カシメ屋の壮絶な度胸
絶滅した職人、カシメ屋にまつわる、うんちく話、第4弾です。
今回は前回よりも増して、うんちく度が高くなっています。
ついて来れるでしょうか?
(過去の連載記事はこちら↓)
カシメ、カンカン、沖仲仕
昔、カシメ屋の親方に聞いた話ですが、「カシメ」「カンカン」「沖仲仕」というのがあって、気性が荒っぽい職種の代表を言ったそうです。
「カシメ」はこれまで話してきたようにリベット打ちのこと。
「カンカン」とは「かんかん虫」のことで、船やタンク・鋼製煙突の周囲に設置した足場のうえで、虫のようにへばりついて、ケレンハンマーでカンカンとたたいて、さび落としをする作業者のことです。
名前の由来は、その音からきたともいい、あるいは、昔は安全帽などなかったので、日射病除けと落下物除けに、皆カンカン帽をかぶって作業していたから、ともいわれています。
確かに古い写真を見ると、ほとんど全員がカンカン帽をかぶっていました。
「沖仲仕(おきなかし)」は、港で艀から岸壁に荷揚げ、あるいは、岸壁から艀に荷積みの作業をする者のことです。昔は荷役作業の大型クレーンやバキューム設備がなかったので、専ら人力だったのです。
当時はセメント袋1袋が16貫ありました。メートル法でいうと60kg。沖仲仕はこれを担いで幅1尺ばかりの渡り板を伝って荷役をしていたのです。
1袋運ぶごとに請負った会社のマークの焼き印がある竹串が1本渡され、1日の作業が終わると、この竹串の数でもって賃金が支払われました。これもかなりの重労働ですね。
「カシメ、カンカン、沖仲仕」は七五調になっており語呂が良いところから、一度聞くとすぐに覚えてしまいました。
小野小町は穴無し小町
カシメ作業の前には、リーマー通しという重要な作業があります。
繫ぐべき母材と継目板2枚の合計3枚、時によっては4枚の板のそれぞれの継手穴がぴったり合うことは、まずありません。穴がキッチリそろっていないと、リベットが通らなかったり、あるいは、リベット軸がいびつになったりして、100%の力を伝えることが出来ない恐れがあるので,リーマー通し(穴繰り ともいう)が必要になります。
さらに、まれにではありますが、繫ぐための穴が1個だけ開いていないことがありました。現在ではCAD、CAMで設計から製作まで一気通貫のデータで処理されるので、このようなことは起こらないのでしょうが、かつては原寸場で原寸を引き、そこで得られたデータを「しない」(切断用の長さの定規)と型板(小さな多角形のガセットや、継手の穴位置の定規)に落として、これを基に鋼板に罫書し、切断や穴あけを行っていました。
したがって、まれにではありますが、穴をあけ忘れた部材がでることがあります。こういう部材があると、職人は「小野小町だ」といって、いっとき、ニヤついていました。
それは、「小野小町は穴無し小町」という俗説があるからです。
深草少将(ふかくさのしょうしょう)が、絶世の美女であった小野小町に惚れて幾度も言い寄ってきたので、小町はこれを諦めさせようと、「私の元に100夜通ってくれたら思いを受けます」といいました。少将は雨の日も風の日も、毎日通ったのですが、雪の降る99日目の夜に倒れ、息絶えてしまうというような話のあったことから、「小野小町は穴無し小町」つまり身体的欠陥があったと言われるようになったというのが通説のようです。現に、裁縫で使う「待針」は別名「小町針」といい、やはり糸通しの穴がない針です。
話は戻って構造物ですが、工場製作での穴のあけ忘れのほかに、工場製作の際に、最初から全穴(22mmのリベットでは23.5φ)とせずに、一回り小さい穴(22mmのリベットでは22φ)を明けておき、現地組み立ての際に、全穴にするという工作法をとる場合もあります。1分繰という方法です。
そこで、鍛冶屋の中でも「穴屋」という職種があり、リベットを打つ前に、リベット穴の精製作業(「穴ざらい」ともいわれた)をするわけです。
大きな電気ボール盤に1mくらいの天秤棒を通して、2人がかりで穴繰り・リーマー通しの作業をします。大変大事な作業で、カシメの前の必須工程です。
検鋲ハンマー
検鋲ハンマーは柄が長く、その柄は中間から頭部にかけて細身になっており、頭部は片方が尖り反対側は円錐台状になった軽やかなハンマーです。
今はテストハンマーというのが一般的なようです。車庫に入ったバスの足まわりや、今や人気のSLの車輪まわりの検査などに現在でも使われています。
リベットが健全に打たれているかを確かめるため、鉸鋲後に検鋲ハンマーでリベット頭を叩いてゆきます。叩く方向の反対側に左手の人指し指を当て、右手に持ったハンマーで叩いてみると、しっかり打たれた鋲は響きませんが、緩い鋲は左手人差し指にビンビンと響きます。これで良否の判断がつきます。
慣れてくると左手を当てなくても、ハンマーの反発の手応えだけで判別できるようになります。ボルトの閉まり具合なども同様に検査できます。
検鋲の神様
かつての造船所や鉄工所の検査課には、「検鋲の神様」といわれる検査員がいて、いつも工場内を検鋲ハンマーをぶらぶらさせながら歩いていました。
地上から高い場所にある船や構造物のリベット接合を見て、「あの3段目の右端が悪い」というのです。つまり、見ただけで打ち方の悪いリベットを見分けるのです。
それを聞いて本当?と思い、足場を上って指定されたリベットを検鋲ハンマーで叩いてみると、確かに緩いのです!
その神業の極意はどこにあるのか、何度もたずねてみましたが、ただニヤニヤしているだけで何も教えてくれませんでした。
同期で造船所に就職した者もいましたが、やはりそこにも「検鋲の神様」はいたそうです 。
工場ではジョーリベッター
先の東京オリンピック当時(1964年)でも、工場における接合は溶接であり、リベットは現場接合のみでした。ただ、一部の鉄道橋では、工場・現場ともにリベット接合という物件が残っていました。
工場リベットのカシメには、ジョーリベッターを用います。逆U字型をした、かなり大型の機械で、水圧で作動する物でした。
ジョーリベッターの写真(著者蔵)
工場内は橋桁製作の他、火造りや焼き嵌めを行う作業場もあったので、油圧は使われず、専ら水圧が利用されていました。
心中しよう
その造船所に就職した同期の者が、先輩から聞いたという話です。
あるとき、鋼製煙突の工事をしていた時のこと。鋼製煙突は先細りの円錐台形の構造物なので、展開すれば扇形の鉄板を円形に曲げ、その寸法を徐々に小さくしてゆくことで、所定の形状に作るものです。
当時、普通の鉄工所では、この微妙に変化してゆく展開図の原寸が書けず、造船所の一手販売でした。
その扇形の上下方向の縫い目と、上下の段の円周方向の継手を現地でカシメてゆくのです。円錐台の1段ごとに足場をかけ、順繰りに上方へと継ぎ足して行って完成させるわけです。
その各段ごとの足場へ行くための階段も設置します。昔のことですから、労働安全の観点なども緩く、足場のみで手すりなど、どこにも無いという状況です。
煙突がかなり立ち上がったあるとき、その先輩監督員はいつものように、鉸鋲後の検鋲をしていました。学校を出立てということもあり、まじめに検査したのか、あるいは検鋲の要領を飲み込んでいなかったのか、かなりの数の不健全を指摘してチョークで印をつけたそうです。
それを見たカシメ屋の打ち手が、
「わしな、あんたが言うような、ええリベットよう打たん。ついては申し訳ないから、ここから一緒に飛び降りて死のう」
と、いきなり監督員に抱き付いてきたそうです。
高い足場の上、しかも手すりのない吹き曝しのところです。一押しされれば、本当に永遠の別れになりそうで、泡を食って足場を駆け下りたそうです。
その事件以来、上にあがることはせず、地上から双眼鏡で作業を見ていたそうです。さすがカシメ屋、度胸一番、本当に飛び降りかねない勢いがあったのでしょうね。
やるもんじゃのう!