デザイン性が高まった潮目
――やはり沖縄県内は、優秀な建築家が育ちやすい環境が整備されているのですか?
入江准教授 琉球大学に建設工学科(現:工学科建築学コース)が設置されたのが1978年ですので、それまでは沖縄工業高校で建築を学んで建築家になる人が多くいました。上京して大学で建築を学んで沖縄に帰ってきた建築家もいますが、数で言えばあまり多くないと思います。
戦後はアメリカの影響を受けていたこともありますので、他の都道府県と比較するとデザインに対する意識は多少違っていたのかもしれません。実験的なRC造であったり気候環境への適応など、かなり合理的な発想から建築してきたと思います。
戦後の近代建築では、このような合理性が先行していましたが、最近の現代建築では合理性に加えて、沖縄というイメージからくる強い象徴性が加味されたものが多く建築されているように思います。
――なにがキッカケで庁舎のデザインが変わるようになったのですか?
入江准教授 厳密な時期は明言できませんが、首里城の復元が行われた1992年が節目の年と言えると思っています。
そして、庁舎に限らず沖縄県内の多くの建築物で頻繁にコンペが開催されてきました。首里城復元を背景として、”沖縄らしい建築物”を建築しようとする意識が高まった結果、コンペでもそのような象徴としてのデザインが頻繁に見られるようになったのだと思います。
“表面的な沖縄らしさ”が増えた?
――だから庁舎を始め、沖縄県には、沖縄らしい建築物が増えたわけですね。
入江准教授 はい。ただ、素敵な建築物も多いと思うのですが、一方で、赤瓦とか琉球石灰岩とか沖縄らしいと思われやすい材料が”記号”のように使われている印象があります。
90年代以前からコンペはあったわけですが、沖縄の文化や気候風土を考えたものも多くあり、解体されることになっている「那覇市民会館(旧:那覇市公会堂)」は、RC造の建築物に赤瓦を割って小口を見せて並べた屋根を載せて陰を生み出すという、沖縄の文化を尊重しつつも建築の近代化を受け入れようとした新しいタイプの沖縄建築でした。
しかし、やはり1992年を境に、その前後の建築物のデザインは大きく変わったように感じます。
――首里城復元がコンペの流れを大きく変えた…と?
入江准教授 コンペではキーワードが明確なほうが目を引くため、どうしても『沖縄の文化や伝統を意識してます!』というものが採用されやすいのかもしれません。最近では、県民よりも観光客に好まれるようなデザインの建築物が散見されますね。
ちなみに、これは一概には言えませんが、他の都道府県の建築家・建築設計事務所のほうが、コンペで沖縄的な要素を入れようという気持ちが強いかもしれませんね。良く言えば、沖縄の文化や歴史を大変勉強された結果とも言えるのでしょう。
しかし、穿った見方をすると、「コンペで目を引くために、赤瓦や琉球石灰岩、花ブロック、もしくは建築物に限らず沖縄の伝統的な工芸品等を記号的に建築提案のキーワードとして過度に入れ込もうとしているのでは?」と疑問に思うこともあります。もちろん、これは沖縄県外からの提案に限ったことではありません。
デザイン性が先行するのは危険
――最後に、庁舎に限らず、沖縄県内の建築物についてです。入江さんはどのように、デザイン性・機能性・安全性のバランスを取ることを求めますか?
入江准教授 もちろん強い台風も来ますので、安全性は担保されるべきです。そのうえで、気候風土に適応するよう機能性を重視していればデザイン性は必然的についてくると思っていますし、そのようなデザインを考えていきたいと思っています。
例えば、「名護市庁舎」では、日差しや緑などが意識されており、いろいろな半戸外空間に陰ができ、風の道ができるように計算されています。また、「ホテルムーンビーチ」は、ピロティーで建築物の内外を繋ぎ、人と風の柔らかい流れを生み出す建築提案でした。
――デザイン性を先行させるのはあまり好ましくないのですね。
入江准教授 赤瓦や琉球石灰岩も良いですが、実質的な機能性とかけ離れたアイデアになっているものには違和感を覚えます。もちろん、その土地の歴史や文化に対する理解や、先人たちが築き上げた建築の技術に敬意を払うことを忘れてはいけません。
しかし、異常気象も問題視されている中で、時代の変化を読み取り、そのうえで機能性を追求した先に自ずとデザイン性も高まるでしょうし、まずはその土地についてよく理解しなければいけないと思います。そうしたことすべてが、デザインという言葉に含まれるのではないでしょうか。
――沖縄県の建築業界は、今後どのように発展することが望ましいとお考えですか?
入江准教授 沖縄県は、平均気温が高かったり台風被害が多かったりなど、本州とは違った環境にあります。ただ、東京都等でも猛暑に関する報道が毎年取り上げられ、台風の進路が変わって本州を直撃することも珍しい話ではなくなり、今の沖縄県の現状は日本の未来を表しているのかもしれません。
そのため、沖縄県内からプロトタイプとしての建築を提案・発信していくことができる可能性があると思っています。地球温暖化に加えてSDGsなどが注目され、建築業界の転換が求められている昨今、沖縄県が担える役割は大きいのではないでしょうか。
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