1995年「世界都市博覧会」中止による建設業界の痛手
1995年、放送作家でタレント議員の青島幸男は参議院議員を辞職し、4月9日の東京都知事選挙に「世界都市博覧会の中止」を公約に掲げて出馬しました。翌1996年に東京臨海副都心で開催予定だった国際博覧会です。コンセプトは、臨海部開発の推進。建設業界にとっては躍進のチャンスでした。会場だけではなく、道路の拡充や地下鉄の延長といった交通工事の需要も生じます。
しかし、1991年にバブル景気が終焉を迎えると、臨海副都心のビルに入居を予定していた企業が相次いで撤退を決定しました。それを中止とする公約を掲げ、結果、青島幸男は170万票を獲得して圧勝しました。

世界都市博覧会の缶バッジ / 編集部私物
「政治リスク」からの東京都による救済
5月31日、青島幸男は都市博の中止を発表しました。人々は「まさか」「なんとガンコな」「本当に中止するとは信じられない」と衝撃を受けました。このような政策の変動によって生じるリスクは「政治リスク」と言われています。すでに半分ほどの施設が完成していたために東京都は多額の賠償金を支払うことになりました。さらに、未着手だった会場内の工事の受注がすべてキャンセルされるという問題が発生しました。
この問題については東京都は救済策として1社あたり2億円を限度とした緊急融資を実施し、最終的に280社に合計約77億8500万円を融資しました。中止から14年が経過した2009年12月の時点で約20億円が未回収のまま残っていたそうですが、都知事の決定した博覧会中止がそもそもの原因であるといった経緯があり、回収について強制的な措置を講じることは困難な状況だったそうです。
A市市長交代による200億円の「特定事業契約」の白紙化
国際博覧会ほど大規模ではなくても、政治リスクは身近にあります。A市は2011年4月に3町と合併したことで、機能が重複する各市町の公共施設を多く抱えることになりました。そこで、維持費や人件費を削減するために「公共施設再配置」に取り組みました。事業内容は5施設の建て替え、12施設の改修、14施設の解体、160施設の保守でした。
2016年6月、A市とC株式会社は「公共施設再配置」についての「特定事業契約」を締結しました。事業期間30年、契約金額約200億円という規模でした。1年後の2017年7月、A市市長選挙が行われ、「特定事業契約」の見直しを公約に掲げたBが当選しました。
B市長は同年10月にXセンター工事を含むすべての工事の中止をC株式会社に通知しました。2018年1月、B市長とC株式会社はXセンター工事について再契約を締結し合意書を取り交わしました。工事の中止と再契約によりA市によるXセンターの買取日は2018年3月から同年12月に変更されました。
C株式会社がA市に対して「増加費用請求」の訴訟を起こしました。Xセンターの買取日が9カ月遅れた分の遅延損害金を請求するものです。請求金額は2050万円でした。この金額についてC株式会社はD建設から請求されて支払う義務があるからというのがC株式会社の主張でした。
※工事代金9億3744万円×年2.7%×9÷12=1898万円+弁護士費用
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政治リスクは「市の責任」と認めながら、損害賠償は認めないってアリ?
判決では9カ月の遅れについてA市の責任を認めています。
「(合意書記載の)リスク分担表によれば『政治・行政リスク』の負担者は被告(A市)である」
しかし、2050万円の請求は棄却されています。理由はC株式会社はD建設から請求されても支払う義務はないという判断でした。
「支払いを受ける時期が9か月程度遅くなったといえるものの(中略)D建設は工事を完成させていたわけではなく、請負代金の支払期限が到来していたのではないから(中略)遅延損害金が生じたということはできない」(令和4年10月13日 名古屋高裁)
政治リスクの責任はあるが損害賠償そのものが存在しないので、請求は棄却するという判決でした。しかし、市の責任は認めていますので、今後損害が発生するケースであれば損害賠償請求は可能であることを示唆する判決と思えます。
その後のA市と臨海副都心

現在の臨海副都心
A市ではその後、同じくB市長のもとで2022年に策定した公共施設の「長寿命化計画」に着手しています。「政治リスク」により「特定事業契約」にはブレーキがかかっても、公共施設再配置の必要性は変わらずにあるために取り組みは継続しているようです。
都市博が中止となった東京都臨海副都心エリアはその後、江戸時代に黒船を迎え撃つ大砲台場築造のために埋めたてた場所に、1997年にフジテレビが本社を移転して観光地化し、青島幸男の次の石原慎太郎都知事が「お台場」と呼んだエリアとしてこちらも発展しています。