足場だけで2000万円!国宝・三佛寺奥院投入堂の設計の謎

国宝建築の謎に挑む地元の設計士

時は平安時代。役行者がお堂を法力で小さくして、断崖絶壁の岩窟に「えいっ」と投げ入れた。——そんな伝説から「投入堂」と呼ばれている国宝建造物が鳥取県にある。

たどり着くまでは麓から両手と両足をフルに使って小一時間。一体誰が、どう材料を運んで、どのように建てたのか?荒唐無稽な伝説を信じてしまいたくなるほど、投入堂の施工方法は謎に包まれている。

しかし昨年、投入堂の謎について、地元の一人の設計士が40年にわたる研究成果を書籍にまとめた。

投入堂は一体どのように建てられたのか、また、設計士から見た投入堂のデザインや設計の魅力について聞いた。


二度と行きたいと思わない?国宝・三佛寺奥院投入堂

投入堂の正式名は「三佛寺奥院投入堂」。良質なラジウム温泉で知られる三朝温泉が有名な鳥取県中部の三朝町にあり、鳥取県唯一の国宝建造物だ。

急峻な崖の岩窟に建てられていることから容易に近付くことはできず、日本中を飛び回った写真家の土門拳をして、「投入堂は本当に美しい。その建築美は日本一だ。しかしまた撮影の必要が起これば兎に角、三徳山の険阻艱難を思うと、二度と行きたいとは思わない」と言わしめている。

投入堂までの道中は、両手も使って木の根っこや鎖鎌をたどっていく。

古い文献や資料が少ないため、いつ頃、誰が、何の為に、どのように、なぜ、あの場所に建てたのか分かっていない。

この謎に満ちた投入堂を40年以上も研究し昨年、『国宝 三佛寺奥院投入堂 解けた謎。深まる謎。』を自費出版したのが、一級建築士の生田昭夫さんだ。

三佛寺奥院投入堂を自費で研究

生田さんは、投入堂がある三朝町の隣、倉吉市の出身。東京学芸大学に通いながら、早稲田大学の専修学校建築科でも学び、そこで教授から言われた一言がきっかけで投入堂の研究を始めたという。

「東京から鳥取に帰る際、先生から“必ず発見があるはずだから、三佛寺投入堂をしっかり見なさい”と言われました。投入堂には何度か登ったことはありましたが、学生時代は国宝であることすら知りませんでした。帰郷後、三徳山周辺の景観に問題意識を持ったことから、三徳山に通う機会も増えました。」

設計事務所「堂計画室」を立ち上げて、住宅や店舗などの設計業務に勤しみながら、生田さんはライフワークのように投入堂のことを調べ続けた。

その間、十数回にわたってお堂の中に入る機会にも恵まれ、投入堂の内部壁が赤い色に塗られていたことや、その顔料がベンガラであることを突き止めた。

「じゃあ、どこのベンガラなのか?と言うとそれもわからなくて、新しい謎を呼ぶことになってしまいました。全容解明には程遠いですが、設計者の視点で投入堂に取り組んできました。」謎を解いた瞬間から次の謎が生まれるという。

昨年の書籍化にあたっては苦労も多かった。「使用料が高額の写真もありましたが、写真は多めにしたいと思ったので掲載しました。校正料も30万円かかりました。図解も多くて大変でした。それでも、これまでの調査や考察をまとめることができて感慨深いものがありました。」

設計士である生田さんが半生を賭けるまで惹きつけられた国宝・投入堂。その魅力はどこにあるのだろうか。

生田昭夫『国宝 三佛寺奥院投入堂 解けた謎。深まる謎。』


三佛寺奥院投入堂のデザインと物語性

「私は投入堂というのは“デザインとは何なのか?”という問いに対する答えを提示している気がします。」と生田さんは語る。

「大面取りが施された18cm角の柱は見る者を不安にさせる細さ。ギリギリまで削っているので非常に瀟洒で無駄のない印象を受けます。

まさに人の気持ちを打つデザインです。すると人は自然と“これを後世に残したい”と思うのではないでしょうか。投入堂が900年もの長い間あり続けているのは、このデザインのおかげも大きいと思います。」

三佛寺奥院投入堂

また、「常識では考えられない場所にある」という立地に加えて、ストーリー性があるのも投入堂の大きな魅力だと生田さんは語る。

「投入堂が拝める最終地点のすぐ前に観音堂という、自然の洞窟内に建てられたお堂があります。参詣者はこの裏側の昼でも薄暗い空間を歩いて進むのですが、ここを“胎内くぐり”と言います。

暗くて狭い空間を通った直後だからこそ目にする投入堂がより有難みを帯びます。この物語性が素晴らしいといつも思いますね。」

この投入堂、もし現代の工務店が建てるとしたら一体いくらかかるのだろうか?

本堂と投入堂のほぼ中間地点にある文殊堂の庇(濡れ縁)からの眺望


三佛寺奥院投入堂の建設方法とは?

「いくらかかるのかなんて全く見当も付きません(笑)。ただ、平成の大修理では足場だけで2000万円かかったと聞いています。100年前の大正の大修理と比べると、格段に安全への配慮がなされています。そのぶん、高くついたのでしょうね。」

では、そもそも投入堂は一体どのように建てられたのか。生田さんはこう話す。

「地上で一回組み立て、その後でバラし、上で組み立てたと見るのが通説です。こう説明すると簡単なようですが、上下左右に空間的余裕が全くないため、ほぞ仕口はありません。

さらに材木をどの順番でどう運んだのか、仮置き場はどこだったのか。謎は尽きませんが、限られた条件の中でよく形にできたなと驚異を感じずにはいられません。」

生田さんに今後の目標を聞くと、「私にはもうエネルギーがありません」と苦笑。

「昨年まとめた『国宝 三佛寺奥院投入堂 解けた謎。深まる謎。』が、次の世代への手紙だと考えています。私が40年かけて集めた資料は手元にありますので、積極的に利用してください。それと、大事なのは私費を投じることだと思います。」

「国の予算などでやると結局のところ続いていきません。自分のお金で、関心の赴くままに、コツコツと謎に取り組んで欲しいですね」。

およそ千年間、人々を魅了し続ける投入堂。険しい山道の先で実際に目にしたら、建築関係者なら必ずや何かを感じられるはずである。

『国宝 三佛寺奥院投入堂 解けた謎。深まる謎。』は、鳥取県出版文化賞を受賞している。

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1980年生まれ。妻の故郷である鳥取県に移住したライター。 立教大学卒業後、コピーライター、構成作家を経て田舎暮らし系フリーランスに。好きが高じて自宅にビールサーバー&ビアバー設置、ブログ『ビアエッセイ・ドットコム』を運営。ビアエッセイストを名乗って講師活動も行う。ちなみに自邸はオープンシステムで建築。
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