(一社)日本建築学会(小野田泰明会長)は、2026年の日本建築学会各賞の選考結果を公表した。同賞は、1949年の創設以来、国内建築界における最高権威の顕彰制度として、建築文化の向上と技術発展を支え続けてきた歴史を持つ。
「大賞」には、長年の真摯な研鑽を通じて極めて顕著な貢献を果たした石山祐二氏、藤森照信氏、渡邊俊行氏の3氏が選出された。そのほか学会賞(論文・作品・技術・業績)をはじめ、教育賞や著作賞、文化賞など、多岐にわたる分野から優れた個人・団体がその栄誉に輝いている。
大賞選考委員長を兼ねる小野田会長は発表に際し、「現在、本学会の伝統を継承しつつ、次世代に向けた発展的改編を進めているが、顕彰事業は学会の根幹を成す最重要事業であり、優れた業績を正当に評価し、未来をドライブする役割を担う。大賞は個別プロジェクトの評価を超え、長年の実績が対象となる最高位の賞。代表する先生方に授与できることは、学会として大きな喜びだ」との感想を寄せた。

小野田泰明会長
贈呈式は5月29日の通常総会後、建築会館ホールにて挙行される。奨励賞および作品選集新人賞の表彰式は、9月8~11日に広島市の安田女子大学で開かれる「2026年度日本建築学会大会(中国)」に合わせて執り行われる予定。
以下、建築界の注目が集まる大賞、および作品・技術部門の詳細を詳報する。
参考:2026年「日本建築学会大賞・学会賞・教育賞・著作賞・作品選奨・奨励賞・作品選集新人賞・文化賞」受賞者 / (一社)日本建築学会
「構造・歴史・環境」の先駆者が大賞
最高位の「大賞」には、それぞれの専門分野で建築界の発展を牽引してきた3氏が選出された。
【石山祐二氏】現代の耐震設計基準を築いた先駆者
石山氏は北海道出身の84歳。1967年に北海道大学大学院修士課程を修了後、建設省(現・国土交通省)に入省。1991年より母校の教授を歴任し、2005年に名誉教授。著作『建築構造を知るための基礎知識 耐震規定と構造動力学』は、実務者・研究者の必読書として知られる。
特筆すべきは、1981年の建築基準法施行規則改正における「新耐震設計法」導入時の功績だ。当時、建築研究所の主任研究員として、振動性状や地震応答の技術的検討を主導。現在の耐震設計の根幹をなす地震層せん断力係数(Ai)の導入や振動特性係数の定式化、木造壁量計算の改善などを成案化した。その後も『建築物荷重指針・同解説(2004)』の取りまとめなどに尽力し、2005年には学会賞(業績)も受賞している。
【藤森照信氏】建築の魅力を再発見した「知の冒険者」
藤森氏は長野県出身の79歳。1978年に東京大学大学院博士課程満期退学。同大学生産技術研究所教授等を経て、2016年より東京都江戸東京博物館館長。建築史を専門としながら、五感で建築を愛でるフィールドワークを提唱した『建築探偵の冒険 東京篇』等の著作で広範なファン層を獲得している。
設計者としても「神長官守矢史料館」など独創的な作品を世に送り出してきた。同氏は公文書等の原資料を丹念に紐解き、明治政府が江戸を近代都市へと変革させた過程を実証。公文書に基づく歴史研究の先鞭をつけた『明治の東京計画』(1982)は毎日出版文化賞を受賞し、今なお近代都市史研究の金字塔として君臨する。これらにより1998年には学会賞(論文部門)を受賞している。
【渡邊俊行氏】持続可能な建築環境学の土台を確立
渡邊氏は福岡県出身の79歳。1974年に九州大学大学院博士後期課程を単位取得退学し、1989年に同大学教授に就任。
同氏の功績は、建築熱環境の解析・予測・評価を体系化した点に集約される。とくに、対流と放射を分離した多層平面壁体の非定常熱伝導理論や、室間相互換気を考慮した多数室の室温変動理論を構築。パッシブ・クーリング手法や持続可能な建築設計指針を理論的に裏付け、環境エネルギー学の研究拠点を確立した。
また、日射直散分離の独自式の提案を通じて建築外壁への環境負荷を定量化するなど、現在の学会環境基準の土台を築き上げた。
社会情勢の変化を映す3つの作品賞
続いて、学会賞(作品部門)では「屋島山上プロジェクト」(高松市)、「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」(茨城県行方市)、「金沢美術工芸大学」(石川県金沢市)の3件が選出された。
選考委員会作品部会の赤松佳珠子部会長は、「リノベーション系の作品が非常に増えた点が印象的で、これは時代の転換点といえる。その多様なスタイルを作品としてどう評価すべきか議論された。社会情勢の変化を実感する」と総括。選出された3件のうち2件が既存改修の手法を導入している。
「尾島山上プロジェクト」(香川県高松市)

「屋島山上プロジェクト」 / 撮影 ©Laurian Ghinitoiu
「屋島山上プロジェクト」は、高松市の象徴である屋島山上に誕生した「やしまーる」を中心とする整備事業で、建築家・周防貴之氏(SUO代表取締役)が設計した。
1970年代をピークに客足が遠のいた同地に対し、「自然公園としての再生」と「瀬戸内国際芸術祭との連携」を軸に、新しい価値を付加した。
リニューアルした「れいがん茶屋」は、景勝地「獅子の霊巌」に位置する絶景のティーハウス。周囲の自然や「やしまーる」と調和するモダンな空間へと生まれ変わった。
「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」(茨城県行方市)

「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」 / 撮影 ©TAKAHASHI IPPEI OFFICE
「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」は、行方市の「霞ケ浦ふれあいランド」再生整備事業の一環。建築家・髙橋一平氏(髙橋一平建築事務所)が手掛けた。
巨大な屋根が特徴で、壁のない開放的な空間により「動物・人間・自然」が一体となる場を創出した。キリンやカピバラらを間近に感じられる新しい形式の動物園であり、地域の市民活動拠点としての機能も併せ持つ。
檻で隔てられることのない共存の場として、これまでにない空間を実現した。
「金沢美術工芸大学」(石川県金沢市)

金沢美術工芸大学 / 撮影 吉田誠氏
「金沢美術工芸大学」は、移転再整備を行った新キャンパス。設計は日野雅司氏((株)SALHAUS共同代表/東京電機大学教授)、川口有子氏((株)カワグチテイ建築計画共同代表)、仲俊治氏((株)仲建築設計スタジオ共同代表/東京都立大学准教授)の共同チーム。
科を横断して利用可能な「共通工房」が特徴で、多種多様な作業を支える工房群はガラス壁で隔てられ、廊下から内部を視認できる。機材等を示すグラフィックと相まって、技術を媒介とした学生間の交流を生む。分担の境界を意図的に混ぜ、多声的かつ統合された複雑な校舎を実現した。
脱炭素の未来を拓く2つの技術賞
最後は、学会賞の技術部門である。「建物のゼロカーボンを目指したZEB設計手法にかかわる支援技術」および「既存鉄筋コンクリート造建築物の中性化深さを考慮に入れた耐久設計法」の2件が選出された。
学会賞選考委員会の楠浩一委員長は、「技術部門は開発された個別の技術を評価するが、いずれも極めて時代に即した内容。今回のゼロカーボンと中性化というテーマは、社会ニーズに対し敏感に対応した技術が結実したといえる」と評した。
建物のゼロカーボンを目指したZEB設計手法にかかわる支援技術

「建物のゼロカーボンを目指したZEB設計手法にかかわる支援技術」
本技術であるZEB設計支援ツールは、建物形状や外皮性能、設備システム、創エネ要素といった諸情報を統合。設計の初期段階からエネルギー消費量、創エネ量、さらには快適性などを一体的に評価可能な環境を構築した点が特徴だ。
建築BIMモデルや標準化データベースとの高度な連携により、意匠案の変更に伴う性能評価を短時間で反復実行でき、従来多大な時間を要した検討プロセスを大幅に短縮した。これにより、ZEB達成レベルの判定を設計者、設備技術者、建築主が共通認識として共有することが可能となり、ZEBを前提とした意思決定を日常的な設計プロセスへ組み込んだ点が、選考で高く評価された。
最大の特徴は、BIMや標準化データベースとの高度な連携だ。これにより、意匠案の変更に伴う性能評価を短時間で反復実行できるようになり、従来多大な時間を要した検討プロセスを劇的に短縮。設計者、技術者、そして建築主がZEB達成レベルを「共通言語」として共有することを可能にした。
技術的な側面では、気象条件や立地特性を反映した「外皮・設備・創エネ」の最適解の探索、意匠と環境性能評価を同一プラットフォーム上で完結させるワークフロー、そしてZEB設計ガイドラインと連動した標準プロセスの確立という3点が特筆される。
これにより、省エネ・創エネを単なる個別技術の集積ではなく、建築計画と密接に統合された「総合技術」へと昇華させた点は、従来の環境設計支援の枠組みを一歩推し進める成果といえる。
また、海外専門機関との連携を通じ、先進的な評価手法を導入しつつ、日本の法制度や設計慣行に適合する実務的な運用ツールとして結実させた点も意義深い。
受賞者は、伊勢田元氏((株)竹中工務店設計本部環境デザイン部部長)、中川浩明氏((株)竹中工務店設計本部シニアチーフデザイナー(環境))、ヤシンイドリス氏((株)竹中工務店設計本部環境デザイン部環境開発グループ主任)、今井達也氏((株)竹中工務店大阪本店設計部エンジニアリング部門環境グループ)の各氏。
既存鉄筋コンクリート造建築物の中性化深さを考慮に入れた耐久設計法

中性化深さを考慮に入れた耐久設計法のイメージと既存RC造建築物の事例
「既存鉄筋コンクリート造建築物の中性化深さを考慮に入れた耐久設計法」は、コンクリートの中性化深さと鉄筋腐食の相関性や中性化深さ以外に評価すべき影響因子に着目して研究開発を推進。これにより、中性化が進行した既存RC構造物における改修後の供用期間推定を実用化した。
技術的特徴は、中性化の進行度に応じた緻密な予測モデルにある。第一に、対象建築物における中性化深さの調査結果に基づき、中性化が鉄筋位置まで「到達していない場合」と「到達している場合」のそれぞれに最適化した検討手順を策定した。
第二に、中性化が鉄筋位置に未達の場合、進行を抑制する仕上げ材の選定とその抑制効果量を精緻に把握し、改修後の供用期間予測に反映させる手法を確立した。
第三に、既に中性化が鉄筋位置まで到達しているケースにおいては、鉄筋位置におけるコンクリート含水率と鉄筋腐食速度の関係性を解明。鉄筋腐食量が構造的な限界値に達するまでの期間を推定可能とした。
仕上げ材の性能を織り込んだ同耐久設計法は、築35~46年の事務所ビルや公共施設など、新築を含む5件の適用実績を持つ。具体例を挙げれば、築42年のRC造事務所ビルで、適切な塗料を施す改修を実施。これにより、再利用時から約60年、当初の竣工時から起算して100年を超える計画供用期間の実現を裏付けた。
ストック型社会への転換が急務となる中、既存建築物の長寿命化を理論・実務の両面から支える技術として高く評価されている。
受賞者は、酒井正樹氏((株)大林組技術研究所エキスパート)、神代泰道氏((株)大林組技術研究所エキスパート)、岸浩行氏((株)大林組設計本部構造設計部エキスパート)、兼松学氏(東京理科大学教授)の各氏。



年配の方の受賞が多いみたいですね。