なぜ「風がない」とよく眠れるのか
では、ここで改めて「睡眠と風」の関係について紐解いていきたい。
「風がないからよく眠れる」という主張は、直感的にはわかりやすい。だがその効果は、複数の経路で睡眠に作用していることがわかってきた。
風がないことの恩恵は、大きく分けて三つある。一つ目は「無意識の寝返り」を防げることだ。片側から風が当たり続けると、体は無意識に風から逃げようとして寝返りを打ってしまう。寝返り自体は自然な行動だが、深い睡眠段階のデリケートなタイミングで起きてしまうと、せっかくの睡眠サイクルが一気にリセットされてしまう。
二つ目は「空気の質」が保たれること。風がなければ室内の塵が舞い上がらず、口元には常に清潔な空気が届く。鼻が詰まりにくく、喉も乾燥しにくいため、自然な鼻呼吸が促される。
そして三つ目が、送風音がないことによる「静けさ」だ。風がないことと音がないことは密接に連動しており、一体となって質の高い深い眠りを守っている。
「あらゆる快適性の根本が、『風がない』ことに集約されるんです」
脳波で証明し、論文レベルの認証へ
「体感でよかった」だけでは製品として世に出せない。効果の数値化が次の課題だった。
まず技術センターで、まったく同じ形状の2部屋を用意し、片方に眠リッチ®、もう片方に一般的なエアコンを設置して、被験者に寝比べてもらい脳波を測定した。
「アンケートではバイアスがかかるんです。被験者は無意識に『よかった』と答えがちになる。だから脳波で客観的に見たんです。その結果、眠リッチ®の部屋で寝たほうが、中途覚醒が明らかに少なかった」
ただ、自社データでは社会的な説得力が足りない。そこで豊橋技術科学大学の建築・睡眠環境研究室に依頼し、第三者試験を実施。バイアスを排した環境で行った結果は、「就寝中の中途覚醒時間がエアコン比で80%減少」という明確な数値を示した。

眠リッチ®が睡眠に与える影響。
この結果を引っ提げて挑んだのが、(一社)睡眠ヘルスケア協議会の「スリープサポート認証」だ。約10製品が認定を受けている中で、眠リッチ®は空調機部門として初のゴールド認証を取得した。
「認証の審査は、学術論文と同レベルの厳格さなんです。被験者へのブラインド処理の程度、測定方法、統計手法、さらに数値の平均が違うだけではダメで、有意差検定(P値0.05以下)まで確認される。20項目以上の審査を受けましたが、その厳しさは論文の査読並みでした」
同じゴールドを持つ製品としては、睡眠計測アプリや布団、耳栓などがあるが、空調機がゴールド認証を取得するのは初のことだという。
ゼネコンが「マーケティング」を学んだ日
技術が完成に近づいたとき、改めて向き合わざるを得なかった問題もあった。そもそも眠リッチ®は、ゼネコンの技術開発としては異例の製品だった。
「技術センターで開発する以上、簡単に真似されてしまうものは作らない、というのが最低条件でした。どんなに優れた技術でも、パッケージ化して海外に流せばあっという間にコピーされてしまう。つまり、ゼネコンにしか使いこなせない、物理的な施工を伴わないと成立しない技術でなければならないという考えで、従来は開発に取り組んできました」
ところが、一般向けに販売する眠リッチ®は、その哲学から初めて外れようとしている製品だった。単独で成立する製品として販売するからには、特許で細かく守りを固めながら進めていく必要があった。
そしてもう一つ、組織として全く経験のない壁が立ちはだかった。「マーケティング」だ。
「これまでのゼネコンの技術開発は、顧客が10社20社の世界。相手の顔が見えていて、マンパワーで営業できるBtoBの世界には慣れていました。でも眠リッチ®の相手は不特定多数の一般消費者。どこにいるかもわからない相手に、どうやって届けるか。そのやり方をゼネコンは知らなかったんです」
最初は外部コンサルタントを雇ったが、形にならなかった。次に、大手メーカーのマーケティング部門出身の顧問人材を迎え入れ、広告代理店やマーケティング会社との「通訳」として動いてもらいながら、ようやく戦略の輪郭が見えてきた。ターゲットが「睡眠市場」であることは小野氏の中ではかなり早い段階から固まっていたが、マーケティング調査を経て初めて「誰にどうやって売るか」が整理され、そのプロセスの中で『眠リッチ®』というブランド名も生まれた。
「マーケ・販売戦略が回り始めたのは、製品がほぼ完成してからでした。技術開発がそこまで先行していた。それ自体は反省点でもあるんですが、先に形を作っていたからこそ、今があるとも言えます」
ゼネコンが家電量販店の棚でモノを売る
眠リッチ®には現在2つのラインナップがある。新築・リフォーム時など設計段階から組み込む「天吊スマートタイプ」と、既存のエアコンと同じ位置に後付けできる「壁掛タイプ」だ。この壁掛タイプの登場が、ゼネコンとして前例のない販売モデルを可能にした。
「家電量販店の店頭に並べて、あとはそれぞれ売ってもらう、というモデルをメインの流通にしようとしています。ゼネコンがこうした商流を活用することは、なかなかないですよね」
壁掛タイプは、既存のエアコン工事業者が取付説明書を見れば施工できるレベルに落とし込まれており、工事費も既存エアコン施工費の約1.5倍程度に抑えられている。これにより、戸建て・マンション問わず一般家庭への導入ハードルが大きく下がった。

壁掛タイプの設置イメージ
物流・在庫管理は長府製作所に委ね、受注が入ったら製造・出荷してもらう形を取る。工場も倉庫も持たないゼネコンが製品を売るための、まったく新しいモデルだ。
病院をはじめとした法人向けの提案も引き続き行いながら、一般家庭への普及を本気で狙う。
「フジタ=睡眠」を目指して
今、小野氏の頭の中の大半は「睡眠」で占められている。
「技術センターの研究分野は様々で、植物の研究をしている人もいる。それらと組み合わせながら、ゼネコンとしてスリープテックの領域に色をつけていきたい」
天井の空調という切り口から入ると、ベッドメーカーとも照明会社とも競合せずに連携できる。
「最終的には、フジタにマンションを任せたら寝室が快適、フジタにホテルを任せたら睡眠の質が違う。そういうポジションを獲りにいきたい。スリープテックという分野では、今のところゼネコンではフジタが先行しているという自負があります」
そして最後に、眠リッチ®の開発の根底にある思いをこう語った。
「1日の3分の1、質のいい睡眠を取ると、残りの3分の2のパフォーマンスが上がる。深く寝て、高く活動する。この下と上のギャップをいかに広げるかに、1ミリでも貢献したい。今は寝室の熱環境というところからしか貢献できていないですが、いい眠りのための1日のサイクル全体をデザインできるのは、ハコモノから造ることのできるゼネコンが一番強いと思っています」
眠りが変われば、一日一日の生き方が変わる。ゼネコンが、多忙な現代を生きる人々のパフォーマンスそのものをデザインしようとしている。
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