担い手確保・育成で「働き方改革」に迫られている建設業界
「働き方改革」は今や建設業界にとって、生産性向上とともに一丁目1番地の改革だ。「働き方改革」を成功に導かなければ、今後10年間にわたり、100万人以上離職されると予想される建設業界の生産性は壊滅的な打撃をこうむることになる。
そこで今回は、官民一体となって「働き方改革」に取組んでいる関東甲信越地方の公共団体や各建設業協会の事例を紹介したい。今こそ若者たちに「建設業も働き方改革をやろうとしている」と実感させ、入職を誘導するような実践例を提示しなければ、建設業への入職を促すことは難しい。
長野県建産連の「プレミアム・サタデー」とは?
まず、一般社団法人長野県建設業協会や専門工事業団体などが集結する長野県建設産業団体連合会(長野県建設業協会・長野県建設産業団体連合会、藏谷伸一会長)の取り組みを紹介する。
長野県建産連は7月から長野県内の建設現場で「プレミアム・サタデー」を開始した。「プレミアム・サタデー」とは、第2土曜日を一斉に休日にする取組みである。
長野県建設業協会の大月昭二常務理事のインタビューし、「プレミアム・サタデー」について話を聞いた。
長野県内の現場(写真提供:長野県建設業協会、DVD「建設の仕事」より)
長野県内では「4週6休」を導入しても実態は休めない
施工の神様(以下、施工):7月から「プレミアム・サタデー」を導入した経緯は?
大月昭二さん(以下、大月):長野県建設部と共働で取り組んだ、長野県建設業協会の会員企業493社に対するアンケートでは、制度上「4週6休」を採用するか、休日取得日を示す「年間カレンダー」によって「4週6休」を導入している企業が合わせて約74%あります。しかし、実質的には土木工事の70%、建築工事は20%の企業が「4週6休」を実現できていないという結果が出ています。
「4週8休」を導入している企業は10社程度です。長野県をはじめとする公共工事では「週休2日制モデル工事」を実施しており、休みやすい環境も整っています。しかし現実的には、民間工事では土曜日は2割しか休むことができない、という実態が明らかになっています。
施工:そこで「プレミアム・サタデー」を導入した?
大月:はい。国で「働き方改革」を進めていますが、地域建設企業だけではなく、地域専門工事業界も巻き込まなければ意味がありません。そこで、長野県建設業協会だけではなく、専門工事業界も加盟する長野県建設産業団体連合会が一緒になって、「プレミアム・サタデー」を実施したのです。
長野県建設業協会は5月26日、長野県建設産業団体連合会は6月の総会でそれぞれ会員会社の同意を得て、7月から「プレミアム・サタデー」実施の運びに至りました。
「プレミアム・サタデー」の課題は、日給月給の専門工事業者の収入減
施工:7月8日が初めての「プレミアム・サタデー」でしたが反響は?
大月:今、会員会社に9月には実施から3か月間のアンケートの提出を求めているところです。特に、「プレミアム・サタデー」を実施できなかった理由について回答を求めています。その回答をもとに長野県と長野県建設業協会とが一緒になって行っている「建設業検討会議」で改善し、官民一体となって「プレミアム・サタデー」を実施していこうというのが第一歩です。「プレミアム・サタデー」のポスターも1万部作成し、配布をしながら進めてまいります。
長野県建設業協会の藏谷伸一会長(写真提供:長野県建設業協会、DVD「建設の仕事」より)
施工:具体的にはどのような課題がありましたか?
大月:長野県内の地勢的な課題として、地域によっては、豪雪地帯があり、半年の休業を余儀なくされる地域があります。専門工事業者は日給月給が8割を占めているため、春、夏、秋が稼ぎ時です。ですから一律に、「プレミアム・サタデー」を実施しようとしても、専門工事業者の方々は収入が減少するという課題があります。
国としても日給月給の問題には踏み込んでいません。休めば、生産性は落ちますから、専門工事業者の単価も含めて検討しなければ、強制的に休みを増やそうとしてもうまくいかない現状があります。
また、その一方で、地域建設企業にも課題があり、公共工事は休めますが、民間工事は工期が厳しく休むことは難しいです。国は、民間会社同士の契約については口を挟まないという姿勢ですが、民・民契約の改善や専門工事業者の単価も含めて方向性を示して欲しいというのが本音です。どのような救済措置を図るか、国や長野県に要望をお願いしていくところです。
このままでは専門工事業界の技術伝承も困難に
施工:専門工事業界の高齢化は著しく、技術伝承も困難になるという声もありますが。
大月:専門工事業界の最大の課題は、高齢化に伴い技術の伝承が困難になっている点です。若手への技術伝承のためには、専門工事業界がもっと魅力にあふれる業界にしなくてはなりません。若手の入職のためには休日が必要ですが、日給月給制度では休みを取得できません。非常に危機的な状況と言えます。鉄筋工、型枠工、左官工、板金工など業種を問わずいずれも問題は深刻です。
施工:今後の対策は?
大月:外国人実習生だけに頼らず、長野県の地元に根付く若手入職者を増やしていく努力を継続的に進めていかなくてはなりません。「プレミアム・サタデー」やそれに伴う課題をまず、同じ甲信越地区の一般社団法人新潟県建設業協会や、一般社団法人山梨県建設業協会と意識を共有し、同意していただきました。
次はこの問題を一般社団法人全国建設業協会の関東ブロック会議で取り上げてもらうよう努力してまいります。
「プレミアム・サタデー」の発案者は長野県建設部長の油井均さん
実は、この「プレミアム・サタデー」は4月に就任した長野県建設部長である油井均さんのアイディアだ。油井さんはかねてより「働き方改革」として 週休2日制の確保は重要な課題というのが持論。油井均さんは長野県建設部長に就任後、長野建設業協会及び長野建産連の藏谷伸一会長と会談し、「プレミアム・サタデー」のアイディアを披露、藏谷会長も同意し、総会の可決を経て実施に至った経緯がある。
長野県としても「プレミアム・サタデー」を応援、長野県建設部技術管理室は「発注機関に情報提供して、プレミアム・サタデーの積極的な推進を図るよう通知し、緊急工事でなければ休むようにしています」とコメントしている。
一方、8月1日には、長野県建設業協会、国土交通省関東地方整備局、北陸地方整備局、中部地方整備局、長野県で意見交換会が開催された。議題には、「週休2日と必要経費、工事量の確保について」「プレミアム・サタデーの推進について」も上がった。
この席で長野県建設業協会は、「適正な利潤を確保した上で週休2日を推進していくために、適正な工期設定と必要経費の確保」を要望した。これに対して国土交通省は、「長野県内でスタートしたプレミアム・サタデー、長野県建設業協会が行った週休2日に移行した場合の工事価格の試算結果については、当方としても分析させて頂きたいと思います。工事費の積算に関する事項は、全国的な内容となりますので、本省にも伝えて参りたいと思います。」と回答している。
埼玉県内の公共工事を一斉に休む「埼玉県ハッピーサタデー」
続いては埼玉県だ。
埼玉県では、県やさいたま市が中心となり、埼玉県内の公共工事を一斉に休む「埼玉県ハッピーサタデー」を実施する。「埼玉県ハッピーサタデー」の実施日は10月7日、11月4日の両日。埼玉県内の公共工事を一斉に休む「埼玉県ハッピーサタデー」について、埼玉県は、「建設業の担い手確保・育成に向けては、就業者の処遇改善や休日の確保等の働き方改革を進めることが重要」と考えている。建設業界の週休2日に対する意識の向上を図ることを目的に、公共工事の一斉休工の取り組みを実施することにした。
埼玉県ハッピーサタデーのポスター(画像提供:埼玉県県土整備部)
埼玉県は、国土交通省関東地方整備局や県内の市町村に呼びかけ、関東地方整備局およびさいたま市も賛同、緊急工事以外、ほぼ県内の公共工事は一斉に休工する体制が整備された。
さいたま市を除く各市町村は独自の判断だが、一部地方公共団体を取材したところ、この動きに同調する動きも多い。埼玉県県土整備部建設管理課の担当者によると、「公共工事一斉休工を取組むことによって、建設業を目指す若者から見ても建設業も休む努力をしていると判断され、最終的には、若者の担い手確保・育成につながる」とその狙いを語る。
千葉県「週休2日制モデル工事」を大幅拡充、快適トイレのリース代一部負担も
次は、千葉県だ。千葉県はこれまでも「週休2日制モデル工事」に力を入れてきた。今年度は、県土整備部の土木事務所(15事務所)では2件以上、その他の出先事務所(12事務所)では1件程度のモデル工事をそれぞれ実施。対象は土木一式工事。昨年度は18件であったため、倍以上に増やすことになる。
このほか、8月下旬から千葉県の土木工事を受注した建設業者に対し、水洗機能を備えた洋式仮設トイレのリース料を一部負担する制度をスタートする。千葉県県土整備部技術管理課は、「働き方改革の実現や職場環境の改善など、将来の担い手確保に向けた取組が求められているなかで、様々な施策の拡充を行っており、今回はその一環」とコメントしている。
千葉県週休2日制モデル工事の現場(写真提供:千葉県)
官民一体で乗り出す「建設業の働き方改革に関する協議会」
建設業の働き方改革について官民の関係者が話し合う「建設業の働き方改革に関する協議会」(議長・古谷一之官房副長官補)は7月28日に開催され、原案は8月末までにとりまとめる方針だ。
建設業における働き方改革は始まったばかり。様々な先進的な事例をもとに、一気通貫で行うことが大切だ。これからの建設業界の「働き方改革」を今後とも深く掘り下げる形でリポートし、若手の担い手確保・育成に役立てたい。