ビル風でみたらし団子の火が消える
Xは和洋菓子の製造販売を営んでおり、店頭のコンロでみたらし団子を焼いて販売していました。Yはこの店舗の前に道路を挟んで向かい合う形でマンションを建築しました。そのタイミングで、ビル風が発生し、みたらし団子を焼くコンロの火が消えたり、火の調節ができなくなりました。
Xは、みたらし団子の製造ができなくなったとして「財産的損害」と「精神的損害」が受忍限度を超えるものであり、良好な風環境を享受するという利益が侵害されたとしてYに対して
- 防風フェンスの設置
- 民法第709条に基づく損害賠償
を求めました。
民法第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
Xは証拠として大阪地裁に以下の資料を提出しました。
- 店舗の従業員の陳述書
- 店舗周辺住民へのアンケートの解答
- 店舗の雨よけテントや広告用の旗がビル風で破損した写真
- コンロの火がビル風で消える動画
- 風環境リサーチ会社が作成した見解書
Xは証拠資料の提出に万全を期したといえそうです。
法令上の基準がない風害訴訟
これまで風害を理由とする損害賠償請求事件に対する判決が、その請求の認容に対して消極的だったのは、風害には法令上の直接の基準がなく、損害発生の因果関係を立証することが困難とされているからです。ビル風の発生は、地理的状況や周辺建物などの複雑な要因に支配されており、当該建物と風害の因果関係を立証することが困難です。
下記の三つの判例ではすべての訴えが却下されています。
- 付近住民が、風害発生を理由に高さ31mのマンションのうち10mを超える部分の建設工事禁止の仮処分を申請した。風洞実験の結果、風速増加があったとしても風害の危険性はないと判断し申請を却下した。(昭和49年12月20日 大阪地裁)
- 近隣住民が14階建マンション及びブロック塀の建設による風害の発生を理由とするブロック塀の撤去請求及び損害賠償を請求した。風洞実験の結果、建設前後で風速の変化は僅かと判断。請求は却下された。(昭和57年9月24日 大阪地裁)
- 風害を予防するため屋根瓦工事に要した費用の賠償に関してなされた、民法717条に基づく損害賠償請求を否定した。(昭和59年12月21日 最高裁)
大阪高裁が高層マンションによる風害を初めて認定
自宅前に建った高層マンションで強いビル風が吹き、家が揺れて住めなくなったとして、大阪府の住民6人(A1からA6)が、マンションを分譲したBと建築したCに1.慰謝料、2.不動産価格下落分として計約8,700万円の損害賠償を求めました。
その被害状況は「当該マンションの建設によってゴーッとうなり声を立てながら“風の玉”が大砲のように家屋に当たり、地響きとともに家屋が揺れるほど」と判決文に描写されていました。洗濯物が飛ばされる程度では済まされず、屋根瓦や雨戸が飛散するほどの強風だったそうです。被害住民は住み続けることが困難となり、家を売却して転居しました。
一審の大阪地方裁判所は「付近の風環境が受忍限度を超えて悪化し、住民は精神的苦痛を被った」として、一人60万円の慰謝料など計420万円の支払いを命じました。ビル風の風害に対する慰謝料を認めた初めての司法判断でした(平成13年11月30日 大阪地裁)。
しかし、慰謝料は認めたものの不動産価格下落については認めませんでした。これを不服として原告住民は大阪高裁へ控訴。すると一転、二審では原告の主張である不動産価格下落について認められました。
風害による不動産価格下落の計算
原告の不動産(居宅+敷地)は、平成14年6月に風害による転居のため売却されており、風環境の変化がなかったと想定した場合の不動産価額と売却価額との差額が風害に起因する下落分とされました。しかしバブル崩壊後の土地価格の下落も30%相当額含まれるとし、当該差額の70%相当額が風害による下落額と判定しました。
大阪高裁は大阪地裁判決を変更し、一人当たり100万円の慰謝料なども含めて約1,911万円を賠償額と認め、支払いを業者側に命じました(平成15年10月28日 大阪高裁)。
和洋菓子店Xの請求はすべて却下、大阪地裁の見解
大阪地裁は和洋菓子店Xの請求についてすべて却下しました。理由は以下です。
- 測定機器を用いた実測は行われておらず、客観的な風速は明らかではない。
- 店舗周辺住民アンケートにおける周辺住民が訴える風環境の悪化は、マンション建築で生じたものではなく気象条件の経年変化の可能性も高い。
- 風を遮るものを設置することで被害を軽減または解消が可能。
- 風環境リサーチ会社が作成した見解書等には精度、信用性について十分な検証を経ているかが明らかでない。(平成24年10月19日 大阪地裁)
店頭でみたらし団子を焼く和菓子店の風景
みたらし団子の起源は、京都市の下鴨神社が行う「御手洗(みたらし)祭」とされています。この祭りの神前に供えるため、氏子の家庭で作られていた団子が、やがて境内の店で売られるようになり、名物になったといわれています。
オリコン歴代作詞家別シングル総売上枚数ランキングで秋元康 (AKB48「真夏のSounds good !」など)、阿久悠(ピンク・レディー「UFO」など)に次ぐ三位が松本隆(KinKi Kids「硝子の少年」など)です。松本隆が他のミュージシャンに初めて提供した記念碑的な作品が『五つの赤い風船』に提供した『えんだん』という昭和フォークの名曲です。歌詞の風景は、みたらし団子屋のおばあさんが八十歳になっても店番をしており、ちょっと手は震えるのですが、とても元気という和菓子店の店頭風景です。
みたらし団子は店頭で焼かれているというイメージはあります。しかし、Xが舗道上にコンロを置いてみたらし団子を焼いていたことについて、裁判所は被害の軽減または解消は可能であるとしました。
たしかに、店内で焼くことは可能と思われます。しかし、Xは店頭でみたらし団子を焼くことができないことに「財産的損害」だけではなく「精神的損害」を主張していました。店頭で焼き続けてきたことが店の伝統であり、そのスタイルを守りたい気持ちは想像がつくような気がします。
判決文には「土地利用の『硬直化』をもたらすものとして(Xの請求は)容易に認めがたい」という一文があります。みたらし団子屋の店頭の風情も大切ですが、土地利用の有効活用も大切だということでしょう。
マンションは人口増加、町の活性化、税収アップに寄与するものなので自治体も歓迎します。「硬直化」はぜひ避けたいということだと思います。