明細から見えてくる、当時
2枚を並べて見ると、
①本給がマジで上がらない
7年間、基本給は1円も動いていない。昇給は職能給と諸手当で調整する仕組み。バブル崩壊後、大手でもコレが普通でした。
②残業前提の手取り構造
1998年も2005年も、残業代が消えたら手取りはガクッと落ちる。いわゆる「残業ありき」の給与体系。
③労働時間がエグい
1998年は労働日数22日で総労働時間224時間、そこに休出48時間。
2005年は月27日勤務で早残44時間。休日出勤がガッツリ乗ってるので、実質休みはほぼ無かった感じです。
厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定基準」では、発症前1か月におおむね100時間、または2〜6か月平均で月80時間超の時間外労働が過労死ラインとされています。
当時は休出を含めるとこの水準に迫る、もしくは簡単に越える月もありました。
コレだけ見ると激務に見えますが、忙しいときと暇なときの落差もかなりあったので年度末は覚悟して仕事していた感です。
しかも上記で書いた様に44時間以上はノーカウント!そういう時代でした。
この頃から私はタフでした。ラス張りやったり、タイヤショベル乗ったり、材料運んで、施工管理してw
それでも、施工会社の職人の給料は私の2倍くらいあったと思います。
今と昔、業界は変わったのか
国土交通省によれば、建設業にも2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されています(原則月45時間・年360時間、国土交通省「建設業における働き方改革」)
あの時代とは隔世の感、というヤツですw
ただ、私的に思うんですよ。
昔は残業代がガッツリ出たから手取りが成立した(アッパーはあっても)
今は労働時間が制限される中で、給与水準をどう守るか。
コレ、業界の大きな課題ですね。
とくに法面屋みたいな専門工事業は、元請の予算に左右されやすい構造。
人件費を上げようにも、発注側が歩掛や労務単価を見直してくれないと、業界全体は変わりません。
国交省が毎年公表する公共工事設計労務単価は近年プラス改定が続いていますが、現場への還元にはまだ課題もあるのかなと思います。
単価も上がらず、残業規制で出来高上がらないのに、給料は上げろと。
なんと難しいことか・・・

50歳の自分から、若い頃の自分へ
明細を見返していると、月224時間よく働いてたなと、お前凄いじゃん!あの安月給で!って思いますw
でも、今の若い世代には伝えておきたい。
これからは「残業で稼ぐ」じゃなく、「技術と資格と効率で稼ぐ」時代にしていかないと。
いまだクソみたいな制度の建設キャリアアップシステム(CCUS)や、技能者の処遇改善に向けた業界全体の動きなど、正当に評価される仕組みは少しずつ整ってきているように思います(思います!?思います??)
が、実際はたくさん仕事したほうが良いことを私はオススメします!それが一番仕事ができるっようになる近道です!(↑とは矛盾ですが)
昔の給与明細は、私的には単なるノスタルジーじゃなく「業界の変化の記録」だと思うワケです。
しばらく大事に取っておこうかとw(また違う年度の給与明細で記事でも)
皆さんは若いころの給与明細ありますか?
それ見て、今を考えると面白いですよ。
良いことも悪いことも思い出しながら、今また頑張っていきましょう!
※この記事は、『新エンタの法面管理塾』の記事を再編集したものです。


古い紙の給与明細を机に広げ、老眼鏡をかけた50歳くらいの作業着姿の男性
これ原稿で必要ないでしょう
画像生成用じゃないですか?
追記
記者に限ってはAIは使用しない方が良いと思います…。
文章もAIで書いていると思われたらどうですか?
自分は正直ドン引きですw
更に追記します!
AIが創作したものか判別するAIも進んでいますよ…。