一地域で20棟も建替え
人が居住しているマンションの建替えは1棟でも大事件ですが、それが一地域で20棟も発生したケースがあります。
東京都A市にとんがり屋根に、ベージュ基調のおしゃれなマンションが並んでいました。南欧風のデザインが人気を集め、建築業界の賞を受賞したりテレビドラマのロケ地に使用されたりしていました。
特殊法人によりこのマンション群46棟が分譲されたのは1989年から1993年、バブルの絶頂期です。一戸あたりの広さは100平方メートルで、価格帯の中心は5000万円から7000万円でした。
80倍とも言われる抽選に当たり、大金を投じて、引っ越してみれば、あろうことか雨漏りに結露、手で触っただけでコンクリートが崩れ、鉄筋が切断され、地震のときはすさまじく揺れていたのです。
さらに、管理組合による分譲10年後の大規模修繕時の調査で、欠陥が次々と露呈しました。コンクリート充填不良、かぶり厚不足、配筋不良…。鉄筋のすきまに気泡ができたまま固まらせていたため、壁の内部はボロボロの状態で、コンクリートの代わりに工事中の飲み物の空き缶が出てきたこともあったそうです。
建替え費用200億円、住民の生活補償費用400億円
住民と特殊法人側との交渉はもつれにもつれて、解体から建て替えを経て、再入居できたのは欠陥が問題化してから実に10年後でした。その間も住めない自宅のローンは払い続けなければなりませんでした。
20棟のマンションの建て替え工事費用は約200億円。住民たちの避難先住宅の用意、家賃、引っ越しにかかる費用はもちろん、エアコンや冷蔵庫、テレビや電子レンジの無償貸与も必要でした。住民たちの生活を支える費用400億円を合わせると合計約600億円と推定されています。
43社が工事に関わり、なぜ一様に欠陥工事に?
46棟を施工したのは43社です。それだけの会社が、同時に欠陥工事を行うことは不自然だと思われます。特殊法人は、衆議院国土交通委員会でこう説明していたそうです。
「当時はバブル時期の建設ラッシュだったので、大手ゼネコンと契約ができなかった。作業員不足も深刻だった。このため工事区域を細分化し、中堅業者を共同企業体にして数社ずつ入れて人手不足を解消しつつ工期の短縮を図ろうとしたが、業者が十分な施工体制を作ることができなかった」
この事例でとくに問題となったコンクリート打ちの職人は、バブル期は取り合いになっていたそうです。編み上げた鉄筋に木の型枠を組みコンクリートを打つ作業には経験と勘が必要です。気泡や砂利の詰まりなど、中が見えない型枠の外から読み当てて木槌で叩いたり、さおで突く作業は経験を積まなければ身に付かないものです。コンクリート打ち職人が引き抜かれないように作業中にトイレに行くにも見張りをつけたと伝えられています。
「手抜き工事」ではなく「未熟工事」
技量の低い作業員でも時間をかけて教育すればちゃんとした工事はできたはずです。しかし、人口が増えるので学校施設や教員を増加、スーパーがオープンするなどさまざまな受け入れ準備が進行しており、工期を遅らせるわけにはいかなかったようです。技量の低い作業員を育成する時間がなかったのです。しかもこのマンションは屋根に傾斜をつけるなど斬新なデザインで設計が複雑であり、施工は難しいほうでした。
「手抜き工事」ではなく難しい工事、余裕のない工期、技量が身に付いていない作業員を急がせたための、これは「未熟工事」でした。
また、監督員を40人ほど常駐させていましたが、ほとんどが民間の施工管理会社への委託であり、多くは新人や高齢者だったようです。当時は欠陥が出ても施工管理会社が法的責任を問われるケースも少なかったため、形だけになりがちだったそうです。
欠陥工事が判明した22棟を工事した業者がかかわった全国のマンション3,300戸を調査したところ問題がなかったことが判明しています。結果的にこの現場一帯では「見ていなかった」ということのようです。ここも「未熟管理」だったのです。
バブル経済の教訓という過去ではなく、今そこにある危機かも
バブル期は建設ラッシュゆえの人手不足でしたが、現在は少子化や就業者不足による人手不足の深刻化が進行しています。人手不足が「未熟工事」につながらないように注意が必要でしょう。
これは「中が見えない型枠の外から読み当てる職人の経験と勘」が宝であることを教えてくれるバブル期の教訓ですが、過去のものではなく、これから起こり得る危機について警鐘を鳴らしてくれているようにも思われます。
職人の経験と勘は宝。この事例では、この宝を現金に換算して表現すると600億円になるといえるでしょう。