「年間500棟から1,000棟へ」。この野心的な事業拡大計画を、社員の休日を増やしながら実現しようとする企業がある。長崎市に本社を置く総合建設会社、株式会社谷川建設(谷川喜一社長)だ。在来木造住宅をコア事業に、公共工事やマンション建設でも大きな存在感を放つ同社が、成長の切り札として選んだのは「現場に行かない」という選択だった。
2024年2月、同社は株式会社クアンド(福岡県北九州市、下岡純一郎代表取締役CEO)の遠隔支援コミュニケーションツール「SynQ Remote(シンクリモート)」を導入。遠隔臨場により現場への移動時間を大幅に削減し、月間550時間もの業務時間削減を見込むほか、ベテランと若手の連携強化や品質向上も実現している。今後、シンクリモートなどのDXによる生産性向上で、現場監督も現行50名から75人に増員し、年間1,000棟の施工体制構築を目指す。
テクノロジーを武器に、生産性と働きやすさを両立させる谷川建設の取組みを、同社建設推進室課長の林利哉氏に聞いた。
DXを”強力に加速”するため発足した「建設推進室」
――まず、御社の概要についてお聞かせください。
林利哉氏(以下、林氏) 谷川建設は1971年(昭和46年)に創業し、今年で55年目を迎えております。創業者の谷川彌一氏(社長・会長を歴任)が五島で木材業を営んでいましたが、このまま木材は海外からの輸入でいずれ終わりを迎えると時代の流れを感じ取っていました。そこで木があるならば家をつくる仕事をすればいいと、単身長崎本土に乗り込み、谷川建設を創業しました。今は九州地方を中心に16事業所を設置し、コア事業としては在来木造住宅で、年間400~500棟を施工し、売上高では約320億円で推移、従業員はグループ含め約640名です。累計棟数は2万棟を超え、施工後のアフターメンテナンスにもつとめています。
長年勤務してきた実感として申し上げますと、リーマンショックのような世界的な経済危機に見舞われた際も、当社は経営が揺らぐような危機的状況に陥ることはありませんでした。 その反面、消費税増税直前のような住宅業界特有の「駆け込み需要」で一時的に業績が急伸することもありますが、当社はそのような短期的な特需に依存することなく、全体としてなだらかな右肩上がりの成長を続けています。そのため、社員にとっても安心して長く働ける環境です。
――創業者の一代でここまでの規模へ成長できた源泉はどこにあったのでしょうか。
林氏 創業者は大変な勉強家で、新しいものに積極的に取り組む意欲が強く、また優れた先見の明を持っていました。創業当時の地方では、高齢の方が現金で住宅を建てることが一般的でしたが、当社ではいち早く住宅ローンを組んで家を建てるという手法を導入しました。大都市圏ではすでに始まっていましたが、九州の地方都市においては、早い方の取り組みだったと記憶しています。
――林様のこれまでのご経歴を教えてください。
林氏 谷川建設に入社後、工事課(木造住宅現場管理)へ配属となり、熊本県を中心に約10年間、現場管理に携わりました。2011年には東日本大震災の復興事業として、災害復興住宅建設(長崎県からの材料運搬業務)に参加し、その後本社建設部へ異動しました。
2016年の熊本地震の際は復興チームへ加わり、再び工事課へ復帰しました。2018年には「i+Land Nagasaki(アイランドナガサキ)新築工事」(東京ドーム5.6個分の広大な敷地に建設された木造2階建て14棟のリゾートホテル)の木造部門責任者を務めました。その後、2023年に建設推進室の立ち上げ責任者に就任し、現在に至ります。

林氏が木造部門責任者をつとめた「i+Land Nagasaki(アイランドナガサキ)」
――林様が所属される建設推進室とは、どのような部署ですか?
林氏 社内のDXを強力に加速させるための専門部署として立ち上げられたのが建設推進室です。先ほどお話したように、当社は創業者の時代から業務の効率化や機械化に積極的で、たとえばWindowsが市場に出回る前より、社内に電算室を設立。見積、予算、実行書やCADなどの業務のデジタル化をいち早く導入しました。プレカット工場を住宅メーカーが所有することは当時異例で、九州では当社のみでした。ただ一方で、建設業界特有の「紙の文化」が根強く残っていたのも事実ですので、谷川社長の号令で発足して、約2年半になります。






良い記事ですね!
技術者の要件緩和の前にこう言ったことを進めることが重要です!
地方の行政機関だと理解できないゆえ保身で遠隔が進まない現状
眼鏡タイプ・ARグラスが普及すれば良いですね。
ロボットや建機の遠隔は良いですけど機材を運ぶ事を考えると
まだまだ先の話だと思いますね。
自動運転で輸送は法整備もそうですけど結局メンテナンス(設定・整備)
を誰がするの?