建設業界を変える歴史的な政策、「建設企業間の労働力の融通」も

各建設企業が熟知すべき『建設産業政策2017+10』

建設業は、大手ゼネコンから地域建設企業、末端の専門工事会社まで、激しい人材獲得競争に見舞われ、建設業界は全体的に大きく変貌せざるを得なくない状況にある。

それを象徴する重要な会議が立て続けに開催された。「働き方改革に関する関係省庁連絡会議」と、「建設産業政策会議」だ。前者では国土交通省も含めた関係省庁全体で、建設産業の制度を大きく変えていくことが決まった。後者は10年後の建設産業の方向性を示すべく、『建設産業政策2017+10』をとりまとめた。

「先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の為に制せらる」とは中国の故事成語だが、この言葉ほど今の建設業界にあてはまるものはない。各建設企業は、これらの会議内容を熟知し、いち早く経営戦略に取り入れることが求められる。

今後、建設業界はどのように動いていくのか?この2つの会議を担当した国土交通省土地・建設産業局建設業課の菅原晋也建設業政策企画官にインタビューしてきた。

建設業界の就業者の65%が「4週4休」

最盛期には685万人いた建設業就業者も、いまや492万人に減少した。しかも55歳以上が34%、29歳以下は約11%と、建設業は他産業と比較しても、次世代への技術・技能の継承で大きく遅れを取っている。もし10年後に、55歳以上の建設業就業者が引退すれば、110万人近くが大量離職することになる。しかも建設業は若者から「やりがい」はあるが、魅力に欠けている産業と見られ、ブラック業界という見方も色濃い。

これについて菅原晋也建設業政策企画官は次のように説明する。

「建設業界の年間総実労働時間は、2016年度で2056時間。調査産業の平均と比較すると年間336時間も多く働いています。建設業は年間251日出勤しますが、他産業より29日、約1ヶ月も多いことになります。普通のサラリーマンでは、4週8休が慣例になっていますが、建設業界の4週8休は1割以下で、65%が4週4休で就業しているのが実情です」(菅原企画官)

国土交通省土地・建設産業局建設業課の菅原晋也建設業政策企画官

これまでも建設業は「長時間労働である」との批判があった。しかし「建設業はそういうものだ」という意見も根強く、業界自らが改善しようという努力が見受けられなかった。

法的にも建設業は長年、時間外労働規制の適用除外であるため、長時間労働がまかり通っていた。若者が建設業を敬遠する大きな理由は、まさにこの長時間労働と言って良い。

しかも建設業界と根性論は相性がいい。建設業を離職する若者に対しても「根性が足りないからだ」という荒っぽい意見がまかり通っていたのが実態だ。しかし、ここに来て長時間労働を変えなくてはいけないという流れが出できた。

今年3月17日、「働き方改革実現会議」の席で、安倍晋三首相が「業界の担い手を確保するため、長年の慣行を破り、猶予期間を設けた上で、実態に即した形で時間外労働規制を適用する方向としたい」と発言。この安倍首相の発言をもって、政府全体による建設業の「働き方改革」が始まった。3月28日の「働き方改革実現会議」では、発注者を含めた関係者で構成する協議会の設置を決定。この会議では、建設業も5年間の猶予期間を設けつつも、長時間労働を罰則付きで規制すると表明、実行に移していくことも決まった。

適正な工期設定を目指す関係省庁連絡協議会

6月29日には、「第1回建設業働き方改革に関する関係省庁連絡会議」が開催された。

「この会議が重要なのは、野上浩太郎内閣官房副長官が議長になり、国土交通省だけでなく各省庁から局長級あるいはそれに準じた方々が集まって開催した点です。政府全体として、いかに建設業の働き方改革を重要視しているかがうかがえます」(菅原企画官)

「第1回建設業働き方改革に関する関係省庁連絡会議」では、下記の5点について話し合われた。

  1. 適正な工期設定、施工時期の平準化
  2. 社会保険の法定福利費や安全衛生経費の確保
  3. 生産性向上
  4. ガイドラインの策定・周知
  5. 不適正な工期への対応強化

「すでに国土交通省では週休2日モデル工事を実施し、今年度は2000件まで拡大しています。今後、これを発注官庁でもある農林水産省、防衛省や地方公共団体でも推進することとしています。しかし、週休2日のせいで工期が伸び、法定福利費や安全衛生経費を削減する動きがあれば本末転倒です。建設技能労働者が働く専門工事業界に無理な契約を結ばせないように適正な元下関係を徹底させなければなりません。
また、監理技術者などの現場監督は書類作成に追われています。これを改善するため、書類の簡素化を行う一方、ゼネコンに対してもICTの積極活用を促します。
この会議の大きな成果は、適正な工期設定等のためのガイドラインを策定することが決まった点にあります」(菅原企画官)

この「適正な工期設定等のためのガイドライン」は8月下旬に、第2回関係省庁連絡会議で発表され、具体的な取組み方策について議論される予定だ。

7月28日には、官民共同の「建設業働き方改革に関する協議会」も開催された。

「建設業団体が集まる会議は国土交通省でも多く開催していますが、この会議は行政、民間発注者、ゼネコン団体、専門工事業界、労働組合の関係者すべてが参集した点で特色があります。ガイドラインの策定についても言及し、適正な工期の必要性を行政としても訴えました。異論もなく、みなさん真剣に建設業の今後の担い手確保の問題を考え、共通認識を持っていただいたという点では意義ある会議でした」(菅原企画官)


「適正な工期設定等のためのガイドライン」の内容は?

気になるのは、「適正な工期設定等のためのガイドライン」の内容だ。「適正な工期設定等のためのガイドライン」は、公共・民間工事問わず、すべての建設工事で適正な工期設定が行われるための環境整備の一環として作成する。方向性としては、「建設業働き方改革に関する関係省庁連絡会議」で議論した5点が網羅される方向で検討が進められている。

「今までは、何があっても工期厳守ありきでした。しかし、設計図書と現場の状況が一致しないなど多くの作業が必要になった場合には、受発注者が協議し、工期の変更も柔軟にするような内容も盛り込む方向で検討しています」(菅原企画官)

これは元下関係も同様だ。

「建設企業は4~6月に余裕がある一方、繁忙期が集中します。それゆえに繁忙期に長時間労働が発生する要因となっています。その改善に向けて、公共工事だけではなく、民間工事でも平準化を推進します」(菅原企画官)

一見ゼネコン側に有利なガイドラインとみられるが、問題は簡単ではない。特に社会保険の法定福利費や安全衛生経費の取り扱いについては注意が必要になる。都内の専門工事業者はこう語る。

「ゼネコンは専門工事業者が提出した見積りの中で、法定福利費や安全衛生経費の削減を行うか、あるいは、これらの経費は削減しなくても、人件費などを削減してきた。これによって、われわれ専門工事業者が受け取る金額は、まったく変わらない状態が長く続いて来ました。このガイドラインができることによって、我々専門工事業者の国に対する要望も大きく前進したと受け止めています」(都内専門工事業者)

さらに、ICT施工をはじめとする生産性向上も重要な課題だ。大手ゼネコンは、すでにICT施工の技術を保有しているが、問題は地域建設企業だ。ICT化による工期の短縮や品質、安全性の向上、プレキャスト製品の活用など地域建設企業にとっては重い宿題を課せられた格好だ。

これまで人海戦術に頼ってきた地域建設企業には、ICT技術の取得は遅れを取っている現状がある。

「ICT施工については困っています。東京都内にはICT施工を行う現場もなく、技術の蓄積に問題があります。それに規模が小さいゼネコンは技術者の数が少ないので、生産性向上について得意な技術者を養成する必要があります。しかし、これは都内だけではなく、地域建設企業全体の問題として受け止めています。早いうちからICT施工技術の習得が求められます」(都内の地域建設企業トップ)

建設技能労働者の囲い込みのため社員化も

一方、建設業が週休2日制になると、日給月給で働く建設技能労働者の手取り収入が減少する問題も、かねてより言及されてきた。

「手取りが減少しないよう、対策が必要になってきます。工事を平準化する動きとあわせて、建設技能労働者の社員化、月給制が必要になってくると思います」(菅原企画官)

実は、建設技能労働者の社員化は水面下で進んでいる。

「弊社では建設技能労働者を全員社員化しました。人口動態から見れば、人手不足になるのは明らかになので、先手を打って若い人材を囲い込むことからこの考えに至りました。賃金や手取りが減るという反対意見もありましたが、社会保険も含め最終的にはこれだけ得になるというシミュレーショングラフをつくり、わかりやすく説明したところ、みなさん納得しました」(群馬県の専門工事業会社)

今は過渡期であり、社員化の可否については、専門工事業界も二極化を余儀なくされていくだろう。

現行の建設生産システムは限界。今こそ「働き方改革」を

現行の建設生産システムであれば、人口動態を考えればいつか限界が来る可能性がある。だからこそ「働き方改革」が建設業界にとって必要なのだ。

今後、建設業界は、働き方改革により、「週休2日制確保」「工事の平準化」「ICT施工などの生産性向上」「法定福利費及び安全衛生経費の確保」「専門工事業者における建設技能労働者の社員化」「書類の簡素化」などが進むことになる。その第一歩が「適正な工期設定等のためのガイドライン」の策定と、普及徹底である。

しかし、これはあくまで国としての方向性であり、施工管理技士や建設技能労働者などの人材確保については、個々の企業が努力をして実施しなければならない。国が「建設業の働き方はこのように変わります」とアピールしても実施するのは個々の企業の努力による。

ここが建設業の大きなターニングポイントとある。従来通りの働き方を強いる建設企業であれば、人材は別の建設会社に転職することが増えていくだろう。つまり人材の流動化が進むことになる。今後、人材が集まる会社とまったく集まらない会社に二極化されることが予想される。

野上内閣官房副長官は同協議会の席上で、「新国立競技場建設現場において長時間労働による過酷な状況の中、若者が命を絶つという痛ましい事案が発生した。このような悲劇を二度と繰り返さないという強い決意で長時間労働是正に取組んでまいる所存」と決意表明した。これは国の強い意志の表れであると、真剣に建設業界は受け止めなければならない。

野上内閣官房副長官談話や官民あげての「働き方改革」を、各建設企業がどのように受け止めるかが、今後の建設企業における担い手確保・育成の生命線だ。今後の建設企業の存続を決める各社の「働き方改革」に注目したい。


『建設産業政策2017+10』で明かされた10年後の建設業界

そしてもう1つ大きな動きは、「建設産業政策会議」(座長:石原邦夫・東京海上日動火災保険相談役)が2017年6月30日で閉会し、『建設産業政策2017+10』を取りまとめたことだ。

建設業界は、劇的な進展を遂げるAI、IoTなどのイノベーション、確実に到来する労働力人口の減少といった事態を正面から受け止める必要がある。この「建設産業政策会議」では、10年後でも建設産業が生産性を高めながら「現場力」を維持できるよう、法制度をはじめ建設産業関連制度の基本的な枠組みについて検討を行った。

「建設産業は雇用の受け皿としての役割も果たしてきました。しかし、各建設企業の取り組みだけで十分に担い手を確保できていた時代は終わりを告げました。若者に夢や希望を与えることができる建設産業でありつづけるには、個々の企業の一層の取り組みに加え、全体的な施策が必要です。『建設産業政策2017+10』は、若者に明日の建設産業を示したものです」(菅原企画官)

『建設産業政策2017+10』で示された内容は次の通りだ。

  1. 業界内外の連携による働き方改革
    • 〇建設業従事者の継続的な処遇改善(賃金等)
      建設キャリアアップシステムの活用
    • 〇適正な工期設定、週休2日に向けた環境整備
    • 〇働く人を大切にする業界・企業であることを見える化
      専門工事企業の評価制度の創設
      建設企業が雇用する技能労働者の育成の責務
      許可に際しての労働者福祉の観点の強化
      人材育成体制の強化
  2. 地域力の強化
    • 〇地域貢献に取組む企業の評価(防災・建機保有等)
    • 〇市町村が主体となり、建設産業の振興・発展をはかる仕組み
      業界内外の連携による生産性向上
    • 〇各プロセスにおけるICT化、手戻り・手持ちの防止
    • 〇施工に従事する者の配置・活用の最適化
  3. 多様な主体との連携による良質な建設サービスの提供
    • 〇安心して発注できる環境の整備
    • 〇施工の品質に直結する設計や工場製品の質の向上

この施策を1つずつ実行に移し、10年後の建設産業にかかわる各種の制度インフラを再構築していきます。これから2~3年の間に、現行法令の改正、約款改正、通達、指導、ガイドラインの策定など実施すべきことは数多くありますが、1つ1つ着実にスピード感をもって実行していきます」(菅原企画官)

建設産業政策会議 とりまとめ報告書『建設産業政策2017+10 』

専門工事企業の評価制度の創設など「光」あてる

『建設産業政策2017+10』で特に重視されたのは、専門工事業界及び建設技能労働者だ。これまで評価対象でなかった「専門工事企業の評価制度の創設」や「建設業許可に際しての労働者福祉の観点の強化」「技能労働者の位置づけの明確化」をうたっている。

この点はかねてより専門工事業界から不満の声があった。

「われわれ専門工事業者が技術、安全、品質、技能者の教育に邁進しても、ゼネコンからはもっと安くして欲しいという値切りの要請が強い。一生懸命やった専門工事業者が正当に評価して欲しいという願いはかねてから強かったのですが、今回、大きく前進したと思います」(都内専門工事業者)

「単なる価格や実績だけで専門工事業者を評価するのではなく、所属する技能労働者の技術力、施工実績なども見える化し、建設キャリアアップシステムとも連動していく方向で検討を進めていくことになる。しっかりとした教育体制や、技術、品質、安全等が正当に評価され、ゼネコンが専門工事業者を選定する際に役立てて欲しいです。専門工事業者に光をあてるというのが大事な視点です」(菅原企画官)

この動きはゼネコンにとっても大きな注目点である。

一部のゼネコンでは「安値の専門工事業者は良い専門工事業者」という風潮があり、技能の研鑽を図っても、これを認めなければ、「悪貨は良貨を駆逐する」ということわざの通り、まじめな専門工事業者は休廃業する可能性がある。そうなれば将来の建設技能労働者の担い手育成に禍根を残すことになる。そうした危機感の表れが専門工事会社の評価制度の創設につながったとも言える。

そのため、今後、ゼネコンが専門工事業者を選定する際、単に価格だけはなく、「現場力」や社会保険加入状況などを総合的に検討する必要が出てきた。この施策は、良い建設構造物を建設するのはゼネコンだけではなく、専門工事業者の「現場力」もあわせた総合力が必要だ、ということを国の意思でしっかりと決めたとも言える。

「建設企業間の労働力の融通」という歴史的な政策も

『建設産業政策2017+10』の「地域力の強化」も注目である。地域建設企業は、「地域の守り手」であり、その防災力は東日本大震災でもいかんなく発揮されている。しかし、地域の公共工事の減少に伴い、その防災力も衰退している地域もある。これはまさに地域の危機とも言える状況にある。

「防災活動や建機を保有しているなど、地域貢献を行っている地域建設企業に対しては、経審で加点する施策を行います。さらに、市町村が主体となり、地域建設産業の振興・発展を図る仕組みを検討していきます」(菅原企画官)

また、ゼネコン関係に関しては、設計から施工に至るまでのBIM・CIM等の適用範囲の拡大、工場製品に起因して建設生産物に不具合が生じた場合の再発防止のほか、東日本大震災の被災地で多く活用されたCM方式の制度化も大きなニュースだ。

しかしなによりも驚いたことは、「企業間における人材の効率的な活用」が一文に入っていたことだ。

「ある工事をA社が受注し、B社が受注できないケースですと、A社は忙しくなりますが、B社は暇になります。そこでA社の工事をB社が応援するような仕組み作りを考えても良いのではないかと思っています。発注時期の平準化だけではなく、労働力を平準化することにより、受注できた企業とできなかった企業の繁閑の差がなくなり、長時間労働も減るのではないかと考えています。これは国土交通省だけではなく厚生労働省とも連携して今後検討していきます」(菅原企画官)

『建設産業政策2017+10』は早くも具体的に動き出している。

「7月25日での中央建設業審議会(会長・石原邦夫東京海上日動火災保険相談役)の総会に「社会性等(W点)ボトムの撤廃」「防災活動への貢献の状況の加点幅の拡大」「建設機械の保有状況の加点方法の見直し」という経審における3点の改正(案)を提示、了承されました」(菅原企画官)

変化に対応できる建設企業が生き残る

建設産業政策会議は『建設産業政策2017+10』をまとめたことで閉会した。その『建設産業政策2017+10』の終わりの言葉は、「建設産業政策会議自体は今回で会を閉じることとなるが、行政においては、これが「終わり」ではなく「はじまり」であることを肝に銘じて、提言された建設産業政策をスピード感を持って着実に実施・具体化していくことを要請する」というものだった。

『建設産業政策2017+10』のポイントは、「専門工事業者に光をあてたこと」「地域建設企業の地域力向上」「BIM・CIM・CM方式の拡大、制度化」「労働力の平準化」などだ。これに「働き方改革」を加えることにより、建設業界はどのように変化していくだろうか。

『建設産業政策2017+10』と「働き方改革」により、建設業は短期間に大きく変化するだろう。建設業界はこれらの施策をいち早く導入した各個別の企業が生き残る。国土交通省土地・建設産業局建設業課の菅原晋也建設業政策企画官のインタビューを通じて強くそれを感じた。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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