病室の「風」は、患者にとって敵だった
当時のフジタは、大規模倉庫と並んでもう一つ、利益率の高い病院の受注に力を入れていた時期だった。そこで技術センターのチームに課題として持ち込まれたのが、「病院用の放射冷暖房システム」の開発だ。
4人部屋の病室を想像してほしい。天井の中央に四方へ気流を吹き出す空調機がついた、あの一般的な配置だ。患者にとって、あの「風」は思いのほか厄介な存在なのだ。
「点滴中はちょっとした風向きの変化も困りますし、人工透析の方や術後で安静にしているような患者さんは低代謝で身体が極めて敏感な状態になっています。そこに少し風が当たるだけで強烈に感じてしまい、眠れなくなる。埃を立てたくない手術室や人工透析室も同じです。病院には『風が絶対ダメ』な環境が本当にたくさんあるんです」
そこで注目したのが「放射(輻射)冷暖房」という方式だった。一般的なエアコンが「風(気流)」で温度を調整するのに対し、放射冷暖房は目に見えない「赤外線」を利用する。私たちが太陽の光で暖かさを感じるように、物体の表面温度が周囲と異なると、空気を介さずに熱が伝わる。これが放射熱の原理だ。床暖房はその代表例で、風ではなく床面の温度によって室内を暖める。その原理を天井に応用し、空調の「風」ではなく「面の温度」で室内環境をコントロールする技術が放射冷暖房だ。
※参考(動画):【フジタ】『眠リッチ』 寝室用エアコン 放射冷暖房のメカニズム解説編/ YouTube(大和ハウスグループ公式チャンネル)
当時すでに放射冷暖房という方式自体は存在していた。天井裏に冷温水管を通し、金属パネルの表面温度を変化させることで、風を使わずに放射熱で室温を調整する仕組みが一般的だった。ただ、コストが問題だった。小さな個室一部屋あたり、設置に数百万円かかることも珍しくなかった。
「特別室やVIPクラスの病室でしかペイできないから、一般的な病室には入れられなかった。それを他社比で一桁安く作れたら、ゼネコンとして病院を受注しやすくなるんじゃないか、というのがスタートでした」
試行錯誤の末にたどり着いたのが、石膏ボードと透湿クロスの組み合わせだった。石膏ボードの天井を裏側から空調機で冷やすと、通常は表面に結露が生じてしまう。ところが、ビニールクロスの代わりに透湿クロスを貼ると、冷房空気の乾燥性能が裏側から湿気を引き抜き、結露する前に乾かしてしまう。「結露しない、冷たい天井」が実現できたのだ。複数の特許を取得し、実際に病院へ施工された事例も生まれた。

病院用天井放射冷暖房システムが導入された「埼玉石心会病院」の化学療法室
そして、フジタが大和ハウスグループに参画するタイミングで、「いいシステムなので、住宅用も作れないか」という話が立ち上がった。
こうして、病院受注のための技術として始まったプロジェクトは、「寝室用の風を感じないエアコン」というまったく別の方向へ舵を切ることになった。
途方もない素材検証の果てにあった答えは「オフィスのパーテーション」
住宅向けシステムを作るうえで、最初の壁は「重さ」だった。前述の通り、病院用システムで使っていた天井パネルは、石膏ボード系の重い素材で作られていた。住宅の天井に取り付けるには、もっと軽くしなければならない。
さらに石膏ボードと同じように透湿性も必要だった。そのうえ、「高級感があり、硬い平面」に見えるものでなければ、寝室には馴染まない。機能だけでなく、見た目の質感も最初から開発の条件に組み込まれていた。
「寝室の天井は毎晩見上げるものだから、圧迫感なく、部屋に馴染んで、それでいて少し上質に見える。そのバランスにはかなりこだわりました。角の半径ひとつとっても、当時の最先端だったiPhoneのラインを意識して、先進的でありながら柔らかく見える半径を何度も試しました」
グループ会社(当時のダイワラクダ工業、現・デザインアーク)のメンバーが様々な内装材を持ち込み、大手住宅設備機器会社である株式会社長府製作所の高温高湿実験室で、夏を想定した過酷な条件下で次々と検証した。
試した素材を挙げればキリがない。ハードボード、ケイカル板、最薄規格の石膏ボード、透湿性樹脂パネル…。「結露しない、でも重い」「軽い、でも結露する」の繰り返しだ。
この停滞を打破する答えは身近にあった。
「フレームにストレッチ素材の布を張ったタイプのパーテーション、よくオフィスにありますよね。あの布で試したら、うまくいったんです」

眠リッチ®に使用されているサーモテックファイバー生地
布ならば軽く、しかも透湿性がある。方向性が決まると、今度はその布を量産できる縫製業者探しが始まった。アパレルの縫製では小さな布しか対応できず、天井パネルサイズの大型の布を扱えるのは、自動車のシートを手がけるような工場だった。
「布屋をいろいろ探し回って、縫製まで対応してくれて、大型の生地を扱えるところを探すのが大変でした。なんとか量産を一緒にやってくれている会社と出会えた。いま振り返ると、本当に地道な作業でした」

眠リッチ® (壁掛タイプ)の前で。室内は、風はないのに冷気を感じる不思議な感覚。
「完全な放射冷暖房ではない」ことが立ち上がりの遅さをカバーする
これまで説明したように、放射冷暖房は風を使わない。だが、それゆえの弱点もある。立ち上がりの遅さだ。
一般的なエアコンは「いかに早く目標温度に達するか」を重視する。立ち上がりが早い代わりに、温度を安定させるために常に風が出続ける。一方、放射冷暖房は立ち上がりに時間がかかる代わりに、一定温度になったあとの安定性が高く、風も音もない。
「会議室のように5分後にお客様が来る、という場面では立ち上がりの早い一般的なエアコンのほうが確実に向いています。でも寝室なら30分前につけておけばいい。立ち上がりより、寝ている間ずっと静かでいることのほうがはるかに大事ですから」
とはいえ、その弱点にただ甘んじているわけではない。眠リッチ®のユニークな点は「完全な放射冷暖房ではない」ことだ。眠リッチ®は、「ハイレンジ・ヒートポンプエンジン」という室内ユニットで冷却・加熱した空気を、独自のサーモテックファイバーパネルに当て、布の表面温度を変化させることで放射熱を発生させる仕組みだ。つまり、冷温水を循環させて冷暖房を行う一般的な放射冷暖房と異なり、空気を放射熱に変換するハイブリッド構造になっている。ある程度の空気の流れも活用しているため、純粋な放射冷暖房システムに比べて立ち上がりが早いのだ。

眠リッチ® (壁掛タイプ)の放射冷暖房システムの仕組み
「赤外線100%だと立ち上がりがどうしても遅くなる。でも空気の通りも利用できるので、立ち上がりもそこまで遅くない。これが眠リッチ®の特徴のひとつです」

