石積みのある風景
伝統工法として受け継がれてきた「石積み」が今、再度、注目を集めている。東京工業大学の真田純子先生を中心に棚田や段田における「石積み」の在り方が見直され、石積み技術の継承が行われているのだ。
現在の日本では公共事業においては、石積みを用いることは構造計算などの観点から難しいが、ヨーロッパでは公共事業に石積みを取り入れ始めている国も出てきた。石積みが織りなす風景とはどんなものか。日本だけでなく海外の事例も紹介していく。
「石積みの集落」徳島県吉野川市美郷
徳島県吉野川市の美郷(旧麻植郡三郷村)に、石積みの集落がある。そこに石工の高開文雄さんが住んでおり、一帯の石積みの管理をしている。私が石積みを習ったのも、ここだ。
畑の土留めのために植えた芝桜を見に多くの人が訪れたり、冬には石積みのライトアップをするなど、石積み集落として徳島県内外で有名になっている。
しかしながら、石積みで住宅基盤や田畑をつくるのは山間部に住むことの多い四国山地では「普通のこと」であり、当初は地元の人びともその価値に気づいていなかったという。
美郷では、1970年に「美郷ホタルおよびその生息地」として国の天然記念物指定を受けており、それを生かした観光拠点づくりをしようと1997年に「美郷村ホタル活用事業基本構想」がまとめられ、2000年に美郷ほたる館が開館した。
ほたる館の建設にあたって外部から呼ばれた専門家が村内の環境を展示に生かそうと村内を見て回った際、目に留まったのがこの石積み集落である。外部の人に「発見」されたと言っても良いかもしれない。
現在、芝桜まつりやライトアップに協力しているのはNPO「宝探し探検隊」であるが、これはほたる館の建設が本格化していく過程で村役場職員や住民有志が地域資源の掘り起こしと活用のために結成されたものである。ハード整備と住民の力が合わさった事例と言えるだろう。
ここの石積みの風景は、高開文雄さんの手によって維持されており、それは単なる保存ではなく、今でも改良が加えられている。少しでも多くの耕地が必要だった時代、畑の通路は牛が通れるギリギリの幅で、少し太った牛はお腹をこすっていたそうだ。
また、石積み擁壁の傾斜も垂直に近い角度で積まれていた。今は、花を見に来る観光客も多いため、高開さんは修復ごとに道幅を広げている。また、少しでも長持ちするようにと擁壁の角度もすこし緩めに変更しているそうだ。また、畑に一輪車や耕運機を入れられるよう、擁壁の一部をスロープに変更することもある。
集落の役割や作業形態が変わり、それが少しずつ景観にも変化をもたらしているが、その土地の材料で基盤をつくるという点は変わらない。環境と生業の結びつきという話でいえば、結びつきは保ったまま、その形が変化しつつあるということなのだろう。
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〈プロフィール〉
真田純子 1974年生まれ。東京工業大学 環境・社会理工学院 准教授。広島県生まれ。2007年徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部助教に就任。石積み技術をもつ人・習いたい人・直してほしい田畑をもつ人のマッチングを目指して「石積み学校」を立ち上げる。2015年10月から現職。専門は景観工学、緑地計画史。
主な著作に『都市の緑はどうあるべきか―東京緑地計画の考察から』(技報堂出版 2007年)『図解 誰でもできる石積み入門』(農山漁村文化協会 2019年土木学会文芸賞受賞)。
自然との調和は人間の永遠の課題ですね。自然は人間にはコントロールできない。自然に生かされ活動することを生活というならばまさにこのことだと思います。
都市計画にしばられて仕事をしているとこのような風景がいろいろ考えさせてくれます。