VRで”列車に接触する”。失敗と危険をあえて経験させる
――「失敗を経験して学ぶ」という点にも注力されているそうですね。
鵜飼氏 建設業は、基準通りに施工し、検査に合格して初めて価値が認められる世界です。しかし施工管理の視点に立つと、「正しい状態」を知っているだけの人と、「どうなれば失敗し、なぜそれが起きるのか」まで知っている人とでは、管理能力に大きな差が生じます。失敗のメカニズムを実体験として理解することは、優秀な技術者を育成する上で不可欠です。
とはいえ、実際の現場でわざと品質管理を怠って失敗することは、コストや工期、社会的信用の面から絶対に許されません。現場で失敗できないからこそ、当センターという安全な「実験場」で、あえて多くの失敗をリアルに体験してもらおうと考えました。
たとえば、土木部門のコンクリート構造物では、作業手順や管理をあえて怠った状態のものを用意し、表面に砂利が露出したり、ひび割れが発生したりといった施工不良となった状態を、「失敗例」として目の当たりにさせるわけです。
また、建築部門のタイル貼りでは、裏側のモルタルが十分に充填されておらず、叩くと「空洞音」がする不良箇所をモックアップに潜ませておきます。研修生自身に点検ハンマーで検査させ、音の違いや違和感から、自力で不良箇所を見つけ出す訓練を行っています。さらに軌道部門でも、踏切・信号関係の設備で軌道短絡や障検動作などを意図的に発生させ、「触れて、失敗する」体験を通して信号設備の仕組みや動作を理解させる取組みを行っています。
――現場で絶対に起こしてはならないという意味では「労働災害」などの安全面も同様かと思いますが、安全管理についても徹底した「体験型学習」を導入されていますね。
鵜飼氏 おっしゃる通りで、建設業において「安全はすべてに優先する」は絶対の原則ですが、実際の行動に結びつけるモチベーションを引き出すのは非常に難しいのです。人間が危険に対する意識を一番強く持つようになるのは、自分自身が実際に危険な状況に遭遇したときです。その瞬間に、危険に対するセンサーの感度が劇的に上がります。
そこで当センターでは、安全に対する意識を飛躍的に高めるために「安全探究ルーム」や「危険体感ルーム」を設け、怪我をしない安全な環境の中で、視覚的・体感的に危険な疑似体験をしてもらう取り組みをしています。
一例では、高所からの墜落の衝撃を学ぶために、実際の人間と同重量の人形を、高さ約4mから落下させる体感訓練を行っています。凄まじい衝撃音とともに、人形が地面に叩きつけられる光景を間近で見ることで、フルハーネス安全帯着用の重要性が理屈抜きで脳裏に刻まれます。
また、最先端のVR安全教育設備も導入しました。VRゴーグルをはめて仮想空間の中で、高所から自分が真っ逆さまに墜落する体験や、線路内で列車に跳ねられる体験などを用意しています。研修生たちの様子を見ると、落ちる瞬間や列車が迫ってくる瞬間には凄く驚いて声を上げたり、身体をびくつかせて避けようとしたり、明確な恐怖が見て取れます。この本気で怖いと感じるリアルな心理的体験こそが、現場に戻ったときの強力な抑止力になります。
80億円の投資を社内に留めない
――教育カリキュラムや、併設された生活棟(宿泊施設)での工夫についてもお聞かせください。
鵜飼氏 今回、部門ごとの教育格差やばらつきをなくすため、部門をまたいで一括して安全と一般教養を学ぶ「共通研修」の枠組みも新たに設置しました。また新入社員から課長職クラスに至るまで、階層ごとに全部門の社員が同じタイミングで研修期間を設定しています。社内の同期や同年代の仲間が、部門の垣根を越えて一斉に集まり、絆を深めるシステムを構築しました。
併設された生活棟は、若手社員の意見も取り入れて検討を重ね、「行くのが楽しみな場、そしてまた来たくなる場」を目指して作られました。根本的に研修生が英気を養う場として計画されていましたが、ここに「コミュニティラウンジなどでの会話や対話を通じて社員同士の絆を醸成する」という要素を盛り込みました。
非常に思い切った取り組みですが、生活棟の4人部屋の寝室を決める際、同じ部門の人間だけで固めることをせず、所属部門に関わらずランダムに部屋割りをする方法を導入しました。放っておけば気心の知れた同部門のメンバーだけで集まってしまうため、少し無理やりにでも他部門の人間と話さざるを得ない環境を作ったわけです。
また、部屋の外でも自然に対話が生まれるよう、ハード面にも徹底的にこだわりました。廊下の至る所にテーブルやベンチを置いて雑談スペースを設けたり、「多目的ラウンジ」にはゾーン別にソファーやAV機器、運動器具等を配置するなど、研修生が自然と集まる場所を仕掛けています。
――最後に、センターの今後の展望をお聞かせください。
鵜飼氏 教育体制の抜本的な再構築から、最先端の体感設備、生活棟におけるコミュニケーションの設計に至るまで、非常に多くの新しい取り組みを詰め込んでスタートを切りました。
これだけ新しいことを一気に始めたので、最初からすべてが100%うまくいくとは全く思っていません。運用の1年目に関しては過度な成果を急ぐのではなく、じっくりと全体の様子を見ながらトライアンドエラーを繰り返していく期間であると位置づけています。研修生たちのリアルな声を聞き、実習の効果が現場の実務に活きているかを確認しながら、まずはこの1年で新しい教育システムの足腰を鍛え上げることが最優先です。様々な職場から集まってきた研修生たちの声に耳を傾け、検証を重ねていきます。
そして次年度以降に向けては、社員研修に関するさらなる改善を継続することはもちろん、施設の様々な活用方法についても検討していきたいと考えています。将来的には、この施設や当社の教育に対する先進的な取組みを、社外、ひいては建設業界全体に対しても広くアピールしていきたいと考えています。
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