グリーンインフラの効果測定、定量評価の課題と実践
――グリーンインフラの取り組みをどのように評価していますか?定量的な指標で効果を示すことは可能ですか?
林氏 グリーンインフラの効果を単一の指標で評価するのは難しいと思います。治水と環境の両方に効果があることから、それぞれの観点から評価する必要があるのではないでしょうか。
たとえば、治水では、既往洪水の流量などに基づく明確な基準があります。一方、環境面では、魚、鳥、植物などにとって適切と考える生息環境を技術的根拠に基づいて設計し、5年または10年ごとの水辺の国勢調査を通し生物の個体数や長期的なトレンドを把握します。
ただし、効果は即座には現れないため、自然変動や外部要因を考慮しながらデータを分析する必要があります。住民の満足度については、統一的なアンケート調査はありませんが、地域のイベントや日常の対話を通じて得られたフィードバックをその後の整備に反映しています。
たとえば、鶴見川の多目的遊水地は、平常時は都市部における貴重な憩いの場とするため、遊水地内は横浜市が公園整備とあわせて自然環境整備を行い、多様な生物の生息場所となっているほか、年間約200万人が訪れるスポーツ・レクリエーションの拠点となっています。
「全員野球」という多主体連携の力
――流域治水では「全員野球」という言い回しが強調されているようです。グリーンインフラも同様に多様な主体との連携で進められているのでしょうか?
林氏 その通りです。グリーンインフラも流域治水と同様に、河川管理者だけでなく自治体、住民、企業、農林水産省や環境省といった他省庁と連携する「全員野球」で進めています。
たとえば、千歳川の舞鶴遊水地ではタンチョウの飛来と繁殖が確認され、自治体や住民と共に生息環境を保全しながら地域振興にもつなげています。地域ごとの特性に応じて、田んぼダムや山の保水対策など多様なアプローチを採用し、流域全体で自然の機能を最大限に活用します。国土交通省全体では、総合政策局が中心となりグリーンインフラを進めています。これに対し、水局は流域治水の枠組みで、他省庁やステークホルダーと連携しながら具体的な実践を進めています。
治水と環境両方に役立つことを目指した整備を進める鶴見川遊水地
――代表的なグリーンインフラの取り組みを教えてください。
林氏 河川では、田んぼダムや遊水地、農業用水路を活用した雨水貯流施設、輪中堤などが代表的な取り組みです。海岸では砂浜を広げて堤防までの距離を確保する取り組み、砂防では植生を活用して土砂崩れなどを抑える取り組みがあります。
鶴見川の多目的遊水地は、運用開始以降、これまでに24回の洪水調節を行っていますが、遊水地内にある横浜国際総合競技場(日産スタジアム)は、高床式(ピロティー構造)となっており、洪水が流入しても浸水しないように作られています。2019年(令和元年)に開催されたラグビーワールドカップでは、台風が直撃した翌日に試合(日本 対 スコットランド)を行うことができたことは大きな話題となりました。
また、遊水地内は、自然環境整備により、多様な生物の生息・生育・繁殖の場となっています。これらの取り組みは、治水と環境の両方に役立つウィンウィンの整備を目指しています。
――とくに先進的な取り組みを挙げてくださいと言われれば、なにを挙げますか?
林氏 各流域が、それぞれ工夫を凝らした取り組みを行っており、どの流域も頑張っていますが、一例を挙げると、大和川流域は流域治水の先進事例として知られ、グリーンインフラも積極的に進めています。鶴見川流域は総合治水対策の一環として整備した多目的遊水地が治水、環境、住民の利活用がバランスよく実現されています。また、千曲川含めた信濃川水系では、令和元年の台風被害を機に地域の関心が高まり、流域治水とグリーンインフラの統合的な取り組みが進められています。
グリーンインフラの未来 地域の個性とレベルアップ
――グリーンインフラの今後の展望やロードマップはありますか?
林氏 グリーンインフラはすでに全国109の一級水系で実施されており、一定の基盤が整っています。今後は、共通基盤であるグリーンインフラをさらに強化しつつ、地域ごとの個性を活かした取り組みを推進します。
海沿いや山間部の河川では生態系や植物の特性が異なるため、地域のシンボルとなる生物や自治体の優先事項を反映したプロジェクトを展開します。流域ごとの協議会でグリーンインフラの具体策を議論し、地域おこしや生態系ネットワークの強化につなげています。次のステップは、これまでの取り組みのレベルアップと、地域ビジョンの深化です。
終わりに
林氏の話から、水局がグリーンインフラを通じて自然と人間の共生を積極的に追求する姿勢が鮮明に浮かび上がる。流域治水という包括的な枠組みの中で、地域の特性を活かし、多様なステークホルダーと協働する「全員野球」的アプローチは、流域管理に限らず、国土交通省の常套手段ではあるものの、それだけに一定の合理性がある。
鶴見川のような先進事例が、グリーンインフラが単なるインフラ整備を超え、地域の誇りとレジリエンスを育む力を持つことを示していることが、その証左と言える。
人材採用・企業PR・販促等を強力サポート!
「施工の神様」に取材してほしい企業・個人の方は、
こちらからお気軽にお問い合わせください。