コンクリートの「ノロ」としょっぱい口の中
コンクリートを流し込んでいる間、現場は止まりません。
午前の作業は8時過ぎから13時過ぎまで続きました。タタキは、コンクリートが入っている場所に合わせて移動しながら続ける必要があります。見当違いの場所を叩いていれば叱責されます。鉄筋洗いが遅れれば、やはり叱責され、なによりコンクリートが固着して次の作業に影響します。
全身は汗まみれになり、ヘルメットや作業着にはコンクリートの「ノロ」が飛び散りました。喉はからからに乾き、口の中にはしょっぱい味が残ります。昼休憩になっても、コンビニで買ったおにぎりが喉を通りませんでした。
きつかったのは、身体だけではありません。
作業の全体像が分からないまま状況が次々と変わっていくこと。重機の音、作業員の声、コンクリートが流れる音のなかで、指示を聞き逃さないよう神経を張り続けること。自分が何をすべきか分からないのに、ぼんやり立っているわけにもいかないこと。
私はライターとして、「考える仕事」をしてきたつもりでした。しかし現場で求められる判断は、机の前で文章を考えるときとはまったく違います。
「体を使う仕事は、頭を使う仕事より単純なのではないか」「体力さえあれば誰でもできる仕事」――そんな失礼な思い込みが、自分の中にまったくなかったとは言えません。
しかし初めての打設現場で、その考えは完全に打ち砕かれました。現場仕事は体力だけで成立しているわけではなかったのです。段取り、安全意識、道具の扱い、周囲との呼吸、そして経験による先読みが必要な仕事でした。
怒声の飛ぶ現場でも辞めなかった
初日の現場は、かなり厳しい環境でした。怒声も飛びましたし、慣れない新人には精神的にも堪える現場でした。後から聞いたところ、その現場は事務所の中でも評判が芳しくなく、誰も行きたがらない場所だったそうです。実際、その後に入った別の現場では、あれほど張りつめた雰囲気を感じることはありませんでした。
それでも、私はすぐに辞めませんでした。
理由は、人です。
同じ事務所から来ていた作業員の方々が、何も分からない私に声をかけ、道具の使い方を教え、危ない場面ではかばってくれました。現場が終わったあと、「あそこは特別きつかったから、全部の現場がああだと思わないほうがいい」と話してくれた人もいました。もし初日に一緒だった人たちまで冷たかったら、私はその日のうちに辞めていたと思います。
また、自分の中に「試してみたい」という気持ちもありました。
46年生きてきて、私は本格的な肉体労働をほとんど経験してきませんでした。文章を書く仕事を長く続けてきた一方で、どこかに「自分は現場の仕事に耐えられるのか」「身体を使って働く人たちの世界から逃げてきたのではないか」というコンプレックスがありました。
もちろん、少し現場に入ったくらいで何かを克服したと言うつもりはありません。今でも私は気の利かない中年アルバイトです。何度入っても、満足してもらえる働きができているとは思えません。
それでも、意識が変わったことは確かです。
「誰でもできる仕事」ではなく「できる人が支えている仕事」だった
現場仕事を経験する前、私は土木や建設に関するニュースをどこか他人事のように見ていました。
建設業界の人手不足、インフラ維持の担い手不足、若い人が現場に入らないという問題。そうした話を知識としては知っていましたが、画面や紙面の向こう側の話でしかありませんでした。
しかし実際に現場で、作業についていけない自分を思い知らされると、見え方が変わります。
道路も、橋も、ビルも、擁壁も、誰かが現場で身体を動かしてつくっています。コンクリートを流し、バイブレーターを差し、型枠を叩き、鉄筋を洗い、ノロを掃除し、道具を片付ける人がいます。窓から見渡す限り、都市は「こういう仕事」でできているのです。
そして、その仕事は「誰でもできる仕事」ではありませんでした。
仕事の入口は広いのかもしれません。未経験の私のような人間でも、現場に入ることはできました。しかし、そこで役に立つには、体力に加えて周囲を見て動く力、危険を避ける感覚、道具を扱う技術、段取りを読む経験が必要です。
だからこそ、現場で淡々と動き続ける人たちを見て、素直にすごいと思うようになりました。
現場には、現場の知性があります。それは言葉で説明されるものではなく、経験によってしか体得できないものでしょう。現場仕事は、頭を使わずにできる仕事ではないのです。
美化せず、軽んじずに書きたい
もちろん、現場仕事を単純に美化するつもりはありません。
拘束時間は長く、疲労は強く、日給1万円という金額も、移動時間や待機時間まで含めて考えると決して割のいい仕事ではありません。炎天下での作業は身体にこたえますし、休息や安全の問題もあります。
それでも、この経験を「大変だった」で終わらせたくないのです。
46歳のフリーライターが、日払いの草刈り募集を入口に土木現場へ入り、自分の思い込みを打ち砕かれた。その経験は、単なる副業体験ではなく、社会の見え方を変えるほどの出来事でした。
「現場仕事は誰でもできる仕事」ではなく、「できる人が支えている仕事」でした。


日々の作業お疲れ様です。自分も初めのころ訳も分からず作業をして日々怒られてました、コンクリート打設は土工事の花形で一番疲れる作業でもあります。作業をしてるうちに段々と建つ姿を見ていると自分が建てるんだと自信に繋がりました、人が住むにはこの職業は欠かせないと思います。色んな建ものに携わり人々が利用や生活している建設業に携わる作業員さんは尊敬を込めて凄いと思います。これからも体をご自愛のうえよろしくお願いいたします。(R開発Y・Yより)
大変でしたね あなたの汗も無駄にはなっていませんよ
自分は現場を離れて数十年たちます
事務所のバックヤードで仕事していますが、現場の人達の苦労は、身に染みてわかっているつもりです
「今日もどこかで基礎生コンを打つ」土木の世界はずっとかわっていません
作業員さんたちのやさしさがうれしいのは同じ目線でいたからです
職人さんはすぐにわかります、この人がどういう人なのか一瞬で判断します
おつかれさまでした。
他意はないのですが記者の記事やブログなどのリンクが欲しいですね!
3コメですけど
自分のやりたい事を続けた方が良いですね
お金欲しいから良く分からない業種に一時的に来ると糞いじめられますよw
みんな優しいは幻想ではない業界に早くなって欲しいものですねw
お金で良い記事を書いてもらうと言うことはないと思いますが…。
ルールさえ守っていれば、異業種から来た人にも正しく説明ができるはずです
自分はなんかアフォらしくなってきたので動画を国土交通相に
発射してみようと思う今日この頃w
若手の邪魔をするTさんアナタ売られてますよw
ん?仕事内容が草刈りで募集してて実先には土木作業やらされたってこと?
普通にやってること詐欺だし、そこから無理やり建設業に結びつけて賛美してるの気持ち悪いかなあ‥
3コメですけどそこまで言うのは可哀想かと…。
ただ記事が書きたいからと理由なら良いと思いますよ。
変な忖度をした時点でそれは記事ではなくなると思います。
本当に感動したならそれで良いかなと…。
コメントもしかりで自由であって欲しいですね。
批判もあり!擁護もあり!として運用した方が業界を変えれると思います。
ただ一方的な人格否定のような事はやめた方が良いと思います。
自分は解体屋のゲンのコメントでひどい誹謗中傷を受けましたので
一生揚げ足を取ってやろうと言う気持ちになりましたねw
(これは冗談です)