全国No.2の地方整備局トップとしての抱負
施工の神様ではすっかりお馴染み感のある国土交通省の見坂茂範さんが今年7月4日、近畿地方整備局長に就任した。
近畿地方整備局についてここで説明する必要はないと思われるが、近畿2府6県のインフラ整備を所管する行政機関であり、関東地方整備局に次ぐ全国No.2の地方整備局だ。そんな組織のトップとして、今後その辣腕をどう振るっていくのか。お話を伺ってきた。
安全・安心を確保したい
――就任の抱負をお願いします。
見坂さん 私がやりたいなと思っていることは、主に3つあります。1つ目が「安全・安心の確保」です。近い将来に南海トラフ巨大地震の発生が予想されており、紀伊半島を中心に大阪湾にも影響があると言われています。地震に備えた対策をしっかり講じなければなりません。
また、近年はゲリラ豪雨による被害が激甚化しています。たとえば、今年の6月には和歌山で線状降水帯の発生に伴う記録的な降雨により、土砂崩落に伴う国道の通行止めが発生しました。これらの災害に備えるための安全・安心の対策をしっかり進めていきます。
関西経済を元気にしたい
見坂さん 2つ目が、「関西経済を元気にしたい」ということです。そのためのインフラ整備をしっかりと行なっていきます。私自身は関東地方整備局勤務が長いのですが、関東と関西のインフラ整備を比べると、「近畿のほうが遅れているな」という印象を持っています。
関西経済を元気にするためにも、関西のインフラ整備を加速させていかなければいけません。2年後に大阪・関西万博も控えていますしね。ただ、私は万博は通過点に過ぎないと思っているので、万博のためにやるのではなく、万博を契機として関西経済を発展させていくというスタンスで、それを支えるインフラ整備をしっかりやっていきます。
魅力ある建設業にしたい
見坂さん 3つ目が、「魅力ある建設業にしたい」です。前職では、本省の技術調査課長として、建設業関係の仕事をしていましたが、日本の生活経済を支えているのは建設業だと思っています。魅力ある建設業のためには、働き方改革をはじめ、給与アップといったことも実現していかなければなりません。
たとえば、労務単価については、11年連続でアップしているところですが、こういったことも含めて、建設業に携わる方々が生き生きと働けるように、建設業界の要望を聞きながら、いろいろな支援をしていきます。
次なる事業をドンドンつくっていくのも私の仕事
――近畿地整での仕事としては、京都国道事務所のご経験がおありですね。
見坂さん そうですね。平成19年から2年ちょっと京都国道事務所長をしました。勤務経験自体は少ないですが、そもそも私は生まれが兵庫で、大学も京都でしたので、関西は馴染み深い場所です。もちろん土地カンもありますよ(笑)。そういうこともあって、関西を元気にしたいという思いは人一倍強いと思っています。
――京都国道事務所にいらしたころと今とでは、関西のインフラ整備の状況もだいぶ変わっているのではないですか?
見坂さん 15年前のことなので、だいぶ変わっていますね。当時は京都縦貫道と名神高速を結ぶ京都第二外環状道路をガンガン整備していました。所長として2kmちょっとのトンネル工事の発注も行いましたし、用地買収もやりました。
ただ、最近は大きなプロジェクトがなくなっているので、元所長としてはちょっとサビしいです(笑)。京都国道事務所を含め、次なる事業をドンドンつくっていくのも、私の仕事なのかなと感じています。すぐにはできなくても、5年後10年後を見据えたプロジェクトの仕込みをしっかりやっていきたいです。
ものごとをスムーズに進めるためには、トップが動くことが大事
――近畿地整での思い出はありますか?
見坂さん 当時、京都国道事務所長として、淀川河川事務所長と所長同士で話し合って、トップダウンで、いろいろなインフラ整備をスムーズに進められたのが思い出として残っています。ものごとをスムーズに進めるためには、トップが動くことが大事なんだなと痛感しました。
――たとえば、具体的にどういったことがありましたか?
見坂さん 国道の脇に淀川(木津川)が流れている区間があるのですが、河川の脇なので歩道に草がボーボーに生えているので、地元の首長さんから「草を刈るのが大変や。なんとかしてくれへんか」というお話しを受けました。
そこで、京都国道事務所としては、路肩にコンクリートをはれば草が入ってこなくなると考えたのですが、河川管理者との調整がうまくいかず、事務方同士では話がまとまりませんでした。そこで私が淀川河川事務所の所長と直接話をしたら、「ギリギリのところまでやったらかまへんで」という話になり、コンクリートをはることができました。草が生えなくなって、道路の見通しが確保されたことで、首長さんからも非常に感謝されました。
南海トラフ巨大地震対策が喫緊の課題
――近畿地方整備局の現状、課題について、どう整理していますか?
見坂さん 近畿地方整備局は、京阪神だけでなく、北は福井、南は和歌山と広いエリアを抱えています。京阪神では、阪神高速など有料道路制度を活用した都市型のインフラ整備が進められており、地方部では、これまで順番待ちをしていた高規格道路の整備が進められているところです。
冒頭に申し上げた防災の観点でいきますと、現在、南海トラフ巨大地震として、マグニチュード8〜9クラスの地震がいつ起きてもおかしくない状況になっています。管内で一番危険なのは和歌山で、地震発生に伴い、最大約17mの津波が予想されています。したがって、津波対策が喫緊の課題になっています。
津波対策として、浸水が予想されている国道の代替路として、近畿自動車道紀勢線の整備を進めています。私が京都国道事務所にいたころに比べると、だいぶ南のほうまで整備が進んでおり、現在は南端の串本町周辺のすさみ串本道路、串本太地道路などの整備を進めているところです。防災対策としての道路整備という側面があるので、スピード感を持って進めていきたいと考えています。
ミッシングリンクが非常に多い
――いわゆる高規格道路のミッシングリンクはどうなっていますか?
見坂さん それは私の専門です(笑)。管内ではいろいろなところで道路整備を進めていますが、ミッシングリンクが非常に多いんです。大阪都市圏で見ても、阪神高速の湾岸線西伸部は、六甲アイランドまでしかつながっていません。淀川左岸線も現在整備中で、いずれ第二京阪道路までつながないと意味がないと思っています。第二名神道路についても、大津〜城陽間がつながっていませんし、高槻のほうもつながっていません。直轄事業でも、さきほどお話しした紀勢線はつながっていませんし、北近畿豊岡自動車道もつながっていません。
現状はこういった感じですが、5年後、10年後に、これらのミッシングリンクがつながれば、管内全域として交通アクセスは格段に良くなります。ミッシングリンクの解消はすぐにできるものではありませんが、私が局長の間にも、しっかり重点を置いて進めていきます。
ミッシングリンクについては、まだ構想中の区間は多少時間をかけてもいいですが、事業化している区間については、スケジュール感を持って早く完成させることが公共事業の鉄則だと考えています。そういった心構えで、ミッシングリンクの解消に取り組んでいきます。
大阪湾岸道路西伸部については、先日六甲アイランドとポートアイランドを跨ぐ橋の基本構造が決まり、今後工事を発注する予定です。軟弱地盤なので、時間もお金もかかる事業ですが、われわれとしては、阪神高速、地元自治体と一緒になって、事業をしっかり進めていきたいと思います。
淀川左岸線延伸部についても、まだ時間がかかる事業ですが、第二京阪道路とつながるようしっかりとやっていきたいと考えています。
――構想中の路線にはどのようなものがあるのですか?
見坂さん たとえば、紀伊半島(和歌山市)と淡路島(洲本市)をつなぐ紀淡連絡道路があります。この道路は、私が道路局の係長のときに調査を進めた道路なんですが、残念ながら、一旦中止になった道路です。ただ、いずれ、20年後、30年後には必要になる道路だと思っているので、構想中の道路として位置付けておくのは大事なことだと考えています。
まちの活性化には将来を見据えたインフラ整備が必要
――大阪市内では再開発が進められています。
見坂さん 京阪神の動きに目を向けると、大阪・関西万博の後にも、リニア中央新幹線の開業、北陸新幹線の開業といったビッグイベントが予定されています。いずれも20数年後のイベントではありますが、インフラ整備というものは、長期的な視点を持ち、将来を見据えて、今のうちから動いていかなければなりません。
大阪中心部に関して言えば、都市再生緊急整備地区として、大阪駅・梅田駅周辺、新大阪駅周辺などが地区指定されており、再開発が進められています。この都市再生事業については、近畿地方整備局としても、大阪府、大阪市と連携しながら、支援させていただいています。
大阪市役所の方のお話では、これまではキタとミナミが大阪の中心地でしたが、東のほうにある大阪城公園周辺、ベイエリアにある大阪コスモスクエア駅周辺など、その他のエリアにも目を向けてまちづくり、活性化していきたいという思いをお持ちです。大阪が元気になるためには、キタとミナミ以外のエリアの活性化が必要であり、そのためには鉄道や道路などのインフラ整備も必要になります。われわれとしても、その辺の支援をしっかりやっていきたいと思っています。
大和川で流域治水を強力に推進
――河川の動きとしてはなにがありますか?
見坂さん ゲリラ豪雨対策としては、管内の河川で流域治水の取り組みを進めているところですが、その中でも、大和川は、流域治水関連法施行後、全国初となる特定都市河川指定を受け、流域治水を強力に進めているところです。流域の自治体などと連携しながら、遊水池などハード整備をはじめ、ため池の活用、土地利用規制といった取り組みを進めています。大和川中流域の窪田地区では、災害時の活動拠点として河川防災ステーションの整備に今年度から着手しています。
港でのカーボンニュートラルを推進
――港湾はどうですか?
見坂さん 港湾事業としては、神戸港のポートアイランドで耐震対策を実施しているほか、和歌山港で津波対策を行っています。港湾での重要な取り組みとして、カーボンニュートラルポートの形成というものがあります。関西のベイエリアには、大阪神戸を中心に工業地帯が形成されていますが、立地企業のカーボンニュートラルに対する意識が高いです。港湾関係者だけでなく、荷主の方にもご参加いただきながら、港におけるカーボンニュートラルを推進していくことにしています。
増えた儲けは社員や協力会社に還元してほしい
――いわゆる働き方改革への対応について、どう取り組んでいきますか。
見坂さん 魅力ある建設業の実現のためには、かつての3K(キツイ、キタナイ、キケン)から新しい3K(給与が良い、希望がある、休暇が取れる)にシフトしなければなりません。現場をあずかる者として、新3Kをしっかり推進していきたいと思っています。
われわれ発注者としては、今年度、設計労務単価を5%ほど上げましたが、受注者の皆さんには、その分を社員や技能労働者の給料にしっかり還元していただくことを期待しています。自分で試算してみたのですが、工事の規模にもよりますが、設計労務単価を5%上げると、予定価格がだいたい2%ほど上がるんです。建設業界に対しては、増えた儲けを内部留保するのではなく、社員や協力会社に還元してほしいということを引き続きお願いしたいです。大事なことですので。
猛暑日を作業不能日にカウントするようにしたのは、私
見坂さん 直轄工事については、週休2日を標準として実施しているところです。前職の技術調査課長のときには、「週休2日を工期にしっかり反映させなければならない」ということで取り組みました。その結果、今年度から週休2日を前提とした工期設定になりました。あとは、猛暑日を考慮した工期設定も取り入れました。
これまでにも、雨や雪が降ったときは作業不能日として、その分工期を長くするということを実施してきました。雨や雪が降りそうな日数をあらかじめ工期に組み込んでおくわけです。この作業不能日に、今年度から猛暑日を加えました。私は「猛暑日は基本的に働くべきではない」と考えています。具体的に言うと、環境省が「暑さ指数(WBGT)」というものを出していますが、この指数が31を超えた場合は働くべきではないということです。
年間に何日猛暑日になるかをエリアごとに算定して、その日数を工期に反映させ、工期を長くするということです。今年度から直轄工事で実施しています。この取り組みに対しては、建設業界の方々から感謝していただいています。
近畿地方整備局独自の取り組みとしては、令和5年4月以降、毎月第2土曜日の建設現場一斉閉所を実施しています。この取り組みは、近畿地方整備局だけでなく、管内の府県、政令市も含めて実施しているところです。この取り組みが他の発注者にも広がっていくことを期待しています。
DX推進により、希望が持てる建設業を実現する
見坂さん 「希望が持てる」という観点では、DXがあります。i-Constructionの活用による無人化施工、自動化施工を実施するということです。近畿地方整備局では、平成23年に深層崩壊した奈良県五條市の赤谷地区で災害復旧工事の無人化施工を実施済みです。この事例は全国的に見ても先進的な取り組みだと思っています。
また、奈良や和歌山の山間部でドローン自立飛行の実証実験なども行っています。調査用と無線中継用のドローン2機併用ということで、なかなかおもしろいことをやっていると思っています。あとは、人材育成ということで、ICT施工や無人化施工などについて学ぶDX研修も実施しています。
ノウハウを駆使し、日本館建築工事で大手ゼネコンと随意契約を締結
――大阪・関西万博に向けた近畿地方整備局の取り組みについて、教えてください。
見坂さん 海外パビリオンについては遅れが出ていますが、インフラに関しては順調に整備が進んでいます。開催期間中、多くの人々をいかにスムーズに万博会場に運ぶかが非常に重要であり、来場者の輸送計画をしっかりと構築しておくことが重要だと考えています。
万博アクセスについては、大阪市が橋梁の拡幅工事、大阪メトロが地下鉄の延伸工事をそれぞれ進めているところです。また、阪神高速が淀川左岸線事業として現在建設を進めている工事中の道路を一部暫定供用することで、新大阪駅や大阪駅から万博会場までシャトルバスを運行する予定です。
日本館の発注については、7月中旬に大手ゼネコンと随意契約を結ぶことができました。海外パビリオンの発注は万博協会が実施していますが、日本館については、経済産業省から委託され、国土交通省が発注しています。国土交通省が持つノウハウを駆使した結果、無事契約にこぎつけることができました。工期的にはキビしいですが、開催に間に合うようしっかり工事を進めていきたいと思っています。
万博関連工事の中で、近畿地方整備局が直接関わっているのは、日本館だけですが、日本館以外で関連する工事としては、淀川大堰閘門の整備事業があります。閘門とは、水位の異なる水面を船が行き来できるようにする施設で、万博開催期間ごろに完成する見込みです。万博に来た海外のお客さんなどに船観光を楽しんでいただくほか、万博を契機として、淀川舟運の復活を軸にした川沿いのにぎわい創出、新たなまちづくりにつなげていきたいと考えています。
関西経済界の近畿地整に対する期待は非常に大きい
――見坂さんの目から見て、関東地方整備局と近畿地方整備局との違いはどう映っていますか?
見坂さん 関東地方整備局は一番大きな地方整備局であり、インフラ整備も一番進んでいます。とくに首都圏はスゴく進んでいます。それに比べると、近畿地方整備局はミッシングリンクも多く、インフラ整備は遅れています。
その一方で、地元の経済界の地方整備局に対する期待という意味では、近畿地方整備局のほうがはるかに大きいという印象を持っています。と言うのも、関東の経済界、首都圏の経済界は、さいたま新都心の関東地方整備局ではなく、霞ヶ関の本省のほうを向いていると感じます。その点、関西の経済界は近畿地方整備局に対して、大きな期待をかけていただいていると、着任後の挨拶回りなどで実感しました。
たとえば、先日は地元経済界のトップの方や、私鉄大手のトップの方々と、それぞれお話をしました。関西経済界の主要メンバーの方々が近畿地方整備局長と話をしたいとお考えになっているわけです。関東だとそのようなことはまずありません。私は近畿地方整備局に対する期待の表れだと思っています。それをハダで感じましたね。近畿地方整備局と関東地方整備局の一番の違いはそこだと感じています。
また、経済界だけでなく、市町村長から直接陳情を受ける機会も非常に多いですね。市町村長からの期待もヒシヒシと感じているところです。
私はトラブル処理が得意
――局長というポストはどうですか?
見坂さん これまで経験したポストとはずいぶん違います。私は、局長というポストに就いたからには、「細かいことはあまり言うべきではない」と考えています。基本的に各部に任せることにしています。これは私のポリシーです。局長は、部レベルでは判断できないことだけ判断する、ということです。
私はトラブル処理が得意なので、職員には「トラブったときだけ相談に来たらいいよ」と言っています(笑)。とは言え、たとえば、経済界の方々や首長とお話をして、汲み取れていないニーズがあれば、それを汲み取って、部下に伝達する、といった仕事はやりますけどね。
でも、近畿地方整備局には優秀な職員が多いので、基本的には、職員を信頼して日常の仕事はできるだけ職員の自主性にお任せしようと思っています(笑)。