると偉くなるとか、ポストが与えられるなどの制度はもうやめにするというスタンスでいます。
――本日のお話では、「と」の力が大きな話題でした。これから、異業種も含めて連携も必要になってきますが、いかがでしょうか。
寺田社長 建設業界自体が会社数も多いですし、そのうち再編は避けて通れない環境にあると思います。一方で、建設業界内だけでアライアンスしても、イノベーションは生まれないでしょう。ですから異業種とアライアンスを組むことが必要で、積極的に進めたい。今、東急グループの大学(東京都市大学)ともアライアンスを組んで共同研究しておりますが、さらにより一層深化させ、イノベーションを実現していきたい。
――「VISION2030」を契機に会社の空気も変わりつつあると思いますが。
久田氏 社員も目の前の仕事を優先することもあり、長期ビジョンについてはなかなか腹に落ちない部分もあるかと思います。しかし、本日の渋澤さんのお話にあったように2020年以降、世の中の構造が変わりますから、ゲームチェンジしなければなりません。
今、ミレニアム世代、Z世代と呼ばれる若い世代が、今回の「VISION2030」策定を契機に、元気が出てきて、会社を変えようという新たな息吹が生まれてきましたので、会社もそれを阻害しないようにしていきたい。
今、日本は、少子高齢化だけではなく、高度成長やバブル期の成功体験が現在では成長の阻害要因となっており、日本全国でイノベーションのジレンマに陥っている。
つまり、顧客のほかの潜在的な需要に気付けず、異質な技術革新を保有する海外の新興企業に敗北する現象が各所で起こり、日本全体の衰退にもつながっている。この30年間、日本でGAFAMのような企業が1社も登場していないことが、それを象徴している。
そこで各企業が独自に対応するよりも、外部の力と協働することで、新たな成長も生み出せる戦略が今後、重要になってくる。
コーディネーターをつとめた永井氏は、イノベーションにはビジョンが大切であると述べた。「VISION2030」や新たな人事制度、渋澤氏が提唱した「と」の力によって、東急建設は今後、どのようなイノベーションを生み出すことができるのか、これから大いに注目が集まるだろう。