YKK AP株式会社(東京都千代田区)はこのほど、2024年高断熱セミナー「脱炭素社会に向けた高断熱の家づくり~これからの住まいを目指すべき姿とは~」をオンラインで開催した。
2050年のカーボンニュートラルの実現に向け、集合住宅や建築物の省エネルギーで抜本的な対策が求められている。政府は2030年までに新築住宅・建築物の半分でZEHやZEBを求めており、その流れを受け、集合住宅でのZEH-M(ZEHの集合住宅版)の動きが加速化している。今回のセミナーではZEH住宅拡大に向けた政府の動向や海外のカーボンニュートラル実現に向けた省エネルギー動向を紹介するとともに、集合住宅の省エネルギー対策を共有した。
なお、講師は竹内昌義氏(東北芸術工科大学教授、建築家)が担当。竹内氏は、東京工業大学工学部建築学科卒後、同大学建築学専攻修士修了。ワークステーション一級建築士事務所を経て、1995年長野放送会館設計競技当選を機会に株式会社みかんぐみの共同代表に就任。ほか株式会社エネルギーまちづくり社代表取締役、一般社団法人パッシブハウス・ジャパン理事もつとめる。2001年から東北芸術工科大学で教鞭を取り、現職に。代表作に「山形エコハウス」や「HOUSE-M」などがある。
今回、セミナーをもとに集合住宅における高断熱化の方向性を探った。
脱炭素社会に向けた省エネ対策のロードマップ
プログラムの冒頭では、YKK APビル本部営業推進部の社員が「省エネ住宅の普及促進に関する背景と現状~カーボンニュートラルに向けた行政の取組みと集合住宅の現状~」をテーマに解説した。
菅義偉首相(当時)が2020年10月の所信表明演説で「2050年のカーボンニュートラルの実現」を宣言して以降、3年以上が経過し、この間状況が進化・加速している。2050年にストック平均でZEH・ZEBレベルの省エネ性能の確保を目指し、その流れを受け集合住宅でのZEHマンションの動きが活発化している。
2025年までに新築での省エネルギー基準の適合義務化、遅くとも2030年度までに義務付け基準をZEHレベルに引き上げることを目標にしていることから、集合住宅のZEH化は待ったなしの段階だ。この動きをもっと詳しく見てみよう。2025年度から「建築物省エネ法」の規制が強化され、住宅などのすべての建築物で省エネ基準以上の断熱性能を持たないものは建築できなくなるインパクトは大きい。窓・屋根・外壁などの断熱性能や設備のエネルギー消費量に基準を設け、建物の省エネ性能を評価する。従来、住宅では説明・届け出義務が実施されていたが、省エネ基準の適合が義務化される。また、建物の断熱でも住宅性能の表示性能も見直された。
2030年度以降の新築住宅は、現在の基準からエネルギー消費量をZEH同等レベルに引き上げられることから、省エネ性能の強化では断熱性の高い建材や高効率の空調機器が必要となる。
省エネ性能表示で建築物を選ぶ時代に
これまでもデベロッパー、ハウスメーカー、ビルダーでは優れた断熱性能を持つ住宅を供給してきた事例はあった。この動きを正当に評価するため、国土交通省は動いた。2022年3月までは断熱等級は等級4が最高ランクであったが、同年4月に2030年の義務基準のZEHレベル引き上げを視野に入れ、等級5~7までを新設した。等級新設は実に23年ぶりのことだ。
また、省エネ性能表示の強化と関連して2024年4月から住宅の販売や賃貸住宅の広告に省エネ性能ラベルを表示する運用がスタートした。当面は努力義務だが、省エネ性能ラベルが普及することで消費者の省エネ住宅の関心が高まることが想定され、消費者が建物を購入・賃貸する時に、省エネ性能の把握や比較が可能になる点は大きな動きだ。これから集合住宅も選択肢の中に断熱性能レベルを見て、消費者は購入・賃貸を選択する時代が到来するだろう。
また、2022年6月には窓の断熱性能表示制度の改訂も実施され、住宅の高断熱化に対して、特に熱の出入りの大きい窓などの開口部の対策を強化した。従来評価では等級「H-5」(熱貫流率2.3「W/m2・K」)の窓が最高等級であったが改訂後は平均的な窓にとどまる。仮に住宅性能等級5~7の達成を目指せば、窓の性能がポイントになり、リフォームする際も窓からの施工が重要になる。新たにH-6、7、8の高性能の窓の基準が設けられたが、窓メーカーにとって仕様の内容を示すことが肝要だ。
日本の住宅の断熱事情を見てみると、窓の高性能ガラスの普及状況では戸建て住宅と比較して集合住宅は遅れている。戸建て住宅の高断熱サッシの普及状況は91.5%と着実に進む。実際に2021年度調査ではアルミサッシが8.5%、アルミ樹脂複合サッシは65%、樹脂サッシは25%と一歩前を歩んでいる。一方、集合住宅の主なサッシは、アルミサッシが98%とほぼ大半を占める。集合住宅は窓の仕様で見ると、戸建て住宅と比較して断熱化が遅れている。そこで今後は集合住宅の断熱化をよりブラッシュアップしていくことが求められる。
竹内教授が目指す「ゼロエネルギー」
プログラムの第二弾は、竹内昌義東北芸術工科大学教授が「脱炭素社会を不動産のチャンスに」を講演のテーマに登壇した。
竹内教授は、「エコハウス」の研究を進め、2010年には「山形エコハウス」を、その翌年の2011年には「HOUSE-M」を相次いで完成し、いずれもほぼゼロエネルギーを達成している。ゼロエネルギーとは、自分たちの使う冷暖房のエネルギーと太陽光発電によりつくるエネルギーで収支がゼロになる。「山形エコハウス」では一般住宅の3〜4倍となる断熱材が使われ、壁にはグラスウール300mm、屋根には400mm、床下には100mm、基礎には150mm、という分厚い断熱材が入れられている。
菅首相(当時)は、2050年までに「カーボンニュートラルの実現」を宣言した。しかし諸外国では再生可能エネルギーの比率がかなり高まり、逆に日本が遅れている状況にあるという。また、断熱化や再生可能エネルギーに取り組むと景気が悪化するのではという意見があることについて「完全な誤解」とバッサリと斬る。
再生可能エネルギーの比率が低い日本
実は欧州先進各国、たとえばドイツ、イギリス、スペインのほかG7ではカナダでは、再生可能エネルギーの比率は40%を越え、G7で40%以下の国はアメリカ、フランス、日本の3か国にとどまる。この中でフランスはエネルギーの60%を原子力で賄っているため、再生可能エネルギーを使用しなくても脱炭素社会を実現するスタンスだ。一方、アメリカは次の大統領選挙に向けバイデン政権は、低所得層向け住宅用太陽光発電に70億ドル助成する方針を示したことから今後、アメリカも再生可能エネルギーの比率が向上することが見込まれる。
講演の中では竹内教授は、「アルミシングルガラスの窓のマンションをやめましょう」と提起した。これに対する反論として、現在の規制の範囲内で行っているから問題ないと意見が寄せられるという。ただし2004年時点での中国・北京で、超高層のマンションはすべて樹脂サッシの「Low-Eガラス」(エコガラス)であった。20年前の中国では、少なくとも富裕層向けには「Low-Eガラス」が普及しており、日本は環境面で中国に対して20年間後れを取った内実を解説した。
ゼロエネルギーは世界の潮流
また、世界幸福度ランクの上位にランキングする国々は、再生可能エネルギーの比率も高い事実も指摘した。脱炭素社会を実現すれば生活の満足度も上がり、エネルギーの依存もしなくなる。さらに不動産も劣化しなくなり、空き家の解決の道筋を示し、新たに産業や雇用も創出するため、脱炭素社会は儲かるとも語った。これからの社会は太陽光発電で電気をつくるため電気代やガス代がかからず、EVにつなげばガソリン代も安くすることも可能だ。
そこで欧州先進国で求められる住宅はゼロエネルギー。メリットは居住者が電気代を支払わなくて済むことだ。東京の電気代は諸外国と比較しても高くなり、払わなくて済むことが大事であるし、健康の追求のためには自動車に乗らないで自転車を活用し、徒歩での移動が望ましい。今の話は欧州の話でそのまま日本に持ってくることはできないものの、世界の大きな流れは変わらないと語った。脱炭素化、規制による義務化で大変だととらえるのではなく、ゼロエネルギーで暮らすにはどうすることが望ましいかを考えるべきだと提案した。
等級6が住み心地の良い集合住宅
プログラムの3番目はYKK APビル本部ビル商品企画部の社員が「これからの断熱住宅実現に最適な窓」をテーマに解説した。アルミ樹脂複合窓「EXIMA 55」を詳細に解説し、これまでのテーマであった窓の断熱化で部屋の寒さや結露という居住者の悩みごとを解決し、集合住宅向けに販売を2024年9月から開始することを紹介した。
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プログラムの4番目では、竹内教授とYKK APビル本部営業推進部の社員によるパネルディスカッションが行われた。その席上、竹内教授は、お客様が買ってよかったと思えるようなマンションとして、「断熱性能は等級6、7を目指すべきでそこまで来ると住み心地はとても快適になる」と語った。
そこでポイントになるのは窓の高断熱化だ。「結露するのであればいいマンションとはいえない。また窓を閉めたのに外部の音が聞こえるのは快適性に欠ける。1億円払って結露するマンションを買わなければならないのはこの国の貧しさを示している。今の日本の富裕層はより豊かになっているのでちゃんとした性能を持つ住宅を求めている。だから窓の製品についてもしっかりとしたものを提供すれば利益を確保できる構造になっていることを念頭において欲しい。実際、安い集合住宅は金額的にもたたかれている。これからの生き残りとしてはデザインにも性能にもしっかり配慮する集合住宅を供給するデベロッパーや施工業者ではないだろうか」と解説した。
YKK APは、2023年9月、全国各地の計500人を対象に「窓と結露に関する意識調査」を実施した。調査結果では対象の77%が窓の結露を経験し、うち68%が窓の結露に対して悩んだことがあると回答した。また、窓の結露によるカビがもたらす健康被害について、「具体的に知っている」と答えたのはわずか10%で、「毎日結露する窓には浴室の排水溝と同じくらいカビがいる」という事実を「知らない」または「聞いたことがある程度」と答えた人が94%にも及ぶ。
この調査を受け竹内教授は、「今、住宅が高騰して購入が難しい層がいらっしゃるが、この層に高性能の賃貸住宅の市場は非常に大きくある。大手のハウスメーカーのアパートも必ずしも性能が高いわけではないため、マンションやアパートの高性能賃貸住宅はポテンシャルを秘めており、この考えが広まっていくことが望ましい」と語った。
最後に竹内教授は、集合住宅は資産であり、自分の暮らしを満足しながらライフスタイルに応じて、リセールすることもある。その際、時代の急激の変化で以前では評価されていたものが今は価値が下がることもありうるため、オーナーやデベロッパーとしては一歩先を見据えて提案しないと、時代遅れになる懸念も示して締めた。