“福岡県内のドボジョのボス”に話を聞いてきた
株式会社河建(福岡県みやま市)は、現社長の河野秀敏さんが昭和47年に創業した地域建設会社だ。福岡県南部を中心に土木、建築、産廃処理などを手掛けている。
ある筋から、この河建に「スゴ腕のドボジョがいる」という情報を聞きつけた。社長の次女で、今年1月から副社長を務める河野理恵さんその人だ。
監理技術者として現場仕事を束ねるほか、経営者として、ICT機器の導入や新人の採用・育成、HP運営などを一手に引き受ける、どうやら福岡県内のボスの番格らしい。ということで、理恵さんの生き様、土木に賭ける思いなどについて、話を聞いてきた。
18才でエステサロンを経営、28才から河建に専念
――河建はお父さんが創業したのですか?
理恵さん そうです。姉の河野淳子(取締役)は、大学卒業後から働いていました。来年、創業50周年を迎えます。父が24才のときに設立した会社です。
――お父さんとお姉さんがやっていたと?
理恵さん 母も働いていたので、両親と姉がやっていた会社です。
――理恵さんは河建には入らなかった?
理恵さん そうです。私は18才のとき、美容室と言うか、エステティックサロンのお店を自分で開いて、基本的にそっちを経営していました。
――家業を離れていたけど、途中から河建の仕事に携わるようになったと?
理恵さん そうです。父も年をとってきたし、姉一人に手伝わせるのは申し訳ないなと思ったのと、私の息子が「河建で働きたい」と言い出したということもあったので、「息子へのつなぎ」の意味もあって、家業に戻ったという感じでした。「姉の片腕にでもなれたら」ぐらいの気持ちでした。それ以前から河建の仕事には関わっていましたが、28才のときに自分のお店を譲って、完全に河建に専念することにしたわけです。
――河川工事が多いんですか?
理恵さん 平成24年7月九州北部豪雨以降、増えましたね。近くの矢部川が決壊して、それから河川工事を請け負う機会が増えた感じです。姉はもともと事務をやっていたのですが、災害をきっかけに、現場にも出るようになりました。
私は、1級土木施工管理技士の資格だけは持っていましたが、あくまで会社の点数稼ぎのための資格で、実際に現場に出ることはなく、入札とか契約とか主に営業をやっていました。姉が現場に出るようになったので、平成28年ぐらいから私も現場に出るようになりました。ちなみに、母も2級土木施工管理技士を持っています。「土木の資格を取っとくのは当然」という家庭環境ではありました。
――会社ではなんと呼ばれているんですか?
理恵さん 「理恵さん」とか「理恵社長」とかいろいろです。ウチの会社は呼び捨てはダメなので、それ以外ならなんでも良いよという感じでいます。私としては、社員にとって「相談できるおばちゃん」的な存在でいたいと思っています。