建設業界は、長らく男性中心の職場とされてきた。今もそうである。しかし、近年、女性技術者や作業員の活躍が注目を集めている。飛島建設株式会社は、その最前線に立つ建設会社の一つだ。同社の現場では、女性社員たちが施工管理や安全管理などの重要な役割を担い、業界の常識を塗り替えている。
本稿では、飛島建設の女性技術者である小原理恵さん、山﨑梨花さん、ズン・トゥエ・ダー・ラインさん、そして彼女たちを率いる現場作業所長の市川哲朗氏へのインタビューを通じて、建設現場における女性の挑戦と未来について探る。
荒川第二調節池の建設現場を支える3人の女性技術者たち
飛島建設は、1883年の創業以来、トンネル工事やシールド工事、下水処理場建設など、土木・建築分野で数々の実績を重ねてきた。同社では、女性社員の積極的な現場配置を進めており、今回の取材対象である小原氏、山﨑氏、ズン氏は、それぞれ異なる背景を持ちながら、現在の現場で力を発揮している。
小原氏は現場代理人として全体の管理を担当し、山﨑氏は派遣社員として安全管理や書類作成を担い、ズン氏はミャンマー出身の受け入れ社員としてコンクリート構造物の施工管理に携わる。そして、彼女たちを支える市川氏は、所長としてチーム全体を統括する。
小原理恵さん トンネル工事の夢から現場代理人へ

小原さん
小原さんは、飛島建設で20年以上のキャリアを持つベテラン技術者だ。土木工学科を卒業後、就職氷河期の厳しい環境の中、トンネル工事への強い憧れを胸に飛島建設に入社した。「トンネル工事をやりたいという思いが強く、土木工事に強い企業を探していました。飛島建設は、その夢を叶える場所でした」と彼女は振り返る。
入社当時、建設業界では女性が現場に出ることは稀だった。特に山岳トンネル工事では、「山の神様」の言い伝えから女性の立ち入りが制限されることもあったという。「当時は、トンネル内で女性が作業するのはタブーとされていました。最初の配属現場がシールドトンネル工事だったので、監督官に確認し、『貫通するトンネルなら問題ない』という見解を得て、作業に参加できました」と小原氏は語る。このエピソードは、彼女が時代の一歩先を行く存在だったことを示している。
これまで小原さんが携わった現場は多岐にわたる。シールド工事や下水処理場、給水所・配水施設など、構造物の建設が中心だ。現在の現場では、現場代理人として全体の管理を担当。発注者との打ち合わせや設計変更の協議、計画立案など、プロジェクトの要となる役割を果たしている。「現場全体の管理は、計画性と柔軟性が求められます。発注者や職人さんとのコミュニケーションも重要です」と彼女は言う。
小原さんのキャリアは、建設業界における女性の可能性を体現している。入社当初は「背中を見て覚えろ」というスパルタ式の指導が主流だったが、彼女はそれを受け入れ、経験を積み重ねてきた。「先輩が10歳以上年上で、女性技術者はほとんどいませんでした。でも、男女差を意識することはあまりなく、仕事に没頭してきました」と語る彼女の姿勢は、若手社員にとって大きな刺激となっている。
山﨑梨花さん パティシエから建設現場へ

山﨑さん
山﨑さんは、飛島建設の現場に派遣社員として昨年7月に参加した異色の経歴の持ち主だ。元々はパティシエとして活躍していたが、転職を機に建設業界に飛び込んだ。「エージェントから建設の仕事の話を聞いたとき、お菓子作りと似ていると感じました。どちらも『ものを作る』仕事だけど、建設は地図に残るもの。そこに魅力を感じました」と彼女は語る。
建設現場での初仕事は、想像以上に過酷だった。7月の猛暑の中、川沿いの現場で作業が始まったが、山﨑さんは持ち前の体力と前向きさで乗り越えた。「最初は職人さんが怖いイメージがありましたが、実際はそんなことなくて、楽しく学べています」と笑顔で話す。彼女の主な業務は、安全管理だ。朝礼や昼礼の進行、重機配置図の作成、事故防止のための指示事項の伝達など、多岐にわたる。「安全当番として、職人さんたちと連携しながら現場を支えています。新しい発見が多いですね」と彼女は言う。
山﨑さんの元気な挨拶と明るい態度は、現場の雰囲気を一変させる。市川所長も「彼女は暑さにめげず、職人さんたちを元気づけてくれる。現場向きの才能がある」と高く評価する。パティシエとしての経験が、細やかな気配りやチームワークに活かされているのかもしれない。
ズンさん ミャンマーではなく、日本の建設現場で働きたい

ズンさん
ズンさんは、ミャンマー出身の技術者で、昨年1月から飛島建設の現場に参加している。ミャンマーでは室内での業務が中心だったが、日本での現場作業に強い意欲を持っていた。「日本で建設の仕事に挑戦したかった。派遣会社を通じて面接を受け、この現場にたどり着きました」と彼女は語る。
日本語学校で学んだ基礎に加え、建設現場特有の専門用語を学びながら、ズンさんはコンクリートブロックの施工管理を担当している。「最初は専門用語や現場の流れを理解するのが大変でしたが、徐々に慣れてきました。毎日が学びの連続です」と彼女は笑う。ミャンマーとは異なる日本の気候や作業環境にも適応し、風通しの良い作業服を活用しながら現場を駆け回る。
ズンさんの目標は、複雑な構造物の施工管理を一人でこなせるようになることだ。「今は根固めブロック製作を担当していますが、もっと難しい構造物にも挑戦したい。生コンの数量計算や管理を自分でできるようになりたいです」と意気込む。市川所長も「ズンさんは会社で最も活躍しているミャンマー出身の社員の一人。スキルアップの意欲が素晴らしい」と太鼓判を押す。
市川哲朗氏 女性技術者たちに高い期待を寄せる
市川氏は、今回の現場の作業所長として、女性技術者たちを統括する立場にある。飛島建設の方針として、若手女性社員を同じ現場に配置する取り組みを進めており、この現場では全職員15名のうち、小原さん、山﨑さん、ズンさんのほか、専属の女性3D CADオペレーター・専属の女性事務員の5名が活躍している。「女性職員が同じ現場にいるのは、私にとっても初めての経験です。特にミッションは設けていませんが、若手には安全管理や書類作成を通じて成長してほしい」と市川氏は語る。
市川氏は、女性技術者たちに高い期待を寄せる。小原さんには「現場だけでなく、予算管理にも興味を持ってほしい。次の現場では所長として活躍してほしい」とエールを送る。山﨑さんには「建設業を選んだ自分を信じて、この道を突き進んでほしい。彼女の明るさは現場の宝です」と語り、ズンさんには「スキルアップを続けて、どこでも通用する技術者になってほしい」と激励する。
建設業におけるジェンダー平等とデジタル化
飛島建設の現場では、ジェンダー平等だけでなく、デジタル化の波も押し寄せている。小原氏は、3D CADやCIMを活用した施工管理に注目する。「3Dモデルを使うと、職人さんや発注者とイメージを共有しやすくなります。取り合いの確認も効率的です」と彼女は言う。若手技術者には、3D CADを当たり前に使いこなすスキルを身につけてほしいと願う。
ドローンを活用した進捗管理や土木施工管理技士の資格取得支援など、飛島建設は技術者のスキルアップを積極的に後押ししている。市川氏は「資格取得のハードルが下がり、若手が挑戦しやすくなった。彼女たちには、どこでも通用するスキルを身につけてほしい」と語る。
一つの現場の物語ではなく、業界全体の物語へ
小原さん、山﨑さん、ズンさんの物語は、建設業界における女性の可能性に光を照らすものだ。トンネル工事の夢を追い続けた小原さん、パティシエから新たな挑戦に踏み出した山﨑さん、異国でスキルを磨くズンさん――彼女たちの多様な背景と情熱が、現場に新たな風を吹き込む。市川氏のリーダーシップのもと、飛島建設はジェンダー平等と技術革新を両立させ、業界の未来を切り開いている。
建設業界は、今、変革の岐路に立っている。女性技術者の活躍とデジタル技術の進展は、従来の枠組みを超えた新たな可能性を示している。飛島建設の現場から生まれるストーリーは、未来の建設業界を担う若者たちへのメッセージでもある。彼女たちの挑戦が、単なるいち現場の物語ではなく、業界全体の物語となることを期待したい。
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