ワールドトレードセンターの倒壊原因調査に従事

アメリカ時代の職場の様子(北根先生提供)
――学位を取られた後、日本に戻られたのですか。
北根さん いえ、アメリカで就職しました。アメリカボストンにある「SGH」というコンサルタント会社で3年ほど働きました。日本に帰ることも考えましたが、選択肢があまりなく、また、せっかくアメリカに来たのだから、海外で働いてみようと考えたからです。SGHに決めた理由は、「フォレンジックエンジニアリング(Forensic engineering)」、日本語で言うと、「法工学」をスゴくやっている会社だったからです。たとえば、モノが壊れたときに、壊れた原因を探るということです。SGHでは主にこのフォレンジックエンジニアリングの仕事をやりました。
フォレンジックエンジニアリングの仕事は、訴訟に関係することが多かったです。なので、専門家として弁護士に雇われて、仕事をしました。モノが壊れたときに、なにが原因で壊れたかを巡って訴訟になる。そこでどちらかの弁護士に雇われて、原因を調査するという仕事です。
一番長くやったのは、2001年にテロで倒壊したワールドトレードセンターの倒壊原因の解析です。アメリカ政府として、倒壊の原因が火災だったのか、それとも爆破だったのか知りたかったからです。もし火災が原因なら、今の耐火基準で建設された世界中のビルが倒壊するリスクがあるという話になります。爆破に関しては、ビルのオーナーが爆薬を仕掛けて爆破したんじゃないかというウワサがあったからです。どっちにしても、政府として倒壊の理由が知りたいということでした。この仕事は非常におもしろかったです。
――倒壊の原因はなんだったのですか。
北根さん 複合的な要素が絡み合っていましたが、原因は火災と飛行機による損傷の両方でした。飛行機がビルに衝突すると、航空機燃料がビル内に飛散し、火災が起きます。ただ、火災が起きるのは飛行機が衝突した数フロアだけです。飛行機の衝突により、建物の柱などの重要部材が破壊されます。さらに、衝撃により鉄骨の耐火被覆材が吹き飛びます。耐火被覆がなくなると、熱で鉄骨の温度が上がりやすくなります。火災が起きたフロアの鋼材の温度が高温になった結果、床を支えている鋼トラスの強度が落ち床がズドンと落ちます。床が落ちると、柱の水平方向の支えがなくなることで、柱の長さが長くなり、座屈します。そうなると、火災がおきた部分より上の構造全体がズドンと落ちてしまいます。このズドンズドンが繰り返されて、最終的に倒壊したわけです。
――SGHを3年で辞めたのはなぜですか?
北根さん 仕事は非常におもしろく、まったく不満はなかったのですが、家庭の事情で、日本に帰ることにしました。日本の企業への転職も考えましたが、2005年ごろのことですが、当時の中途での就職は非常にハードルが高く、研究職に興味があったので、最終的に、名古屋大学に助手として拾っていただき、2006年に日本に戻ってきました。アメリカにはトータルで10年ほどいました。
――名古屋大学もメタルの研究室だったのですか?
北根さん そうです。それから14年ほど名古屋大学で研究を続けました。当時は伊藤義人先生のもとで研究していました。2010年に准教授にしていただきました。伊藤先生はメタルの腐食についてスゴく造詣の深いお方でしたので、腐食に関するたくさんの知識を得ることができました。
その後2019年に准教授として京都大学の私が学生時代に学んだ研究室に戻って来ました。杉浦邦征先生のもと、研究をしてきました。その後、杉浦先生が他の研究室に移られました。それからしばらくして2023年5月に教授になりました。
メタル、FRPの構造工学をメインに研究活動

北根先生と研究室メンバー
――こちらの研究室の主な研究内容について教えていただけますか?
北根さん 今は3本柱で研究しています。一つ目が「構造物を合理的につくる」です。新しい鋼構造を考えたり、新材料であるFRPを採用したりといった研究をしています。
二つ目が「鋼構造を維持管理する」です。鋼構造物を長持ちさせるためにどうやって補修するかということです。鋼構造物の主な損傷としては、腐食(サビ)があります。もう一つが疲労です。腐食や疲労を抑制する方法や補修方法について研究しています。
三つ目が「鋼構造物をモニタリングする」です。たとえば、現在橋梁は5年1回点検して健全性を評価していますが、センサーなどを橋梁に取り付けることにより、毎日橋梁の健全性をモニタリングすることはできないかという研究です。
――FRPに関する研究が興味深いのですが、土木構造物への採用事例について、最近の動向はどうなっていますか?
北根さん FRPの歩道橋はすでにいくつも事例があります。ほぼFRPだけでつくられた歩道橋は全国に10以上ありますが、歩道橋以外の構造物での採用としては、道路橋の合成床版に使われた事例があります。海外には道路橋の上部構造としての採用事例がありますが、日本では、FRPの耐久性についての確証が得られていないため、今のところ、道路橋の上部構造としての採用はまだありません。
耐久性とは、長期の材料特性や繰り返しの荷重を受けたときの疲労特性ということです。100年前につくられたFRPはないので、100年後にどうなるかわかっていません。
――歩道橋はOKだけど、道路橋はまだダメという感じなんですか?
北根さん そうですね。補修には使用されていますが、構造物の主部材としては使用されていません。あとは、腐食環境がキビしい場所の高速道路の検査路でも採用された事例があります。他には、水門扉にも使用されています。
――FRPのメーカーと共同で研究することもあるのですか?
北根さん それはあります。ただ、海外と比べると、メーカーの動きは弱いと感じています。海外では、FRPの複数メーカーが一緒になって、設計指針のようなものをつくっているのですが、日本にはそのような動きがまだ少ないです。
FRPは設計基準がなく、コストも高い
――FRPは非常に可能性を感じる部材だと思われるのですが、課題についてどうお考えですか。
北根さん ええ、可能性は十分にあると思います。課題としては、まず設計基準が整備されていないことです。国の基準の中に入っていないと、やはり採用されにくいです。高速道路会社が補修などで使っていますが、事業者が独自にマニュアルを作成して、その上で使っているのが現状です。補修に関しては、そのうち国の基準に入ると予想しているのですが。
――土木学会でFRPを扱う委員会はあるのですか。
北根さん あります。複合構造委員会の中にFRPを取り扱っている小委員会が複数あります。
――コストはどうですか?
北根さん まだ高いです。FRPの繊維になにを使うかでコストは変わってくるのですが、炭素繊維は高いです。炭素繊維は、材料特性としては優れているのですけどね。なので、FRPで土木構造物を作る場合は、ガラス繊維のみが使用されている場合が多く、炭素繊維を使用する場合は、ガラス繊維と組み合わせて、全体のコストを下げるということをやっています。トレジャーボートはガラス繊維で、アメリカズカップのヨットは炭素繊維でつくられていたりします。炭素繊維は高級部材なんです。
――環境面はどうですか?
北根さん 今のところは、あまり進んでいないと思います。とくに、リサイクルをどうするのかについて、あまり研究がなされていません。リサイクルの方法として、セメントの製造過程で燃料として利用される方法は実用化されていますが、その他、繊維と樹脂を分離し繊維を取り出してリサイクルする方法のほか、部材丸ごと粉砕してFRPの原料としてリサイクルする方法があるのですが、この辺の研究があまり進んでいないのが現状です。