外国人の現場監督が、外国人の職人を育てる時代が来る
「外国人の現場監督が、外国人の職人を指導する時代が来るかもしれない」
こう語るのは岡田工業株式会社の岡田健太郎専務取締役だ。
1963年創設の岡田工業は、長らく戸建て住宅向けの鉄筋加工事業が主力だった。そんな岡田工業に、ある時ハウスメーカーや工務店から「CAD設計や住宅建て方ができる人材を紹介してくれないか」という声が相次いだ。
この声に応えようとした岡田工業はまず、2008年にCADセンターの子会社をフィリピンのマニラに設立。作図や積算業務のアウトソーシング事業を開始した。
さらには、フィリピンに住宅建て方などの研修を行う「海外実習生研修センター」を設立し、現地でフィリピン人技能実習生の研修も行っている。
フィリピンを拠点に、海外での業務を次々と拡大・多角化している岡田工業の岡田健太郎専務取締役に、日本の建設業における外国人活用の現状と将来について話を聞いた。
フィリピンにCADをアウトソーシング
――鉄筋加工事業者が、なぜ海外に進出した?
岡田健太郎氏 創業当初からのメイン事業は、あくまで戸建て住宅向けの鉄筋加工事業です。今は溶接のユニット鉄筋を年間1万棟以上の現場に納品しています。
ただ、鉄筋加工事業は差別化がはかりにくく、単価競争に走りがちなんですよ。
そこで、他社と差別化するための新たな価値創造として、海外人材活用事業を開始することになりました。
――CADのアウトソーシング事業を始めた理由は?
岡田 リーマン・ショックから現在にかけて、ハウスメーカーや工務店ではCAD設計の人材が特に不足しています。
10年ほど前は、設計業務は長時間労働が普通でした。しかし、昨今の働き方改革の流れで、いかに業務量、特に作図に掛かる負担を減らすかが課題となっているんです。
それに、設計者は戸建て住宅の顧客に対して、提案説明をすることが重要です。作図に時間がとられてしまっては本末転倒ですよね。
そこで、人手の足りない設計業務に海外人材を活用するため、2008年にフィリピンに100%子会社のCADセンターを設立し、作図や積算業務のアウトソーシング事業を開始しました。
フィリピンのCADセンター / 岡田工業
――CADのアウトソーシングとはどんなフローで行われている?
岡田 営業がプランニングしたものをフィリピンのCADセンターに送り、フィリピン人スタッフが図面やパースの作成、資材の拾い出しなどを行って、日本に戻しています。
――フィリピンでは、設計業務も行っている?
岡田 当社ではやっていません。CADセンターでは、平面詳細図や基礎伏図等の作図業務を中心に、平面図や3Dパース等のプレゼン資料の作成、鉄筋や各種資材・部材の積算業務を行っています。
――事業は順調ですか?
岡田 おかげさまで事業も軌道に乗り、今年で10年目になりました。今は、フィリピンのマニラ市でスタッフを90名ほど抱えています。日本人も4名常駐しています。
今はハウスメーカーや工務店、設計事務所、建材メーカーなど、20社ほどのクライアントがいます。
作図業務を海外にアウトソーシングすることへの理解は深まっているように感じます。
――収益に乗せるのは大変だったのでは?
岡田 採算ベースに乗せるのは確かに大変でした。フィリピンは、賃金は安いのですが、電気代などの固定費は場合によっては日本より高いこともあります。日本人も派遣しているので、管理費はそれなりに掛かりますね。
それでも、鉄筋加工事業だけでは生き残れないと考え、顧客に新たなサービスを提供することを決断しました。
鉄筋加工事業とフィリピンでの人材事業はいい相乗効果があり、片方の事業の顧客がもう一方の顧客になるシナジー効果もあります。
フィリピン進出を目指すハウスメーカーが増加
――フィリピンでは、ほかにどんな事業を?
岡田 海外にCADセンターを立ち上げようとするハウスメーカーも増えているので、会社設立の支援事業も行っています。
海外に会社を設立するのは簡単なんです。ただ、「うまくいかないから、やめます」と撤退するのが難しいんです。いわゆる「撤退リスク」と呼ばれるものですね。
それに、設計図面のクオリティーや収益を確保するためには、まずはやってみないとわからない部分も多いんです。
そこで、当社の社内に専属チームを立ち上げてもらい、チーム運営を練習し、核となるフィリピン人スタッフが育ったところでチームごと会社として独立させるスキームを提案しています。
あるお客様は当社からの専属チームの独立を経て、フィリピンで現地法人を設立しました。当社内で3名程の専属チームでスタートし、10名程の規模で独立、今では50名規模に成長しています。
――フィリピンで活躍している日本人スタッフは優秀ですね。
岡田 英語が話せて、海外で働く意欲があり、さらに建築設計に詳しい人材となると相当限りがあります。さらに、フィリピン人に指導ができるというのは確かに優秀だと思います。
――しかも、海外CADセンターの技術責任者は女性だと聞きました。
岡田 この社員は建築士の資格も取得していますし、責任感もあります。もともと、海外で働きたいという意欲的な人材でした。
木造軸組工法を20日間みっちり研修
――新たにフィリピン人技能実習生の研修事業も始めた。
岡田 繰り返しになりますが、岡田工業の本業は鉄筋加工事業です。
ただ、人手不足が深刻化するにつれ、ハウスメーカーや工務店から「建て方ができる人材を紹介してもらえませんか?」「いっそのこと御社で建て方もやりませんか?」という問い合わせも寄せられるようになりました。
今や、畑違いの鉄筋メーカーにも相談が来るぐらい職人が足りていないんです。
――職人の高齢化も進んでいますしね。
岡田 ハウスメーカーや工務店は、高齢化した職人に対して、建物の内部の仕上げ材や取付け作業はさせても、墜落・転落の危険が伴う足場にのぼる高所作業はさせないところが増えています。
高所作業などはやはり若い職人にお願いしたいところですが、その若い人が減ってきているのが問題なんです。
そこで、すでにフィリピンのCADセンター会社が軌道に乗りつつあったので、その人脈を活かして外国人技能実習生の研修にもフォーカスしました。
――どのような研修システム?
岡田 研修では、ハウスメーカーや工務店から要望が多かった「木造軸組工法」の建て方を座学や実地で学べるシステムを採用することにしました。
大工道具は各国によって微妙に異なるので、ノコギリ一つとってもすべて日本で使用する道具と同じものを使っています。
資材も日本でプレカットしたものをフィリピンに運んで、実戦さながらに木造軸組工法を20日間みっちりと教えます。
――誰が指導している?
岡田 日本人技術者が、指導員として研修センターに常駐しています。加えて、フィリピン人スタッフ1名がサポート役として付いています。
日本の建築技術は海外でも人気
――フィリピン人技能実習生は、来日してすぐ即戦力になるのでしょうか。
岡田 率直に言うと、来日したばかりの技能実習生だけで木造軸組工法の建て方をいきなり組めと言っても難しいですよ。
ただ、どういう流れで仕事を進めるのか、何の道具を使うかといった知識は彼らの頭の中にしっかり入っています。
現地での研修では、7回ほど建物を建てては解体する作業を繰り返します。なので、来日して日本人大工と数回一緒に作業すれば、日本人の親方1人と実習生で建て方を組めるようになりますよ。
ある分譲ハウスメーカーは、建て方専門工事チームを結成し、日本人1人がフィリピン人技能実習生6名~8名を統括しています。
この実習生を2チームに分割し、3名~4名の技能実習生がそれぞれ1棟ずつ、1日で2棟建て方を完成します。
職人は確かに高齢化していますが、保有している知識や技能を伝承することはできます。なので、高齢の職人の活躍の場所はまだまだあるんです。
日本の熟練の職人と若くてバリバリ動けるフィリピン人技能実習生のタッグは、いい効果を生んでいます。
――2×4(ツーバイフォー)工法の研修も行っている?
岡田 木造軸組工法と比較すると2×4工法のほうが簡単なので、取り入れようと思えばできますよ。
ちなみに、フィリピンは海外へ出稼ぎする文化があるんですが、出稼ぎ先の一つにニュージーランドがあります。
今、当社では木造軸組工法の研修をして、日本に送り出していますが、将来的にはニュージーランドに普及している2×4工法や2×6(ツーバイシックス)工法のトレーニングを行って、ニュージーランドに送り出すことにもチャレンジしていきたいと考えています。
事実、技能実習生がフィリピンに帰国して、母国で活躍したくても、日本で得られたスキルを活かすことができる場が少ないのが実情なんです。これはかなりもったいないことですよね。
日本の高い技能・技術や、厳格な品質管理を学んだフィリピン人実習生は、諸外国でも人気があります。
なので、日本で学んだスキルを活かしたい実習生卒業生と、その人材を欲している海外企業をマッチングし、日本の高い品質管理・技能を学んだ人材を別の国に送り出していきたいですね。
逃げるベトナム人と逃げないフィリピン人
――フィリピン人の特徴は?
岡田 ベトナム人はベトナム語、インドネシア人はインドネシア語が公用語なので、言葉の壁は否めません。
ですが、フィリピン人は公用語が英語で、言葉のアドバンテージが高いんですよ。それに、フィリピンには海外へ出稼ぎに行く文化もあるので、家族と離れて働くことに抵抗が少ないんです。
ただ、人にもよりますが、フィリピン人はプライドが高いので、指導する人にも頭ごなしに怒らないようにと指示しています。
今はFacebookなどで様々な情報が実習生の間で伝わりますし、注意して接しています。
――技能実習生の最大の問題に、失踪があります。
岡田 国によっても大分違いますが、最近、失踪率が高いのはベトナム人ですね。
禁止されてはいますが、ベトナム人は日本に来るために借金をするケースがまだあります。
建築現場は残業が少なく手取りが思ったよりも稼げないので、借金を返せない。だから、ベトナム人はSNSで美味しい話を聞くとそちらへ飛びついてしまうんです。
一方、フィリピンは出稼ぎ大国なので、国が出稼ぎ者を保護育成する政策を進めています。ですから、ベトナム人と違って、実習生として訪日するために借金をすることはありません。失踪率は、フィリピン人が断トツに少ないんですよ。
いずれにせよ、彼らは異国から来ていますから、働きやすい環境をつくることはとても大事なことですね。
入管法改正で、外国人現場監督が増える
――4月1日から入管法も改正されましたが、これから建設業での外国人材の活用はどうなっていきますか?
岡田 入管法の改正で、技能実習制度を終了したら、特定技能ビザに移行しやすくなります。
そのため、これから日本で活躍した技能実習生が一端帰国して、今度は特定技能ビザで再入国するケースが増えるのではないかと思います。
今は日本人の現場監督が技能実習生を指導していますが、これからは特定技能ビザを付与された外国人労働者や技能実習生を管理する外国人の現場監督が求められる時代になるのではないでしょうか。
実際に、私の周辺でも高度人材ビザで外国人現場監督を直接雇用している企業もあります。そういう人材がいると、外国人材のとりまとめができますから。
入管法の改正で、家族も日本に呼び寄せ、資格も永住権も取得することになれば、定住外国人が現場監督や大工の棟梁、職長になる可能性は十分にあります。
将来的には、外国人の現場監督のもと、外国人の職人が働くことで、日本の建設業界は支えられていく時代が来るかもしれませんね。