怒鳴り散らす塗装屋のA社長
その後、現場監督たる私は、すぐに上司と連絡をとり、塗装屋のA社長と防水屋のB社長にもそれぞれ連絡をしました。事態の重大さを把握した両者の社長と、私の上司は2時間も経たぬうちに駆けつけて来て、塗装職人Xを交えた形で話し合いが始まりました。
塗装屋のA社長の話によると、Xは塗装屋になったばかりの新人で、まだ入る現場も2現場ほどだったとのこと。その後、Xに対して、どのくらいの金額をどれくらいの頻度で盗んだのか、なぜ防水屋のお金を狙ったのかなどを「尋問」しました。しかし塗装職人Xは、一言も発しないで、床を見つめるばかりでした。
防水屋のB社長は被害者側であるにも関わらず、いつも通り腰が低く落ち着いていました。それが輪をかけて、加害者側である塗装屋のA社長を精神的に追い込んだのでしょう。ついにA社長はXを張り飛ばし、怒鳴り散らし始めました。A社長からしたら、自分の会社の職人が他社の職人に迷惑をかけた上、本人が反省の色すら見せていなかったことが許せなかったのでしょう。その怒号は止むことなく、数十分にも及びました。
塗装屋Xへの生き地獄のような処罰方法
A社長の怒号がおさまっても、相変わらずXは黙りこくっており、床に座ったまま相変わらず床を眺めていました。このままでは埒が明かないため、今後について社長たちと話し合いを始めたのですが、「Xはクビにして、二度と現場に出入りさせない」というA社長の判断に、B社長が穏やかに待ったをかけたのです。
B社長いわく、盗んだお金は本人が働いたお金で返してほしい(A社長からのお金は受け取らない)、そのために十分な対策をとりつつも、この現場が終わるまでの間はXを働かせてほしい、それができるのであれば被害届は出さなくて構わないという話でした。
結局、塗装屋Xはこの現場が終わり次第クビになる、今後現場をサボったりするようなことがあれば被害届をだす、という結論にいたりました。本人からしたら、まるで拷問、生き地獄のような結論です。
今となって考えると、たとえ塗装屋をクビになったとしても、どういう風にでも生きていけますが、泥棒、窃盗犯のレッテルを貼られた状態で、この現場で働くほうがよほど罰になる、身に染みると考えたのだと思います。
話し合いの場では、最初から最後まで一言も発しなかった塗装屋Xでしたが、最後にはA社長に連れられて現場を後にしました。
塗装屋Xのその後
その後、塗装屋Xは現場で働き続けました。もともと無口な性格でしたが、それが輪をかけて無口になり、ただ黙々と作業をするロボットのようになりました。その様子を見るこちらとしても、複雑な気持ちになり、同情の気待ちも芽生えてきます。
現場での対策としては、Xは必ず2人以上での行動が義務付けられ、職長と作業を共にするようになりました。
この事件は、Xが犯人だったことはもちろん、予想外の処罰方法に、私のほうが戸惑いっぱなしでした。
私はこの事件の後から、現場に貴重品を持ち込まないこと、財布などは必ず持ち歩くことをルールとして徹底しています。
警察に突き出せよ。
ただの私刑は自分たちもやってること同じだよ。
まあそんな感じなんだから建設業はヤバいんだろうがね。