経営破綻した「伝統建築上総匠の会」本社(千葉県木更津市)

経営破綻した「伝統建築上総匠の会」本社(千葉県木更津市)

【衝撃】建設業界は10年後、大淘汰の時代へ

保育園工事を受注した建設企業の破綻劇

東京都葛飾区の保育所が工事を請負っていた建設企業の経営破綻により、開園できなくなった事態が波紋を呼んでいる。しかも驚くべきことは、工事が一向に進まず、破綻時点での進捗率は葛飾区によると約20%という点だ。

全国的にも一戸建て住宅を請負う地元工務店の倒産は少なくないが、公共的な工事を受注した建設企業の破綻は、最近では珍しい。そこで、経営悪化の建設企業をどう見抜くべきかを取材したところ、アベノミクスで沸く建設業界には大きな死角があることがわかった。

「10年後、小規模の建設会社や工務店を中心とした大淘汰の時代が到来する可能性がある」と予測するのが、帝国データバンク東京支社情報部副課長の阿部成伸氏だ。

今回の事案や今後の建設業界について、倒産取材と分析のプロである阿部氏が解説する。


倒産した建設企業は簿外債務の疑いも

今回、トラブルになった現場は、ステラ・バンビーニ(以下、ステラ社)が4月に開園を予定していた「東新小岩四丁目保育園」(仮称)。近隣にある「めぐみ保育園」の老朽化に伴い、新規に隣地を購入後、新たに保育所を建設し、2018年度から認証保育所(東京都基準)から認可保育所(国基準)に移行する予定であった。

しかし、ステラ社から工事を受注した伝統建築上総匠の会(以下、伝統社)は工事が完了する予定だった2月28日付で事業を停止し、3月5日に東京地裁へ自己破産を申請した。しかも現場はむき出しのようになっており、とても工事を遂行させる意思があったとは思えない。現場に行くとシートも汚く、工事を途中で放置した印象を受ける。葛飾区は待機児童問題の解消に向け、この新規保育所に期待していたが、ステラ社、ひいては葛飾区も伝統社に大きく裏切られた格好になった。これがトラブルの全容である。

伝統社は2013年11月に会社設立。地元の木更津市内を中心に千葉県内や、一部東京都内の個人や法人を対象に、戸建て住宅や共同住宅などの新築・リフォーム工事などを手がけ、2017年2月には葛飾区内に支店を開設した。2017年5月期には年売上高約7,800万円を計上していたが、その後は支払いの遅延が発生していたようだ。

負債は破産申請時点において判明しているだけでも約3億円。今後さらに増える可能性もあるようだ。ところが同社の同期末時点の負債は帳簿上で約3,300万円。それが10倍近くに増えているのは、「簿外債務が存在していた可能性も否定できない」と阿部氏は推察する。

建設企業の選定で保育園の責任も大きい

阿部氏は「結果的には業者の選定が大きな失敗となった」という。「待機児童問題が背後にあるなか、建設会社の事前調査はより慎重に、より厳格に行われるべきであったのではないでしょうか」(阿部氏)

しかも不可解なのは、ステラ社と建設中の保育園は距離的にすぐ近くで、いつでも工事の進捗状況を確認できる状態であった。にもかかわらず、工事未達を許してしまった 。

「もっと早い段階でこの問題が表面化していてもよかったはず。ステラ社は発注者として、伝統社に対して工事遅延について重ねて抗議していたか否かはわかりませんが、竣工予定日に事業停止したこと、さらに工事進捗率がたった約20%というのは不可解極まりない」(阿部氏)

さらに不可解なのは、なぜか伝統社の本社が現地から遠い木更津市にあった点だ。葛飾区には、古くからある地域建設企業や地元の建設団体・葛飾建築協会も存在するのに、なぜ、あえて伝統社を選定したのか。

保育所工事の受注金額は不明だが、「この規模であれば、葛飾区で根を張り、伝統ある地場建設業者が担当するのが妥当だったのではないか」(阿部氏)

伝統社は葛飾区内に支店を設置しているが、「この保育所工事を行うために設置したと考えられます」(阿部氏)。確かに、工事の受注時点と葛飾支店設置の時期は重なり合うため、その可能性は高いと言えよう。

阿部氏は「同様のトラブルは今後、決して発生させてはならない。今回の工事発注に行政がどこまで関与していたのか分かりませんが、結果的に工事完成に漕ぎつけることが出来なかった訳ですから、脇が甘かったと言われても仕方がないでしょう」と指摘する。

さらに疑問なのは、伝統社の社員がわずか3名という点だ。売上高や社員数を考えれば、そもそも保育所工事は場合によって1億円を超える案件なので、同社が建設技能労働者の手配、資材の仕入れ金額などの点で請負うだけの体力があったのか。

今回のケースは保育所建設だが、これから建築の増加が見込まれるひとつがサービス付き高齢者住宅をはじめとする高齢者向けの施設だ。この事業を展開している事業主に対して阿部氏は、「建設会社の事前審査はこれまで以上に慎重に行うべき」と提起する。


前渡金が運転資金や借金返済に回っていた可能性も

最近の特徴的な倒産事例では、振り袖販売・レンタル業「はれのひ」、格安旅行業者、エステに代表されるように前受金ビジネスの破綻がある。事前に客先から前受金を受け取りつつ、実際には運転資金に回っていて、成人式当日に破綻した同社のケースは記憶に新しい。

工事途中で放置された「東新小岩四丁目保育園」(仮称)

伝統社も建設業界の慣習としてステラ社から、前渡金を受け取っていたとされていたが、実際には運転資金や借金返済に回っていた可能性は否定できない。「工事の進捗率を見れば、そう受け止められても仕方がない」と阿部氏は語る。

一戸建て住宅でも同様だが、建設企業の選定はより慎重にすべきというのが大きな教訓だ。企業が倒産する場合、その態様は破産か民事再生法が多い。民事再生法は、原則として会社は事業(工事)を続けるが、破産は事業(工事)を停止し、企業も消滅する。

民事再生法は、一定の事業規模以上で再建の可能性が高い場合に選択するケースが多い。一方、規模が小さく地域経済に与える影響が少ない場合は破産を選択する。つまり、工事の継続性を優先するのであれば、事業規模が大きく経営が安定した企業を選ぶことは言うまでもない。また、規模の大きい建設企業であれば、横のネットワークがあり、別の建設企業が工事を引き継ぐケースもある。

これには実例があり、東京都江戸川区の学校建築を受注した伊勢崎組が事業停止になった際、同区のトヨダ工業が引き継いだ。

倒産取材のプロが語る、工事発注時の調査ポイント

帝国データバンクは企業調査、倒産取材・分析のプロである。「工事発注の際には調査会社などを利用した調査も大事だが、その前に与信管理担当者が自分自身で行動し、自分の目で最低限確認しておくことも大事」と阿部氏は啓発する。その5つのポイントを解説する。

  • 104で電話番号が登録されているか
  • ホームページを開設し、内容を更新しているか
  • (法務局で商業登記を取得し)社長や役員に辞任や解任の動きはないか
  • 公表されている住所に事業実態があるか、雰囲気はどうか
  • (商業登記に記載されている)社長の自宅を確認する

「特に、会社には実際に最低でも一度は足を運ぶべきです。今回の場合のように、発注先が小さな建設会社の場合、事務所の見た目や雰囲気を実際に自分自身で確認することによって良くも悪くも決心がつくでしょう。遠隔地であれば今はストリートビューもあります」(阿部氏)

ホームページを開設していない会社は、えてして情報開示に消極的であるが、開設しているからといって安心は出来ない。開設していたとしても経営不振の企業の場合、内容を何年にもわたって更新していないケースは多いからだ。

今回の倒産劇は伝統社1社の問題に過ぎず、建設業全体のことではない、と反論する向きもあるかも知れない。しかし、阿部氏はさらに建設企業のみならず、個人経営、多くの小規模事業者が10年後、これまでにない大きな淘汰の時代を迎える可能性があると予測する。


中小建設企業、工務店が大淘汰の時代を迎える根拠

「特に中小・零細の建設企業において今後大きなリスクとなるのが、社長の高齢化と人手不足です。現存する中小・零細企業のなかには、現在の社長が創業者となり、取引先も開拓し、経理・財務も管理してきたという会社がまだ数多く存在しています。しかし、そうした社長一人ですべてを担う経営環境下にあるからこそ、社長が亡くなったり倒れたりすると、その時点で事業継続が困難になってしまうのです。

人手不足については、たとえ受注はできたとしても、建設技能労働者などの人手を確保できないケースの増加も懸念され、建設業の二大リスクは今後も続くでしょう」(阿部氏)

帝国データバンクは「2017年 後継者問題に関する企業の実態調査」と題した調査を実施し、その結果を公表している。後継者不在率が最も高い業種はサービス業で、その比率は71.8%となった。建設業の71.2%がそれに続き、上位2業種の後継者不在率は7割超となっている。

「大手ゼネコンも人手不足(下請け業者の確保)の問題を抱える中で、しっかりと後継者を育てて事業を継がせれば、たとえ規模は小さくても受注は継続的、安定的に得られるのではないでしょうか」(阿部氏)

しかし、後継者確保は簡単ではない。妥当な線を言えば、社長の息子や娘婿が継げば問題はないが、親族も後継者になりたがらないケースが増えている。

ここで阿部氏が提示した40歳~80歳までの全業種の社長年齢層の図は驚くべきものであった。

直面する大きな問題として社長が最も多い年齢層は68歳~70歳

「団塊の世代と呼ばれる68歳~70歳の社長数が突出していますが、その息子や娘さんは大学を卒業して親の後を継ぐことなくサラリーマンになる人が多いようです。本来の年齢分布図から見れば、40歳なかば(第二次ベビーブーム世代)の社長が増えても不思議ではありませんが、そうした傾向は全く見られず、なだらかに減少しています」(阿部氏)

「約10年後には、現在の団塊の世代の社長が平均寿命に達し、死去したり働けなくなるケースが急増することは間違いないでしょう。それまでに後継者が現れたり、事業を売却できればいいのですが、そうしたケースはごくわずかでしょう。つまり、相当数の倒産や廃業が発生することは自然な流れとも言えるのです」と阿部氏は警笛を鳴らす。


高齢化する社長の寿命が、中小建設会社の寿命!?

今は、国土交通省、地方自治体などで建設業の担い手確保・育成に力を入れているが、中小の地域建設企業や工務店には若者が就職せず、働いている人だけが高齢化し、世代間ギャップが広がりますます若者は敬遠するケースが増えている。

「これからは社長の寿命イコール会社の寿命となるケースは増えるでしょう。言い換えれば今回の保育所のように工事の途中で事業を停止するケースが増えることも想定しなければなりません」(阿部氏)

阿部氏がイメージする建設企業には良い意味でも悪い意味でも昔ながらのオーナー社長が多く存在していることだという。「そのため、社長が亡くなっていざ、会計を細かくチェックをしたら簿外の債務が発覚することも多いようです。」

帝国データバンクの調査では、国内の倒産は2009年(1万3306件)以来、2016年(8164件)まで7年連続で前年比減少していたが、2017年(8376件)に8前ぶりに前年を上回った。

「建設業者の中でも工務店や中小業者の淘汰は10年先に向けさらに顕著になることでしょう」(阿部氏)

中小企業金融円滑化法がスタートしたのは2009年12月。2013年3月末に同法は終了したが、その後も現在に至って施行期間と同様の措置がとられている。一方でその間に経営者の高齢化問題は深刻化し、再建の見通しが立たないまま経営不振に陥っている企業は数多く存在し続けている。

失われた30年と言われる日本だが、経営者の高齢化が進行する中で、建設業界は激震を迎える。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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