現場と行政の「認識のズレ」をなくす土木学会指針
――こうした個別の成功事例を、業界全体が使える技術へと昇華させるのが、2025年7月に発刊された土木学会の「技術指針」かと思います。現場目線から見た、この指針の最大の意義は何でしょうか。
大岡氏 本指針は、建設現場の深刻な人手不足、工期の長期化、環境負荷といった諸課題に対応すべく発刊されました。策定にあたってPolyuseとしては、今後意思決定において関わる度合いの大きい建設業界従事者全体の建設用3Dプリンタに対しての「認識差」を埋めるプロセスを最重視しつつ構築を行いました。そのためには第一に徹底した意見交換からスタートしています。特に業界の持続可能性として今後の業界全体の施工能力は、推進される公共工事や国土強靱化、老朽化インフラの維持管理といった膨大な需要を安全に支えきれるのかという懸念点がありました。
内容面では、国土交通省が推進する「i-Construction2.0」も背景に建設用3Dプリンタ技術の強みである「省人化」「工期短縮」「災害復旧の迅速化」「安全性の確保」という目的意識を委員会全体で共有しました。また、技術評価が個々の主観に依存しないよう、ベースラインを揃えることに重要性があると考えました。具体的には、建設用3Dプリンタの定義から、構造物の検査手法、品質管理基準、安全運用規定に至るまで、多角的な項目を体系的に整理しました。
同指針の最大の成果は、関係各位との「目線合わせ」が可能になった点にあると考えます。これまで生じがちだった定義や解釈の齟齬が整理され、共通の「物差し」が示されたことで、発注者や建設コンサルタントとの協議においても大きな効果を発揮しています。今後は、発注者、建設コンサルタント、施工者、メーカーといった各主体が、この共通の「土台」に立ち、足並みを揃えて技術実装を進めていくことが重要になります。2026年度以降は、本指針に準拠した工事発注が実運用として広がることを期待しています。立場の違いを超えて共通の技術認識を持つことで、建設業界全体として目指しています国土強靱化に資する迅速かつ効率的な施工体制の構築が可能になると信じています。
今後、継続して実際の公共工事で得られた施工効果や実績データを蓄積し、本指針へ反映していくことが重要です。発注者、設計者、施工者など、あらゆる立場の関係者が安心して仕様に取り入れられるよう、具体的な活用イメージを示す継続的なアップデートが求められます。Polyuseとしても、現場で得られた知見や実績データを整理・提示し、委員会での議論や運営にも積極的に関与しながら、更なる実装に向けた取り組みを一層強化していきます。
吉村氏 当社も委員として参画し、現場で培ってきた知見を活かしながら基準づくりに関わりました。本指針の大きな特徴の一つは、現場発の技術革新が大手ゼネコン主導ではなく、当社のような地域ゼネコンという「草の根」から生まれた点にあります。日本の公共工事の多くは中規模以下であり、地域ゼネコンが日常的に運用できる技術として確立されたことには、大きな意義があると考えています。
現在、Polyuseさんをハブとして地域ゼネコン同士がアメーバ状に連携し、活発な情報交換が生まれている点は非常に興味深い現象です。これまで横のつながりが必ずしも強くなかった地域ゼネコン同士が、この技術を核として共創する動きが広がれば、業界全体のDXはさらに加速していくと考えます。
現行の指針はオフサイト(工場製作)を主眼としていますが、今回の現場ではニアサイトで300以上の部材を製作し、さらに見学会ではオンサイト(現地直接印刷)の実演も行いました。こうした取り組みを踏まえ、次回の改定では現場近傍や現地での施工に関する規定が拡充されることが望まれます。これらが制度として整理されれば、建設用3Dプリンタはより実装性の高い、未来の施工を体現する技術として一層進化していくはずです。
参考:コンクリートライブラリー168 建設用3Dプリント埋設型枠を用いたコンクリート構造物の技術指針(案) / 土木学会
「石工」の伝統と最新ICTの融合
――「石工」を原点とし、鉄道土木や寺社仏閣関連など伝統ある実績を持つ御社が、なぜいち早く3DプリンタやCIMといった施工DXへと大きく舵を切れたのでしょうか。
吉村氏 おっしゃる通り、当社のルーツは京都の北白川で興った「石工」事業に遡ります。ここで切り出された石材が当時の諸官庁へ納入されたことを契機に、京都市電をはじめとする鉄道工事へと事業が広がり、その後、現在の土木・建築を柱とする総合建設業へと発展していきました。現在の売上構成比は、土木4割、建築4割、維持管理2割というバランスで推移しています。
石材事業を端緒として、京都に路線のある電鉄各社とは明治時代からお取引を頂いており、鉄道土木および建築は今なお当社の大きな軸となっています。建築部門では、私や大岡代表の母校でもある同志社大学をはじめ、教育施設の建設に強みを有しています。民間・公共の別を問わず公共性の高いプロジェクトを主軸としており、京都という土地柄、寺社仏閣に関連する特殊な工事を任される機会も多くあります。
そうした歩みの中で、当社は京都府内でもいち早くICT施工の導入を進めてきました。従来の点的な手作業による測量から脱却し、UAV(ドローン)や地上型レーザースキャナーを活用して現場を面的な「点群データ」として取得しています。これにより、現況地形を短時間かつ高精度に把握することが可能となり、施工計画の高度化や現場管理の効率化につながっています。
さらに、AR(拡張現実)などの先端技術も現場に導入しています。タブレット端末やARグラスを用い、設計図から構築した3次元モデル(CIMモデル)を実際の現場風景に重ね合わせることで、構造物の配置や高さの整合性を施工現場で直感的に確認できる体制を整えています。こうした建設DXの取り組みと建設用3Dプリンタを融合させた今回のプロジェクトは、次世代の施工の在り方を示す先進的な事例として高く評価されており、大きな意義を持つものだと考えています。
入社2年目が建設用3Dプリンタを主導。「平均年齢24歳」チームの底力
――今工事では、平均年齢24歳の若手チームが最前線を担ったと伺いました。ベテランの経験則が重宝される土木現場において、若手がこれほどのポテンシャルを発揮できたマネジメントの秘訣はどこにあるのでしょうか。
吉村氏 2025年1月下旬から約半年間、現場の最前線で建設用3Dプリンタの運用を担ったのは、平均年齢24歳の4人の若手チームでした。最年長かつ工事責任者でも34歳と若く、CIMデータの作成からプリンタの運用までを主導したのは、入社2年目の20歳の技術者です。
若手技術者がこれほどの力を発揮できた背景には、「失敗を許容し、まずは任せる」という姿勢があります。もちろん、本社には経験豊富な技術者が控えており、バックアップ体制も万全に整えていました。施工全体のマネジメントにおいてはベテランの知見が大きな支えとなりますが、局所的なデジタル技術の習得に関しては世代間のギャップはほとんどありません。
建設現場では一般に、経験に裏打ちされたベテランの存在感は大きいものです。しかし、建設用3Dプリンタのような新技術の領域では、誰もが同じスタートラインに立ちます。むしろ先入観のない若手だからこそ、現場での臨機応変な対応力を発揮し、例えばニアサイト製作では気象条件に応じた養生管理などにも柔軟に適応してくれました。入社間もない社員が中心となってプロジェクトを完遂し、目に見える成果を上げたことは、彼らにとって大きな自信につながったと感じています。

施工チームの若手技術者たち
――今回の成功を受け、今後の技術習得や人材育成についてはどのようにお考えですか?
吉村氏 当社では今後、土木技術者の「多能工化」を軸とした人材育成を進めていきます。建設用3Dプリンタを一部の専門職だけの技術にとどめるのではなく、汎用的なスキルとして社内に蓄積していくことが重要だと考えています。次の現場では、また別の若手社員を専任として配置する予定です。こうした取り組みを積み重ねながら技術の裾野を広げていくことで、建設用3Dプリンタは現場に根付いた実践的な技術として定着し、建設業の新たな可能性を切り拓いていくと考えています。

