緩まないボルトの研究を始める
――事故をきっかけになにが変わったのですか?
永田 部材の落下原因はボルトにあります。ボルトがしっかりしていれば、部材は落ちないわけです。ただ、当時は緩まないボルトはありませんでした。
「世の中にないなら自分でつくろう」と思って、緩まないボルトの研究を始めました。ある人に「バカみたい」と言われましたけど、全部ボルトでとまっているので、ボルトが大事だという考えは揺るぎませんでした。
――緩まないボルトとはどういうものですか?
永田 ボルトのナット内側にコイルが入っていて、緩もうとすると、閉まる方向に力が働く仕組みになっています。ボルト屋さんと相談しながらつくった機械的に絶対に緩まないボルトなんです。
現行のボルトは2代目ですが、良い商品です。特殊工具は不要で、普通の工具で締められるようになっています。
――接着剤とかは?
永田 接着剤だと、5年ぐらいしかもたないんですよ。長く持たせるには機械的に緩まない仕組みが必要なんです。
――緩まないボルトを実際に使用するには苦労もあったのでは?
永田 緩まないボルトの規格を自分でつくりました。それまで緩まないボルトの規格はありませんでした。だから緩むボルトが世に出回っていたわけです。ちょうど米国科学アカデミー(NAS)に似たような規格があったので、それをベースに、3万回揺らす試験などをつくったわけです。
揺らす試験では、普通のボルトだと、簡単に緩みましたし、市販の緩まないナットと称するボルトでも200回ほどで緩みました。ただ、この緩まないボルトだけは、緩みませんでした。
たまたま設計のセクションにいたので、自分のボルトを採用しました。そういうことで徐々に広げていきました。首都高で使っているボルトということで、他の高速道路会社にもジワジワ広がっていきました。
――大ヒット商品ですね。
永田 ありがとうございます。ただ、僕は今や「首都高を守ろう」という領域を飛び越えてしまっていて、「インフラを守ろう」という境地にいます。
僕には、商品を開発して利益を求めようという考えはまったくないんです。インフラの安全を守るためだったら、安い価格で多くの人に使ってほしいという考えでいます。僕の頭には「安全を守りたい」しかありません。
それは日本国内に限りません。例えば、ミャンマーの橋梁は、1時間に2本くらいボルトが落ちてきたんです。そういう国のインフラも守りたいという思いがあります。首都高速道路がこれまでに培ってきた技術やノウハウを世界に広めていきたいです。
首都高は現在、すでにいろいろなメンテナンスを行ってきているので、壊れることはないと思っています。もちろん想定外の巨大地震などが起きればどうなるかわかりませんが、まず壊れることはないという自信はあります。
ボルト1本で、夢の国が閉園になって良いのか
――緩まないボルトの以外にもつくったものはあるのでしょうか?
永田 ボルトの落下を防止するキャップも私がつくったものです。これは複数のボルトをキャップで結び、一つ緩んでもぶら下がって落下しないという商品です。自分で言うのもなんですが、かなり有名な商品です。
ボルト落下防止のキャップはきっかけがあります。2001年9月のアメリカのテロの翌月、東京ディズニーランド近くの首都高速道路から高架下の従業員駐車場に、ポルトが1個落ちたんですが、ディズニーランドは「これはテロだ」と考えたんです。
ボルトの落下を受け、従業員の車を一斉にボルト落下現場から移動させ、「閉園する」とまで言ったんです。そのとき、「ボルト1本で、夢の国が閉園になって良いのか」と思って、つくったわけです。
コンクリート床版の寿命が伸びる樹脂、壊れない橋の伸縮継手、防音壁などの道路附属物の落下防止装置などもつくりました。1回で塗り終わる省工程塗料もつくりました。
塗装は通常、5回ほど塗ります。そのたびに首都高の通行規制をしなければなりませんが、交通規制の費用は1回40万円ほどで、かなりの額に上ります。それが1回で塗り終わり、耐久性が十分にある良い塗料だと思います。
五色桜大橋の振動発電も私がやりました。橋の振動を利用して橋のライトアップなどの電力を賄っています。今では発電が主眼になっていますが、もともとは、振動による地元苦情への対策が目的でした。エネルギー保存の法則に則って、振動のエネルギーを別のエネルギーに変えれば、振動が小さくなるんじゃないかという発想だったんです。
アスファルトに優しい発炎筒もつくりました。筒にジェル状の不燃性材を入れて、温度が上がらないようにした発炎筒です。通常の発炎筒だと、熱でアスファルトに穴が空くんです。アスファルトは180℃以上の温度になると柔らかくなるのですが、発炎筒は230℃まで上がるんです。
発炎筒を投げる人に話を聞くと、「事故が起きないから、いつも同じところに発炎筒を投げている」とおっしゃっていましたが、同じところに投げ続けていると、熱で穴が空くんです。そこで、発炎筒を工夫しなければいけないということで、7年かけてつくりました。
コンクリート床版のヒビ割れに浸透させる樹脂も、私がつくったもので、これもかなり有名で、他の高速道路会社でも使用されています。コンクリートの引張強度より樹脂の引張強度を強くしています。これでヒビ割れを食い止め、コンクリートを長持ちさせるわけです。樹脂は30分ぐらいで硬化するので、舗装打替え工事と一緒に作業することができます。
――それぞれ、担当だからつくったわけではないですよね?
永田 担当ということじゃないですね。ただ、長年メンテナンスの仕事に携わってきたので、現場が困っていることとか、こんなムダなことやっているんだと思ったことがきっかけで、自分で考えたものが多いです。「こういうものが欲しい」と思っても、だいたい売っていないので、じゃあ自分でつくろうという感じです。今も2つぐらい製作中の商品があります。
純粋な方だ。尊敬する。
インフラを守る、そのための技術向上は、開発にて対応する『ない技術はつくる』考え方に共感します。
今の日本のインハウスエンジニアに一番求められる資質をお持ちの方だと思います。
明るい未来を考えられる、すばらしい記事でした。
この方の「考え」「思考」をもっと知りたいと思いました。
いつかお会いしてお話ししてみたいですね