デジタルと自然の融合は、これからの可能性を広げる一歩
――デジタル技術とみどりの研究をどう融合させていますか?
高取さん 研究では、シミュレーションや人流分析、リモートセンシングなど、デジタル技術をフル活用しています。たとえば、公園に来る人の行動をデータで分析したり、緑地の管理状況をAIで評価したり。熱や水の流れも、シミュレーションで詳細に把握できるようになりました。
でも、データだけでは不十分なんです。データ量が膨大になるほど、政策やデザインに落とし込むのが難しくなります。エビデンス・ベースというと、日本では、100%完璧なエビデンスを求めがちですが、環境学では6割程度の精度でも政策に反映できれば十分だという話もあります。たとえば、イギリスなど海外では、100%でなかったとしても、多様な分野が総力戦でより良い方向の未来に向かっていこうと、どんどん進める文化がありますよね。
それに、緑地の愛着や地域の人の関係性、自然に隠された多くの機能といった数値化できない部分も大切です。データと感覚の両方をバランスよく取り入れながら、計画・デザインに展開していく。難易度が高いですが、ランドスケープ分野のおもしろいところなのではないかと思います。
最近博士の学生と行った研究としては、VRゴーグルで都市の小規模な緑地を再現する研究がありました。花や水面がある緑地を360度で再現し、ストレスを与えた後に見せると、どのくらいリラックス効果があるかを、脳波や心拍数などで測定したんです。120人ほどに試してもらった結果、水面や、花のあるランドスケープが特にストレス緩和に効果的だと分かりました。
ただ、査読者からは「これが進むと、VRでみどりを楽しむ未来になるのでは?」と、ちょっとしたナイトメア扱いでした(笑)。ランドスケープ業界では、外の自然を大切にしたいという思いが強いので、デジタルがそれを置き換えるなんて考えたくないんですよね。でも、デジタルと自然の融合は、これからの可能性を広げる一歩だと思っています。
ランドスケープデザインは、まるで漢方医学のようなアプローチ(笑)
――高取さんにとって、ランドスケープデザインの魅力はどこにあると思いますか?
高取さん ランドスケープの魅力は、地域に蓄積された自然や歴史、文化を読み解きながら、未来を構想するところにあると思います。どんな人がそこで暮らし、どんな文化が育まれてきたのか。風土として培われてきたものはなにか。その流れを丁寧に見つめ直すんです。
今は、人口減少や災害、気候変動といった激動の時代ですよね。ゆっくり進行するリスクもあれば、突然起こるリスクもあります。ランドスケープは、そうした課題に対して、柔軟な余白として、バッファーのような役割を果たしながら、生命を守り、文化を作っていくことが可能になる都市の資産だと思います。風の流れ、水の流れ、人の流れ、生物の流れを読み解きながら、最適な一手を時間軸の中で打っていく。まるで漢方医学のようなアプローチだと思います(笑)。
たとえば、1938年にドイツ地理学者C.Trollが創始した景観生態学は、ドイツ地理学の伝統的研究対象である“景観「Landschaft」” と“生態学「Okologie」”という語を合成したものですが、「生物共同体と環境条件との間において、総合的で、しかも一定の空間単位内で支配している複合的な作用構造の研究」とされます。
視覚的な美しさだけでなく、そこで育まれてきた人と自然の融合的な環境・場を読み解くことを主眼とし、その後地域の総合的環境像としてのランドスケープの特質を評価し、望ましいランドスケープの形成を目指す保全と環境創造の学問分野へと発展していきます。このように、自然環境を人工空間と切り分けるのではなく、人間も生物共同体の一つとして、一体的に相互関係を捉えていく発想は、日本の文化の中で育まれてきた自然観との親和性があるかもしれません。
私が特におもしろいと思うのは、ランドスケープが媒介として間を取り持つ学問分野であることです。自然と人、過去と未来、人と人の関係を取り持ちながら、都市全体の持続可能性を支える基盤を生み出していく可能性を有している点です。今日、都市が直面する待ったなしの課題、気候変動による激甚化する自然災害、生物多様性の危機、拡大する社会格差、資本主義の限界に対しても、どのように人々が生きる空間を作っていくか、基盤から考え、取り組むことができることが、ランドスケープの魅力であり、力であると思っています。
住民の緑地への愛着や、場への記憶といった数値化しにくい要素も大切
――科学的なアプローチとどうバランスを取っているんですか?
高取さん ランドスケープは、科学的なアプローチが非常に重要です。ただ、工学的なアプローチだけではうまくいかないのではとも思っています。工学では機能を細分化してその中での最適化を目指しますが、現実は、予測を超えた複雑なネットワークで関係がつくられています。
ランドスケープは最終的に全体としてうまくより良い場となっていくように、総合化・統合化していく必要があります。たとえば、目に見えない、住民の緑地への愛着や、場への記憶といった数値化しにくい要素も大切です。科学的データと、そうした社会学的視点の両方を融合させて、デザインに落とし込むことが大切です。
実際、データだけに頼ると、緑地の持つ多面的な価値を見落とすことがあります。ある地域の公園が、数字上は「管理コストが高い」と評価されても、住民にとっては子どもの遊び場であり、コミュニティの絆を育む場かもしれません。そうした声を無視せず、データと感覚の両方でデザインを考えるんです。
近年は、ネットワークやビッグデータによりその見える化も可能となっているかと思います。そうした知見の融合も可能性があると思います。深く掘りながら、全体を繋いでいく、そうしたアプローチもランドスケープの醍醐味なのではないかと思います。
まちに出て、人と話して、地域を読み解き、実際にデザインに落とし込む
――この研究室の魅力はどんなところにあると思いますか?
高取さん ランドスケープは、プライベートとパブリックの間、自然と都市の間、人と人の間を、媒介していく学問分野です。時代時代で常にその関係性は変化し、それを読み解き構想していく力が必要とされると思います。研究室では、研究と実践の両輪を回していくことを、モットーにしています。まちに出て、人と話して、地域を読み解き、実際にデザインに落とし込む。そういうプロセスに興味がある学生に来ていただけると嬉しいですね。
今、ランドスケープが果たす役割はどんどん広がっています。たとえば、福岡で先生方や民間企業の方々と行ったイベントをきっかけに、2025年からスタートした、能登半島のコミュニティガーデンプロジェクトでは、震災後に、人口流出に伴い、壊れてしまった建物の公費解体で空き地が増えてしまう地域で、福岡市の進める「一人一花運動」のノウハウを活かして、まちに希望が灯るような、コミュニティガーデンを、多様な参加者との連携のもと、地域住民の方々ともご一緒につくっていっています。
俳優の常盤貴子さんがアンバサダーとなっていただき、七尾市長も参加いただきながら、一本杉通りの岡田翔太郎さんを実行委員長に、推進されています。3月22日に第一弾のガーデンワークショップを行い、4月30日には第二弾ガーデンがオープンになります。こうした実践を通じて、ランドスケープが地域をつなぐ力を実感しています。
――こちらの研究室の卒業生はどんな分野で活躍していますか?
高取さん 本当に多岐にわたりますね。設計事務所で公園や緑地設計に携わる人、ディベロッパーで駅前開発を担当する人、行政で都市計画に関わる人。最近は、ランドスケープで起業したいという学生も出てきています。
たとえば、研究室の私の先輩のOBの方で、東京でランドスケープの事務所を運営され、全国でさまざまなプロジェクトを手がけられていらっしゃったり、ランドスケープの可能性を広げています。また、農村部においても、ランドスケープに取り組むユニークな活動で、コミュニティと自然をつなぐ新しいモデルを提案されておられる方もおります。
ランドスケープの視点は、都市と自然をつなぐあらゆる仕事に活かせると思います。設計、計画、コンサル、起業――どんな道に進んでも、社会に貢献できる力になると信じています。これからも、いろんな形で活躍する人を育てていきたいですね。
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