建物にかかる費用を考える上では、建設時にかかる何百万~何千万の大きな支出だけでなく、建物の総合的な支出である「ライフサイクルコスト(LCC)」を見ることが大切になります。
当記事ではライフサイクルコストの概要や重要性、ライフサイクルコストを抑えるための考え方を解説します。
ライフサイクルコスト(LCC)とは?
ライフサイクルという単語にはさまざまな意味が存在します。たとえば、生物の分野では「生物の誕生から死までの一生の過程」、ビジネスの分野では「商品やサービス、事業規模などについて導入から成長、衰退を表す過程」を意味します。
そして、建築分野で用いられるライフサイクルコスト(LCC、Life cycle cost)とは、「建築物・構造物の設計から建築、運用、売却、解体などにかかる総合的な費用」のことです。生涯費用ともいいます。
ライフサイクルコストは大きく「ランニングコスト」と「イニシャルコスト」に分けられます。
ライフサイクルコスト | 概要 |
ランニングコスト | 建物を継続して使用・運用するためにかかる費用 |
イニシャルコスト | 建物の設計や建築などの初期にかかる費用 |
以下ではさらに、ライフサイクルコストの重要性や例、ライフサイクルコストの種類をみていきましょう。
ライフサイクルコストの重要性
ライフサイクルコストは、下記図のような氷山の一角としてよく例えられます。
(出典:国土交通省)
これは海面上にある高額で目に入りやすい建築費、いわゆるイニシャルコストよりも、海面下で目に見えづらいランニングコストのほうが圧倒的に大きいことを表しています。
建物の寿命が大体60年程度であること、60年の中で少なくとも2~3回ほどの改修工事が必要になることを考えると、イメージしやすいのではないでしょうか。
実際にロングビルライフ推進協会(BELCA)や大手建設会社によると、「ランニングコストのほうが4倍以上費用がかかる」との試算結果も出ています。
つまり建築費だけでなく、一般管理費や保全費、設備投資なども考慮したキャッシュフローを考えることが大切です。でなければ本当の意味で対費用効果の高い建築物や構造物を建てることはできません。
ライフサイクルコストの簡単な例
ランニングコストに関する簡単かつ基本的な考え方を、新築で同程度の価値を持つX不動産とY不動産を例に解説します。
まずX不動産とY不動産それぞれの特徴は、次のとおりです。
- X不動産:建設費2,500万円だが、耐久性や使用設備の性能は並程度
- Y不動産:建設費3,000万円だが、耐久性や使用設備の性能はX不動産の倍
上記の例だと、新築時点ではX不動産のほうが500万円得になります。しかし、Y不動産ほうが強い素材やよい設備を使用している分、X不動産の修繕費用や設備の修理・交換費用が1/2に抑えることが可能です。
もし、このまま30年間使い続けたと仮定して、X不動産のランニングコストが年間50万円、Y不動産のランニングコストが年間25万円だったときの費用は次のとおりです。
単純な計算ではありますが、31年目の時点でY不動産のほうが250万円分だけ費用が安く済んでいます。もしこのまま40年、50年と続けば、より大きな差が生まれるでしょう。
このようにランニングコストまで見越した設計や建設、設備導入、保全計画などを行うのが、ライフサイクルコストの考え方です。
ライフサイクルコストの種類
ライフサイクルコストの主な種類(構成要素)は次のとおりです。
ライフサイクルコストの種類(構成要素) | 概要 |
建設費 | 建物を建築する際の初期にかかる費用 |
運営管理費 | 点検費、保守費、清掃費、警備費など |
一般管理費 | 施設の運用費、固定資産税といった税金、保険料など |
改修・修繕費 | メンテナンス費、修繕費、リフォーム費、設備更新費など |
光熱費 | 電気代、水道代、ガス代など |
解体処分費 | 建物の解体・撤去費、最終処分費など |
ライフサイクルコストが変化する例
ライフサイクルコストは外的要因や社会情勢、臨時的な事故によって大きく変化します。そのため、事前に見積もっていたとしても、建物を長く使えば使うほど想定外の誤差が生じるのが一般的です。
以下ではライフサイクルコストが大きく変化する例として、「建物や設備の老朽化」や「時代トレンドの変化」、「建物の資産的価値の向上」の3つを解説します。
建物や設備の老朽化
建物や設備は素材・機器の寿命や経年劣化、自然風化などのさまざまな要因で老朽化が進みます。劣化の進み具合によって修繕費や設備更新費も変わることから、老朽化の進行はライフサイクルコストの変化の大きな要因です。
また、臨時的な災害や設計・指示書ミスによる保全費用の増加など、思いも寄らない劣化や破損によってライフサイクルコストが増加する例も考えられます。軽微な保守費や修繕費を無理に削減した結果、削減した以上の設備交換費やメンテナンス費がかかるケースも考えられるでしょう。
なお、法律上では建物や設備に関する耐用年数が定められていますが、これは実際の建物や設備の寿命を反映した年数ではありません。あくまで減価償却を行うための税法上の基準値です。
時代トレンドの変化
ライフサイクルコストは、時代トレンドの変化という事前計画の練り込みや建築技術などでも予想が難しい要因でも変化します。例えば次のとおりです。
- 燃料価格の増加による電気代の増加
- 建築工事の請負費用や材料費の変動
- 土地の価格の変動に伴う建物の資産価値の変化
- 時代の流行り廃りによるデザインや建物構造に対する不動産業界や消費者、投資家の価値観変化
- 税法の改正
など
建物の資産価値の向上
収益を得る=費用が相殺されるという考えから、建物の資産価値を向上させて売却額や運用益を増やすことも、ライフサイクルコストの変化の一部といえます。
資産価値の向上・維持を達成するには、既存の建物にさまざまな付加価値を与える改修工事や設備導入を行います。具体的な例は次のとおりです。
- 最新技術搭載の設備導入による利便性・機能性の向上
- 流行りのデザインへの外観変更
- バリアフリーの導入
- 省エネやCO2排出量の削減などの環境への配慮
など
ただし、設備導入費や運用維持費など、別の出費との兼ね合いも想定する必要があります。
ライフサイクルコストを減らすには?
建物のライフサイクルコストを減らすことは、長期間住宅として使用する人や不動産投資を行う投資家にとっては資産の面で大きなプラスです。
そのため建築や施工に携わる者は、顧客のためにも「ライフサイクルコストを減らすための考え方や具体案」を知っておくことが重要です。以下ではライフサイクルコストを減らすための4つの考え方を解説します。
設計・建築段階からライフサイクルコストを試算する
ライフサイクルコストを減らすには、設計・建築段階から試算を行い「どうすれば運用管理費を抑えられるのか」「どんな材料・設備を導入するべきか」などを検討・計画することが大切になります。
また将来的な修繕費や更新費が同時期に発生しないよう、工事計画の分散を考えるのも重要です。
このように計画段階から建物の生涯を考慮して計画・管理する考え方を「ライフサイクルマネジメント(LCM)」といいます。
長寿命化のための定期的な保全を行う
建物を長寿命化し長く使えるようにするには、定期的な保全を行うことが大切です。
保全作業には機能低下や劣化を事前に発見する「予防保全」と、異常の早期発見や適切な対応を行う「事後保全」の2つ分かれます。どちらも意識した保全の実施が基本です。
具体的な保全作業は次のとおりです。
- 定期的な点検、運転管理、清掃、記録
- 異常や劣化の早期発見による初期段階での素早い修繕
- 日常業務や定期点検スケジュールなどの保全計画や保全体制の設定
- 保全の実施・ルールを遵守する人材の教育
など
また設計や建築段階で「維持・管理が楽な建物」を意識して工夫するのも、ライフサイクルコストを減らすのに有効な対策といえます。例えば材料調達・部品交換のやりやすさや、少ない工数での保全できる仕組み作りなどです。
光熱費を抑える設計や設備導入をする
建物にかかる光熱費は数十年単位であると考えると、光熱費を抑える設計や設備導入を検討することは、ライフサイクルコストを考える上で重要です。例えば以下の対策が考えられます。
- 断熱材を用いた建築
- 照明自動システムや自家発電、LEDの導入
- 省エネ技術を採用した最新の電気・空調設備の導入
- エネルギー性能や安全性、快適性の最適化を目的としたビル用の管理システム「BEMS(ベムス)」や家庭用の管理システム「HEMS(ヘムズ)」の導入
など
環境省や経済産業省では、ZEB/ZEH(建物で作るエネルギーと消費するエネルギーの年間収支をゼロにする建物。ZEBはビル、ZEHは住宅)を推奨していることもあり、省エネを意識した建物は資産的価値を高めることにもつながります。
「修繕費」と「資本的支出」を分けて考える
建物を建築した後にかかるランニングコストは、「修繕費」と「資本的支出」とで分けて考えるようにします。どちらの支出も損金(法人税法上は損金、所得税法上は必要経費)として経費計上されますが、その後の税制上の処理や資産的価値への考え方が変わります。
修繕費は維持管理や原状回復を目的とする費用で、原則として建物の資産価値の増減にはかかわりません。金額を抑えるのが望ましいです。
一方、資本的支出は耐久性向上や機能追加など、建物そのものの価値向上につながる部分にかかる費用です。支払った金額は損金(必要経費)になりますが、同時に資産としても計上されます。そのため資本的支出は金額を抑えるだけでなく「投資の対費用効果」まで考えることが重要です。
ライフサイクルコストを考えた建築・管理は重要!
建物の建築は、建築にかかるイニシャルコストだけでなく、建築後のランニングコストを含めて総合的に考えたライフサイクルコストまで考えることが、修繕費の削減や資産的価値の向上につながります。
最適な提案や建築を行うためにも、常にライフサイクルコストを意識した業務を行うようにしましょう。