まず遭った逆質問。畳みかけられ、取材も頓挫
これは私が橋梁補修の技術開発を手掛けているIT会社の社長にインタビューをした時の話だ。
人手不足やDX促進、生産プロセスや維持管理の高度化——あれもこれも?あれよあれよ?とIT系先端技術と建設業界は親和性を高めてきた。
なので、私は油断していた。
「その質問、よく耳にするんですけど、前提のエビデンスってどうなってます?」
質問に入る前置き——「橋梁補修が進まないのは、補修費ならびに技術者の不足が大きな要因」といわれていますけれども——、に先方が反応。業界内の取材では共通認識としてほぼスルーされるこのひと言、畑違いのIT業界はゼロベースでグイグイ精査してくる。それも、にこにこさわやかにだ。にわかにはつまびらかにできない事態だが、今ここで根拠を説明できるとしたら、——あれとあれか。
国土交通省さんの道路メンテナンス年報にあるアンケート結果資料と、NHKさんの調査報道。国交省さんは地方自治体さんへのアンケート結果を社会資本整備審議会の資料として複数アップしている。
NHKさんは「“橋がトンネルが崩れる” 74万のオープンデータを調べると」という特集を公開、「全国道路施設点検データベース」と情報公開請求で得られたデータをもとに、2022年3月時点での対策状況について管理者別に分析を行った結果として主に3点を示し、
- 国、都道府県、市区町村と、行政の規模が小さくなるにつれ、着手できていない橋の割合が高くなる傾向が見られる(5年を超えて対策に着手できていない橋についても同様の傾向)
- 都道府県においては、対策ができていない橋の数が多い=対策が進んでいないとは一概に言えず、もともと管理する橋が多い都道府県が対策できていない橋も多い傾向が見られる(5年を超えて対策に着手できていない橋についても同様の傾向)
- 政令市・市区町村においては、川の多い地形で、もともと管理する橋の数が多かったり、海岸線や雪が多く、塩害などによって橋の老朽化が進みやすかったりする地域の自治体で、対策できていない橋が多い傾向が見られる(5年を超えて対策に着手できていない橋についても同様の傾向)
とする自治体順位の一覧表と、国交省さんの「特に小規模な地方自治体で予算や人員が厳しく、対策が十分進んでいない現状は認識している」というコメントを報じている。
読後、先方はなお続ける。
「なるほどですね。一覧表とかももちろん1つのわかりやすさでは良いとは思うんですけど、もっとこうゴリゴリしたデータっていうか、一見して傾向がつかめる図、例えば日経平均とドル円と日銀保有国債残高を一枚にまとめたみたいなイメージのが僕的にはわかりやすいんですけど、ないですか?」
心でつぶやく、そんなのあったら私も欲しいよ・・・。2人でしばらく検索したものの掘り当てられず、記者が宿題として引き取ることに。
そして取材は頓挫した。
むしろ、生産性の観点からみれば、この時点で取材を打ち切ったほうがよかっただろう・・・。
※文中の図表は、国土交通省資料などをもとにすべて筆者が作成
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たやすくできる未来感はあった
ただ、着手当初は楽しかった。データで裏付けがたやすくできる未来感があったからだ。
アウトプットのイメージもできていて、やることもはっきりしており、インプットするデータの見当もついている。あとは材料(データ)を引っ張ってくるだけで良い。それさえ済めば、エクセルのボタンをクリックするだけで、先方が求めるものはすぐにできる。
見取り図はこうだ。
「橋梁補修が進まないのは、補修費ならびに技術者の不足が大きな要因」ということなら、橋梁補修の進捗と、補修費、技術者数のデータがあればよい。
そして、生産性の視点も加えておけば、先方の納得感もアップするだろう。その理由は2つ。そもそもこの維持管理の一連の事業の主な要素の1つは生産性。そして「橋梁補修が進まないのは、補修費ならびに技術者の不足が大きな要因」は生産性を内包している。だから集めるデータの追加も不要。
整理すると、橋梁維持管理の一連の取り組みのミッションはインフラの安全安心な長寿命化。その実装がメンテナンスサイクルの展開で、今の問題は市町村を中心に修繕が遅れているとされている。修繕が遅れている——、これには2つの側面があり、1つは修繕そのものが遅れていること、2つに修繕したが再劣化して再修繕が必要となりなかなか要修繕数が減らないこと。そしてその原因が補修費不足、技術者不足といわれている。現下では人手不足も加えるべきだろう。
3W1Hで図化してみると——。
原因が補修費不足、技術者不足、人手不足に対して、量平準化や生産性向上を打ち手として、長寿命化修繕計画策定とか、点検支援技術活用促進とか群マネとか諸々の施策が推進されている構図。そして建設業界では生産性革命(i-Construction)で2割生産性を上げて新3K(給料が良い、休暇がとれる、希望が持てる)を実現するとか、ずいぶん前からやっていた。
だから、原因とされている補修費不足、技術者不足、人手不足はつまり投入するリソースで分母、分子のリターンは維持管理の進捗。「橋梁補修が進まない(=維持管理の進捗)のは、補修費ならびに技術者の不足が大きな要因」は分子分母を内包している。分母を減らし分子を増やすと生産性は改善する。
つまり、リソース1単位当たりのリターンが上がる。
逆に分母を増やすってどういう感じか、現場では肌感でよく知っていることだけれど、工程がきつめになってきたときに、間に合わせようとして、どっさり人や資機材を投入すると、収益が急激に圧迫されるあの感じ。できるものは同じ=分子の成果は不変だから、増員増額で分母が増えれば生産性が低下する=付加価値が減る=収益が縮小するあの感じ。
だから通常、分母を増やそう!という判断にはなりにくいし、そもそも人手不足だし予算不足なんだから、技術革新で省人数省コストでさばける数を増やせる手法に置き換えよう!(点検支援技術の活用とか省力施工)、となる。
だが数さえさばけばよいとはならない。分子に橋梁補修を進めることが鎮座しているから、施工品質が大きなカギを握ることとなる。分母で数をさばいても、施工品質が伴わなければ早々に再劣化するから、いつまでたっても要補修橋梁数は減らず、分子の橋梁補修は進捗(再劣化の削減と長寿命化)しないからだ。
そもそも要措置橋梁(Ⅲ・Ⅳ判定)は長くて5年後の次の点検までに修繕することになっているから、時間軸で見れば、このメンテナンスサイクルを回せば、理論的にはⅢ・Ⅳは激減すると考えられる。そして、傷みが進んで修繕費がかさむ、あるいは修繕不能にまで追い詰められて架け替えるしかなくなる(撤去費+新設費)これまでの事後保全状態から、放っておくと傷みにつながる個所を未然に軽微な手入れをすることで安全性を保つ予防保全に転換することになる。そうなると少ない修繕費で長く安全にインフラが使える(長寿命化する)ようになる。
つまり、事業自体の生産性が上がり、税のコスパが上がる。
そして、以前やりくりのマネジメントを取材したときに耳にした。予防保全は、資源とか、エネルギーとか、原材料とか、輸入に頼るそれらのものに多くのお金を吸収される新設とは異なり、既存の資産を生かして少ない補修材料と修繕技術ならびに手間にお金を払うものだから国内・地域でお金が回るし、CO2やごみも少ないからエコ、地域社会にも環境にも持続可能——、節約マネジメントでシュリンクするとか、生産性というと真っ先に人件費削減のイメージを持つ人も多いけれど、予防保全の場合は実は資源エネ・原材料から人への富の移転になるって。
散布図にするとこんなイメージか、きっと。「橋梁補修が進まないのは、補修費ならびに技術者の不足が大きな要因」ということなら、 投入したリソースが多いほどリターンも多くなり右肩上がりとなり、リソースは都道府県>市区町村だろうから、右上側に都道府県、左下側に市区町村が多く位置するだろう。そして生産性が高いほど左上(リソース<<<リターン)、低いとその逆に位置し、1枚の図で傾向がつかめるはずだ。
しかし、政治資金収支報告書のような洗礼が
そして、橋梁補修の進捗と、補修費、技術者数のデータを集める。
データは道路メンテナンス年報、道路統計年報、公務員定数、地方財政状況調査関係資料、工事成績優秀企業認定、国土交通省登録資格、e-Statに公表されているすべて無料のオープンデータを利用。解析もエクセルと、Googleがいずれも無料で提供しているスプレッドシートならびにLooker Studioを使った。
最新の公表年度にばらつきがあるため、今回は橋梁補修の進捗に影響する要因にフォーカスしているから(「橋梁補修が進まないのは、補修費ならびに技術者の不足が大きな要因」)、道路メンテナンス年報で公表されているデータを基準に、橋梁補修費のデータを準備した。公務員の土木技師数は直近公表のもの、工事成績優秀企業認定は直近5年間分(ただし近畿地整は直近3年分しかアップされておらず、沖縄総合事務局はデータのアップはなし)、国土交通省登録資格は2024年公表分を使った。
なぜこんなに多岐にわたったのか。
それは、1つのデータにすべてが収録されてはいないからだ。公表年度が毎年のものもあればそうでないものもあったり、市町村分と都道府県分が表題すらも別のデータに収められていたり——。
さらに、まさかの洗礼。
信じられないが、オープンデータとして活用されることを想定して公表されているはずの国のデータなのに、なぜか政治資金収支報告書の調査で検証作業を著しく困難にさせたデータの公表手法として批判を集めた、PDFや画像で公開されているデータ群も・・・。だから、エクセルやGoogleスプレッドシートにデータを作り変える作業、つまり分析の前準備に想定外の手間を取られた。
元データが違えば、同じエクセルに見えても保存形式が違うなどしてエラーが出るし、同じ保存形式でも例えば文字の後ろに半角スペースが入っているかいないかで——北海道と北海道 では後者に半角スペースが入っているので、関数で北海道(半角スペースなし)で反応するのは前者のみ——下準備の基本のき、自治体を団体コードで紐づけるにしても、これでは関数で期待した通りの働きをしてくれず、結果としてこの種の紐づけエラーが続発。
Google Looker Studioもとても便利なツールだが、エクセルをスプレッドシートに変換して、例えばGoogle地図に反映させるにも、中国の同じ地名のエリアが反応するとか(同じセル内に都道府県を入れることでエラー解消)、手戻りの嵐だった。ただこのGoogle Looker Studioは機能が充実しているので、複数の現場を管理するとか、あるいは1現場を複数の業者でやり遂げるとかいう場合に、リアルタイムで進捗と利益率などを把握するなどには重宝しそうだった。
手始めにOSINT(Open-Source Intelligence)的にやってみようと決めていたので利用しなかったが、財団が有料で販売している全国道路施設点検データベース・xROADを利用すれば、有用な詳細データが手間なく手に入ったかもしれないし、今はやりのバックオフィスのDXみたいなサービスを利用すれば、形式が混在したデータをドローしてアップするだけで、目当ての図化ができたのかもしれない。
ただ、あくまで取材の前準備だったので、選択肢は無料でできる手法しかない。