100m掘るのに半年「この工事終わるんやろか?」
――印象に残っている現場は?
荒東 先ほど話した最初の現場ですね。貫通したときの感動、感激が一番印象に残っています。トンネルやシールドの現場は、必ず発進と貫通があるので、すべての現場で感動、感激を味わえるのですが、やはり最初の現場が一番ですね。
神戸市の大容量送水管工事は、大変だったという意味で印象に残っています。この工事は、大深度地下使用法が初めて適用された工事で、地下50mほどを掘る工事でした。延長2.4kmを掘削したのですが、ちょうど真ん中、北野坂の異人館通りの真下でシールドマシンが壊れてしまいました。
マシンの修理にすごく苦労しましたね。地上からはなにもできないので、マシンの中から、地盤凍結工法を施工して、なんとか修理しました。修理作業には全部で1年ぐらいかかりました。
――マシンのどの部分が壊れたのですか?
荒東 カッターフェイスの部分です。掘削中に花崗岩が出てきて、カッターフェイスが磨耗し、それ以上掘れなくなったんです。
この修理作業は、地山側からの溶接作業なども発生したため、非常に大変なものでした。関連工事を含め、8年ぐらい神戸にいたのですが、会社に戻って言われたのが、「終わらない工事はないんだな」でした(笑)。
――佐藤さん、いかがですか?
佐藤 1990年頃にやった大分市の下水道シールド工事ですね。初めてのシールドの現場でしたが、とにかくトラブル続きで、マシンが進みませんでした。100m進むのに半年かかりました。マシンの前方を掘り下げて、土を確認すると、いっぱい石を抱えていたんです。その100mを過ぎると、急曲線の低土被り、線路の下を掘るなどの難工事箇所が控えていたのですが、その前で止まってしまった。「この工事終わるんやろか」という状況でした。
薬注などの対策をして、再開したところ、2か月で800mをスイスイ掘ることができました。ところが、900m進んだところで、橋梁のH鋼杭にぶつかりました。シールドは中止となり、迎え掘りする工法に変更しました。
――H鋼の杭にぶつかった?
佐藤 ええ。当時は「それぐらい事前に調査してなかったのかよ」と思いましたけどね。1mピッチで杭があったので、「これは掘れんばい」という感じで(笑)。いろいろ考えた末、残り160mを刃口推進という工法で掘ったんです。
相次ぐトラブルに対応しているうちに、初めての現場にも関わらず、周りから「長年やっているプロ」のように思われるようになりました(笑)。次の現場からは、最初の計画から施工まですべて任されるようになりました。トラブルが多かった現場だったけれど、その後のタメになった現場でした。「トラブルは人を大きくする」ということを学びました。
――永末さんは?
永末 今の現場が一番ですね。まだ半年ですが、これからいろいろと勉強することになると考えています。
浄水場の現場で言えば、場内の斜面にコンクリート製の階段を2つほどつくったことです。自分で計画して、自分で測量して、図面を書いて、材料を手配して、美しい階段ができ上がりました。
小さな仕事でしたが、初めて主体的にやった仕事だったので、嬉しかったです。土木の仕事って、こういうことの積み重ねなんだなと思いました。
安藤ハザマの転勤事情
――安藤ハザマには、出身地とは違う地域に配属するルールがあるのですか?
佐藤 そうですね。例外もありますが、だいたいの場合、出身地以外の場所が最初の配属先になります。私は、3回九州に戻って来ています。東京に行って九州に戻って、四国に行って戻って、それからマレーシアに行って戻って、という具合に(笑)。
――マレーシア?
佐藤 半年ほどの短期間だったので、苦痛ではなかったです。1982年に結婚して、1998年ぐらいまでは単身赴任が多かったです。子供が小さい頃に単身赴任していたので、一番カワイイころにたくさん遊んでやれなかったのが残念という思いはありますね。休みの日は、極力家に帰るようにしていました。子どもが剣道を始めたので、赴任先で私も剣道の道場に通って、家に戻ったときに子どもと一緒に剣道をやったりしていました。子どもと疎遠にならないように(笑)。
――お二人は、転勤は苦痛ではないですか?
荒東 「やむなし」という感じです(笑)。今回、九州に来るにあたって、「地元を離れたくない」という気持ちはありましたが、われわれの仕事は、引っ越しを伴うかどうかは別にして、2〜3年ピッチで職場環境がガラッと変わります。転勤も気分転換になるので、今となっては、とくに苦痛を感じません。
永末 やはり、転勤があると、ライフプランが立てにくいところがあります。それは入社する前からわかっていたことですが、「どうにかなるかな」という気持ちでやっています。
私が入社した頃は、「働き方」が社会問題になる前だったので、就職活動でも「休みが取れる」「残業が少ない」などの働き方に関する会社からの説明は、それほど出なかったんですよね。
入社後、ライフワークバランスが合わなくて、会社を辞めることになるとしても、ゼネコンでの仕事を経験することには意味があると考え、とりあえず入社しました。
――結婚については?
永末 入社2年目に結婚しました。まだ子どもはいません。
――単身赴任ですか?
永末 いえ、夫も九州にいます。別の会社に勤める夫が先に九州に転勤することになったので、私も会社に異動願いを出したところ、私も九州支店に異動になったんです。
荒東 永末は入社3年目で、ちょうど異動のタイミングだったので。彼女は北九州出身なんです。異動については、ある程度本人の希望も考慮されるようです。
永末 「地元に帰りたい」という思いはそれほどありませんでしたが、私生活についても、会社からいろいろ配慮してもらっているので、結果的に、仕事も私生活ともに充実した日々を過ごせています。数年後転勤する可能性はありますが、「どうにかなるかな」と楽観的に考えています。今のところ、会社を辞めるつもりはありません(笑)。
荒東 単身赴任もいとわない?
永末 はい(笑)。
権力を振りかざす世間知らずの勘違い野郎どもは本当に消えていただきたいです。