公益社団法人土木学会(谷口 博昭会長)は、現状の制約に縛られず、未来志向で従来からの価値観からの転換を図り、分散・共生型国土像を目指した土木のビッグピクチャーの提言をまとめた。提言名は「Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー~人々のWell-beingと持続可能な社会に向けて~」。
提言内容は、インフラ概成論を批判。今後も生産性向上を目指していくためにも、未来志向で経済社会再構築のための積極的なインフラ投資を進める欧米諸国に学び、日本でも同様な施策を進めるべきとした。
現在の社会資本整備投資は、「防災・減災、国土強靱化」や「維持管理・更新」にそれぞれ3割の予算が充てられ、未来に対する先行投資、次世代が躍動する基盤を築くための「成長基盤整備」は約4割。暮らしの安全確保と現状の水準を維持しつつ、未来への負の遺産とならないように、成長基盤への投資を確保することも強調した。
ビッグピクチャーを実現する制度として、長期計画の制度化、事業意思決定手法の見直し、公的負担のあり方や共生促進に向けた国民参加を提案している。
提言策定にあたり、谷口会長が特別委員会を設置し、各支部からの意見も取り入れ、1年かけて検討し、今回まとめた。6月6日に東京・新宿区の土木学会本部で記者会見が行われ、谷口博昭コロナ後の”土木”のビッグピクチャー特別委員会委員長、屋井鉄雄同副委員長(土木学会副会長)が説明した。
ありたい未来の姿の実現向け新たな国土像を

出典:土木学会提言書より
提言書は、第1章「趣旨 ビッグピクチャーを土木学会から発信する意義」、第2章「基本的考え方」、第3章「ありたい未来を実現するために」、「第4章 土木の裾野の拡大と土木技術者の役割」などから構成している。
提言では、「ありたい未来の姿」を実現するため、分散・共生型国土像としては「リスク分散型社会の形成」と「共生によるWell-beingの向上」を目指すことを提案。地方の特色ある自立的な発展を促進するとともに、過度な東京一極集中を是正するとともに、自然や歴史文化との協調・共生を尊重した新たな国土形成を目指すべきとした。
分散・共生型の国土形成を実現していく上で、国土強靱化、地方創生、経済安全保障、インフラメンテナンス、脱炭素化(カーボンニュートラル)、グリーンインフラと生物多様性、DX社会への対応が重要であるとの認識を示し、関係する政策やインフラの例も示した。
そこで土木のビッグピクチャーを実現する制度としては、長期計画の制度化がポイントとし、それが地域の持続性、地域の将来に対する安定感を高め、民間投資にも繋がり、同時に地域社会の安全を守り、非常時の対応を担い、「あたりまえ」の維持に不可欠な産業としての建設業の技術力や継続性を支えるとした。

出典:土木学会提言書より
「やはりコロコロと将来像が変わるのであれば民間も安心して投資できないことは当然のことであり、今、建設業がそのあたりまえのことを支えていますが、しっかりとした長期計画を示し、財源を明記することが非常に重要と言えます」(屋井副委員長)
そのため、事態が深刻になる前に、必要なインフラ整備・保全を計画的・効率的に実施するためのインフラ長期計画の法整備が肝要であり、その上で実効性の高い地域長期計画の制度化を進めるべきとの認識を示した。

屋井鉄雄同委員会副委員長(土木学会副会長)
インフラ投資は古代ローマ人の知恵に学ぶべき
また、近年でのインフラ事業の採択・決定に費用便益分析が導入されており、現行制度では、B/Cが1.0を上回るかで事業実施の決定を行うことになっている。この施策について「公共投資の本質ではない」と批判。
「あたりまえ」を支える事業や、安全、医療、雇用、教育、福祉など国民にとって快適な暮らしを支える事業であればB/C<1.0であっても公共投資として推進すべきとした。
「作家の塩野七生さんによると、ラテン語にはインフラに相当する言葉がなく、代わりに”モーレス・ネチェサーリエ”(moles necessarie)があり、これは人間が人間らしい生活をおくるための必要な大事業を意味します。古今東西最大のローマ帝国は地中海沿岸に今日では高速道路に相当するアッピア街道約8万kmを張り巡らせ、ほか上下水道も完備しています。公共投資にはB/Cだけではなく、古代ローマ人の視点からも学ぶべきではないでしょうか」(谷口会長)

出典:土木学会提言書より
さらに公的負担の制度化も大きな視点だ。巨大災害を想定した事前復興対策のための財源の確保では、東日本大震災などで得た多くの貴重な知見や教訓を踏まえ、事前復興を含む国土強靱化のための予算を別途確保し、着実に事前復興対策を行うべきとした。国の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の後も、継続的・安定的な形で、事業規模を明示しつつ、中長期的で明確な見通しに基づいた対策を恒久的な制度のもとで、取組みが必要とし、ポスト5か年対策に言及した上で、欧米諸国の事例を挙げ、国民参加を求めた。
諸外国の土木技術者とビッグピクチャーの概念を共有すべき
そういう中で土木技術者の役割や使命はますます重要になる。より多くの国の土木技術者との交流と議論を通じてビッグピクチャーの概念を共有し、「Well-beingの更なる向上」にはインフラが大きな貢献を果たすという事実を各国の土木技術者とともに認識していけるような行動を展開すべきとした。
さらに土木技術者は総合俯瞰力を持ち、土木の営みに対する矜持と誇りを持ち、そして土木に必要とされる広い分野における知識、見識やリーダーシップを兼ね備えるという自覚を持ち、地域や国民と「共生」しながら、国土・地域づくりを先導する覚悟を持ち、あらゆる境界を開き、未来のために取り組んでほしいと願った。
土木学会は6月8日、国土交通省の斎藤鉄夫大臣を訪問し、提言書を手交、7月には関連するシンポジウムを開催する予定だ。