サブコンの下請けが、元請けゼネコンに異議を唱えた事例
「なんでここにスイッチボックスがないんだ!?」
電気設備担当者が現場で発する姿が目に浮かぶ。あるはずのものがない状況こそ現場担当者が一番困る問題だ。だが、施工者側にも言い分がある。
「そんなもの渡された図面には書かれていない」
図面に書かれていないものはもちろん施工しない。見積もりにも入れていない。だから急に「ない」と言われても困る。現場担当者にとってこのようなやり取りは日常茶飯事。現場監督は、このようなやりとりをするために存在するのではないかと思えるほどだ。
私は以前、現場の電気設備の2次請け協力会社の監督から図面を見せられ、「あんたの会社はここも足りない、あそこも足りないと言うけれど、これ見て。そんなの図面にないじゃない……」と涙ながらに言われたことがある。多分、折衝に負けて図面にないはずの機材を入れさせられたのだろう。もちろん、追加費用はもらえなかったはずだ。当時入社したてで、電気設備の担当ではなかった私は、その現場監督(60代のおじさんだ)の愚痴のハケ口にはうってつけだった。私は若手であったが、「良い」現場監督になろうと努めていた。技術や知識はないが、愚痴のはけ口ぐらいにはなってあげたい。そう思い、夜の11時を回っても彼の愚痴を喫煙所で聞き続けた。
だが、そもそも何故このような問題が発生するのだろう。彼の会社は2次受けの電気設備業社だった。つまり1次受けのサブコンの下請けである。ということは、サブコンが彼の会社に渡した図面が間違っていたのだろうか。ならば何故元請けの私たちの事務所に相談に来るのだろうか。私は担当ではないから詳しい経緯を聞きそびれてしまったが、私たちの事務所に直接乗り込んで来るということは、恐らくサブコンも把握していなかったのだろう(と想像する)。
階層構造の建設現場は、下請けが泣き寝入りする
建設現場は数多くの会社が出入りする。それが階層構造になって統括されて現場が構成される。そのため元請けと直接やり取りを行うことができるのは限られた会社だけだ。しかし最新の図面は常に元請けから発信される。もし図面が変更されれば、その情報は1次、2次と順をおって現場に行き渡る。当然そこには時差が生じ、変更点が正しく反映されないまま古い図面で作業することも当然でてくる。
先ほど挙げた経験談は、電気の担当者がきちんと図面変更の内容を把握せず、協力会社に情報を伝達し忘れていたのだと思う。ただ不合理なのは、その結果被る損害を下請けが受け持つことになった点だ。いわゆる泣き寝入りである。このような事態が頻発していては、建設業の未来は暗いものになるだろう。60代のおじさんが20代そこそこの若造相手に夜中まで愚痴をこぼすような環境に、進んで入職したいとは思わないはずだ。
だが私はこの状況を変える手段があることを知っている。最新の情報をリアルタイムで共有し、やり取りを記録するツールが既に存在する。今回はそのうちのいくつかを紹介したい。ちなみに私はツールのセールスマンではない。ただこういうことができることを知ってもらいたいのである。
現場の図面、書類、写真をまとめて管理するツール「Autodesk®︎ BIM360 docs®︎」
オートデスクという会社を知っているだろうか。もし知らなくてもAutoCADなら使ったことがある人がいるかもしれない。オートデスクはCADと呼ばれる図面を作成するソフトウェアを開発する米国の大手企業だ。CADといえばAutoCADと言われるぐらい知名度は高い。
この会社が販売している製品の中にBIM360というものがある。これはインターネットを通じて図面を共有したり、写真やファイルを保存したりできるサービスだ。 BIM360にはいくつか種類があり、図面やファイルを共有することが目的ならBIM360 docs(ドックス)を使えばいい。BIM360 docsには、このサイトからアクセスできる。英語表記だから最初は驚くかもしれないが、ログインすれば日本語で利用できる。右上の「START FOR FREE」をクリックしてメールアドレスを入力すれば、あとは日本語の説明に従ってアカウントを作成できる。
BIM360 docsの利点は1工事(BIM360の中では1プロジェクトと呼ばれる)だけであれば無料で利用できるところだ。しかも共有する人数やファイル数に制限なく使える。さらにAutoCADのデータも保存し、閲覧することもできる。 指摘事項や情報提供依頼という機能を使って、現場の不具合や元請け、他社とのやり取りも行うことができ、さらにそのやり取りはBIM360 docs上に保存される。これで過去の不具合やその対処のやり取りなども遡って見ることができる。うまく活用すれば、言った言わないの問題から解放されるかもしれない。
ファイル、写真の保存をするためのツール「box、Dropbox」
box、Dropboxはそれぞれ別のサービスだが、類似する機能が多いので並べて列挙する。box、Dropboxはクラウドストレージサービスと呼ばれるインターネット上のファイル保存場所を提供するサービスだ。普段からパソコンを触る人は自分のデスクトップやマイドキュメントに大量のファイルを溜め込んでいると思うが、それをインターネット上に保管してしまおうというのがクラウドストレージサービスだ。
ファイルを保管するだけであれば、これらのサービスはあまり意味をなさないかもしれないが、ファイルを共有することで冒頭のような問題を解消できる。例えばWordのファイルをboxやDropboxに保管しておく。今まではメールに添付して送付していたものは全てこれらのサービスの中に保存し、相手に送る際は共有リンクと呼ばれるURLを送付する。すると送られたファイルは相手も閲覧でき、同じファイルを扱うことができる。ここで相手から変更や編集の指示があった場合は、相手にファイル上でコメントを記入してもらう。やり取りは全てbox、Dropboxに保存されている。このような機能はバージョンと呼ばれ、過去のバージョンに遡れば誰がどのように内容を変更したかがわかるようになっている。
さらにbox、Dropboxが最近になって追加した機能にPaperというものがある。これはPaper(紙)が意味するがごとく、文章を書いたり写真を貼り付けたりして相手と内容を共有できる機能だ。これを議事録として利用すれば自分と相手の話した内容を理解することができ、誤りがあれば互いに修正しあえる。もちろんこの修正のやり取りも記録されているので、あの時あなたはこういったと言ったこともきちんと整理できる。
Dropboxは2GBまで無料で利用できる。また月々1,200円のプランであれば1TBまで容量を増やすことができる。一方boxなら無料でも10GBまで利用できるが、ファイルの容量が250MB以上のものは保存できないという制限がある。
現場の仲間との連絡ツール「Slack」
建設業界でSlack(スラック)を聞いたことがある人は意外と少ないかもしれないが、LINEなら多くの人が使ったことがあるのではないだろうか。LINEはチャットと電話ができるアプリだが、Slackはチャットとファイル共有ができるアプリだ。
チャットをするだけならLINEでも構わないのだが、やり取りを記録したり、資料を共有したりするならSlackの方が優れている。例えばLINEで過去の発言を検索するには、指で一生懸命上に戻らなければいけないが、Slackには検索機能がついているので、昔のチャットでもすぐに見つけられる。さらにLINEでは写真ぐらいしか送れないが、Slackであればワードやエクセルといったファイルも相手に送ることができる。無料のプランでもチャットのやりとりは10,000件まで記録でき、ファイルも一人5GBまで保存できるので、規模が小さい企業や現場であれば十分使える。容量が不足したら月々6.67ドルの有料プランに切り替えればいい。
ものは試しで使ってみる
大事なことは相手との情報のやり取りをリアルタイムに行い、やり取りを記録することだ。情報は常に更新される。その度に上からの指示を待っていては、実害を被るのは自分たちかもしれない。身を守るためにも、先手を打つためにも、最新の情報を入手する手段を持っておくべきだ。
また、やり取りを記録することは大事な生命線だ。言った言わないのやりとりは、精神的にも消耗するし、互いに気分がよくない。だったら指示は電話や個人のメールなど不透明な手段ではなく、透明性が高く、互いに管理できるシステムに切り替えるべきだ。
こういうことはわかっていても、現実的にやるのが難しいという人がいるかもしれない。確かにそうだ。私はゼネコンの情報システム部門でこれらの改革を進めようとしたが、かなり大変だった。しかし、ものは試しである。難しいからやらないというのは、技術者であればかなり嫌いな言葉ではないだろうか。
難しいけどとにかくやってみる意識が現場を変えて行く。幸いにも、今回紹介した製品やその他のシステムでも無料プランを設けているサービスは多い。だったら試しても損はないはずだ。そしてこれらのサービスは今からすぐに使い始めることができる。これを読んだら早速使ってみよう。不合理な現場を正すために起こさなければいけない改革はまだまだたくさんあるのだから。